出発前/勇者パーティー
「……腹が重い」
目が覚めて、開口一番がその台詞だった。
リューンはまだ眠い身体を伸びで起こしつつ、自身に乗っかっている柔らかい太ももを横へと移動させる。
短いショートパンツから見える脚線美は、正直持て余すし、目にも悪い。
とか、なんとか己に言い訳をしながらしっかりと目に焼き付けるところが思春期特有である。
「飯、作るかな」
まだぐっすり眠っているカナリアを起こさぬように、ひっそりと抜け出した。
階下に降りて、ダイニングへ。
淀みなくい動作で、麦米と呼ばれる一般的な家庭食材をストックから取り出して洗浄。
その後、「蒸し器」と呼ばれる道具であっという間に米を炊いた。
蓋をあけると、ふわりとした甘い優しい匂いが漂う。
会心の炊き上がりだったのか、リューンは大きく頷き、そのまま別の食材を調理し始めた——。
しばらくして、
「っふふー、今日は昨日取った「山エンドウ」を使った粥だぞ! ……っし、塩加減も問題ない。あり合わせの山菜のお浸しもよく出来てる。——腹立つけど、調理から道具までの一切、俺担当で良かったわ」
お腹に優しい山菜粥を作り終えて、ふぅと汗を拭う。
味付けはシンプルな塩。
だが、この古城の周りには珍しい山菜からベターなものまで揃っているので、それで充分である。
「わ、いいにおーい」
だらしのないシャツとショートパンツのまま、カナリアがダイニングに入ってくる。
いったいどこから寝間着や私服を手に入れたのか。
一切の謎ではあるが、今は置いておこう。
「おはよう。まだ寝てるかとおもったんだけどな」
「私だってたまには早起きするからっ! ……ただ、お兄ちゃんのお陰かな。いつもよりよく眠れた気がするの」
「ふむ、そりゃよく眠れただろう。なんせ姫の御御足を支える為、私めの腹足置きを用意致しましたからな」
そう揶揄われて、カナリアは白磁の肌を赤く染める。
「わ、わわ、私じゃない! だって、すっごい寝相良いもん! 寝返りなんてうったことない!」
「まじかよ、お前凄いなっ!」
昨日よりも更に距離を縮めた二人は、朝から軽快にトークする。
もう席も定位置が決まっているので、食事を運ぶ前にカナリアは迷いなく自席に座っていた。
「お早いこったな。ほい、どうぞ」
差し出される、茶色と緑の鮮やかな色合いの椀物を見て、パチパチと手拍子をする。
まるで誕生日のケーキが運ばれてきた時のリアクションであった。
「いただきます! んー……おいひーっ!」
「口に含んだまま感想を言わない! まっ、美味しそうに食べてくれるなら作った甲斐があった」
その後二杯の粥を完食し、おまけにお浸しまでお代わり。
米の一粒さえ残さず食べた。
「ご馳走さまでした。美味しかったです!」
リューンの教えをきちんと守っているらしく、もう注意しなくても馳走様が言える子になっていた。
☆
とある村外れにある、モンスターが生み出され「ダンジョン化」し始めている洞窟。
そこから大きな声が聞こえてきた。
「ちょっと、ふざけてる場合じゃないって!」
「あァ? お前こそ勇者に惚けて、回復魔法が遅えんだよォ!」
そうこの声は勇者パーティーである。
今日も今日とて、依頼を受注しており、こんなところまで来ていた。
が、どう見たって明らかに険悪なムードであり、ピリピリとした空気で場は最悪。
何よりここ数日は魔王が大きく動いたので、勇者であるメンデスも、簡単な依頼を受ける訳にはいかなくなった。
——狂戦士が抜けて約十日。
簡単な依頼ばかりこなしていたせいもあってか、パーティーの士気は皆無に等しい。
唯一と言えば、武闘家のミエカぐらいか。
そのミエカも悪い子ではないのだが、どうも愚直すぎる。
士気が低下してるのをどうにかしようと、率先して前に出ているが、叱られてばかりだった。
「武闘家、罠の確認が出来ていないのに前に出過ぎだ! 退がれッ!」
「メンデス殿任せて下さい! こんな骨戦士にこのミエカが遅れを取るはずが——」
「ソイツは罠だっ!」
咄嗟に勇者が武闘家を押し倒して防いだのは、モンスターが倒されれば起動する魔法術式だった。
倒された骨は、剣となり敵を穿つ。
シンプルだが、近接相手には有効打となりえる技だ。
「ご、ごめんなさ——」
「良いから後ろに退がって!」
「聖騎士の野郎、帰ってくるのが遅ェんだよッ! このままじゃ罠を破壊する前に、倒した分だけ復活しちまうぞォ!」
「分かってる、分かってるから少し待ってくれ」
イライラとした空気はいつしか感染し、周りと合わせるための動きが煩わしく思える。
勇者メンデスは顔を歪ませながら、人差し指の爪を噛んだ。
「これもアイツの、リューンのせいだ! クソがッ!」
石壁を力任せに叩き壊す。
聖剣デュランダルの剣先が力なく垂れ下がった。
☆
「似合うじゃんか」
割とスポーティなスカートを翻し、カナリアはリューンの前に立った。
「そ、そう……変じゃない?」
「寝間着しか見てなかったから余計に。うん、可愛いよ」
「っ、可愛っ、かわかわかわ」
太陽が頂点に達する頃、頭が沸騰しそうな会話を平然と繰り広げているのはもちろんこの二人。
恐らく暑さのせいで理性が蒸発しているのだろう。
臆面もなく歯が浮つくような台詞を言えるリューンも相当アレだが、それを正面から受けて立つカナリアも大差はない。
「荷物用意できたか? この城からなら数時間で抜けれるはずだ」
「う、うん! 頑張る!」
「途中しんどかったら言えよ。おぶってやるから」
休憩する、という発想がない辺りは流石である。
「じゃあ出発だ」
外へ出る。
その事実に足が前へ進んでくれないカナリアの手をとって、リューンは微笑んだ。
少しでも不安がなくなるようにと、願いをかけた。