道中の手繋ぎ
「歩くのってこんなに大変なんだね……」
「無理はすんなよ。まっ、焦らなくてもそのうち慣れてくるさ」
山道をゆっくりと進んで行く。
気温は汗が噴き出るぐらいには高い。
にも関わらず、カナリアとリューンの手は未だ繋がれたままだった。
「ちょっと休もうか。……ほら、水飲め」
「ん、ありがと」
鉄で作られた水筒を手渡しして、二人は大きな石に腰かけた。
リューンは少しばかり、体力回復の魔法をカナリアの足へかける。
手袋の指先から放たれる涼しげな風が、足の疲れを癒していく。
「っわ! 足のジンジンするのがなくなったよ!」
「だろ? お兄ちゃんからのおまじないだ」
「すっごーい!」
目を丸くしながら、カナリアは自分のふくらはぎを揉んだ。
——簡単な魔法なんだけどな。
誰でも使えるぐらいの気休め程度の魔法に、カナリアは本気で喜んでいた。
そうやってありふれたことに、ちゃんと反応してくれること。
勇者パーティーにいた時は、決して経験出来なかったことであり、何より「カナリア」が笑ってくれるのが、リューンにとっては嬉しかった。
「カナリア、しんどくねーか?」
「へっちゃら!」
ピースをしながら、そう答える。
初めての外は、彼女にとって知らないことだらけ。
それでも迷いなく、不安なく居られるのは、傍でずっと気遣ってくれている人のお陰だと知っている。
決して焦らず、決して怒らず、全ての質問にありったけの知識を振り絞って答えて、途中も飽きないように話をして——。
だから、カナリアは「大丈夫だよ」の意味を含めて、リューンの手を持ち上げた。
手袋の感触と、強張った手の感覚を意識する。
——改まると、少し恥ずかしいかなっ。
細い指と、白い手袋の指を絡ませた。
「手、繋いで良いよね」
直球、ど真ん中。
確かにリューンには届いたらしい。
「え、え、エスコートなら任せておけ!」
「ふふっ、お兄ちゃんそういうの苦手でしょ?」
「っあ、あぁ! そのうち上手くなるから、心配すんなって」
さっきまで子供のような表情だったのに、ふと艶っぽく笑う姿は、間違えなく美しい真祖のお姫様だった——。
☆
深緑は徐々に姿を変えて、いつしか人の整備した道へと出る。
「ミズカルド」と、呼ばれる比較的大きい町はもうすぐそこだ。
「どしたの? 考え事……?」
歩くスピードが遅くなってることに気付いて、カナリアが質問する。
「ん、ああ。いやあ、何から買うかなって」
そう返事をしたものの、リューンの脳裏卑しく嘲る勇者達が映り込んでいた。
できれば。会いたくない。
マイナス的に思ってしまうのは、きっと誰だって同じはずだ。
それでも前に進む以上、町は近付いてくる。
「……はい! お兄ちゃんのお洋服を見たいです!」
そんな様子を察して、カナリアは元気よく己の望みを話した。
「なら、似合うのを選んでもらおうかな。とびきりカッコいいやつを頼むな」
「えー! 個人的にはスカートとか履いて欲しいなーって」
「世界一似合わない自信があるし、何で最初にスカートって選択肢が出てくるんだよ! よく見てみろ、この筋肉質な足を! カッチカチだそ!」
布ズボンを捲り上げて、逞しいふくらはぎを見せつける。
「お兄ちゃん、傷が……」
「おっと、悪い悪い!」
彼のふくらはぎは、擦り傷や切り傷、とにかく傷だらけだった。
新しいモノから、古そうな傷まで。
見るからに痛々しそうだ。
「でもこれでスカートは似合わないって分かったろ!」
狂戦士は、「狂化」というスキルが有り、狂化の深度が深くなればなるほど、痛覚が鈍くなるという特徴がある。
そもそもで痛みというのは脳から送られる、危険信号。
その生物としての防衛本能を放棄したのが、「狂戦士」であった。
「それより見てみ、あれがミズカルドだよ」
見上げるぐらい高い壁に囲まれ守られた、円状の町。
大正門には商人や冒険者だけでなく、沢山の人が許可証を取りに並んでいる。
「うわぁ、沢山人がいる! ねね、私変じゃないかな。吸血鬼って分かる?」
「絶対分からんから安心しろ。けど、町に入るまではローブのフードは念の為に被っとくことな」
「お兄ちゃん、ダメ。緊張して気持ち悪い……」
「エチケット袋は用意済みだ。いつでもいけるぞ」
手にはいつの間にか、茶色い紙袋が用意されていた。
どこまでの事態を想定していたのか分からないが、手際が良すぎて、カナリアでさえ顔を曇らせる。
「……私、女の子って思われてないのかな」
「何が?」
「なんでもないっ!」
緊張が解けてから、二人は列の最後尾に体を滑り込ませるのだった。