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幸せそうな二人

「……それで、話したいことって?」


 用意された小さな椅子にちょこんと座り、カナリアは話を切り出した。

 何となくリューンの話したいことは察しがついたが、敢えて本人の口から聞こうと思ったのだ。


 ——私が、真祖だって知ったらどんな顔をするんだろう。


 大きな不安はまだ世界を知らないカナリアにとっては重くのしかかる。

 出て行く、と言われてもおかしくない。

 吸血鬼は悪魔で、いわば魔王などと同じ位置に属するモノと分かっているからだ。


「震えてる……」


 それが怒りからなのか、それとも騙された悲しみからなのか。

 普通の人間なら嫌悪するべき、忌まわしき存在であることを自覚しているからこそ、余計な想像を膨らませた。


「あっ、悪い悪い。っし、覚悟きめるぞっ!」


 パチンとリューンは両頬を叩き、カナリアと同じ目線まで視線を落として、「よく見てくれ」と自分の手の甲を見せた。


「な、何?」


 カナリアはカナリアで、想像していたどの行動にも当てはまらない兄に思わず動揺する。

 手の甲を差し出す他など、服従の証以外ではあり得ない。


「——俺の手を、見ててくれな」


 彼は決して城内でも手袋を取らなかった。

 カナリアも気付いてはいたが、それが人間の常識なんだろうと決めつけていたので、特には気にしていない。

 が、崖から飛び降りるかの如く、口を真一文字に結び、かたく目を瞑るリューン。

 その手に何かあることは鈍いカナリアでも分かった。

 途中躊躇いながら、真っ白な手袋を取り外していく。

 そして右手の手袋が完全に外され後、間髪入れず感嘆に近い声を上げた。


「わぁあああ! その手凄くカッコいい……」


「へ?」


 今度はリューンが動揺した。

 「龍の手」である右手を思わず自分でも確かめる。

 金の鱗、銀の爪。

 散々、気持ち悪いと言われてきた手のまんまだった。


「それって、ドラゴンさんの手みたいだね! 本でしか見たことないけどっ!」


 わたわたと足をバタつかせ、ほー、だの、へー、だの興味深そうに眺める。


「ね、ねっ! 触ってみたいんだけど、ダメ、かな?」


「え、あ、ダメじゃない! ……ダメじゃない、けど、気持ち悪くないのか? だって、ほら、自分でも変だとは思うし」


 思わず気を遣って、自虐を挟む。

 もしかしたら、本当は気持ち悪いと思っているんじゃないか。

 そんな懸念とともに出た、自身を守る為の防衛策である。


「どうして気持ち悪いの? だって、人とは違うんだよ? それって特別だし、凄いことじゃないかな」


 不意に目頭が熱くなり、残った左手で顔を覆う。

 それは生まれて初めてされた、本気の肯定だった。

 負い目を感じて生きてきた反動か、まるで心の氷が溶かされたように、色んな気持ちが一気に溢れていく。

 追放された時のやるせない気持ちから生まれた涙ではない。


 ——ああ、そうか。

 人は嬉しくても、涙が溢れるんだな。


「あ、ご、ごめんなさい。私お兄ちゃんに変なこと言っちゃったかな……違うの、そうじゃなくて、えーっと……」


「これはな、嬉しくて泣いてるんだよ」


 覆い隠した手を退けて、リューンは笑いながらそう返事をした。


「嬉しくて?」


「そうだよ。知ってるか? 嬉しい時にも涙は出るんだぞ」


 そして、自身の手についての話をポツリポツリと語り始めた。


 ☆


「むかつく! むかつくむかつく!」


 追放された一連の流れを話し終えると、真祖の姫は怒りに任せて地団駄を踏む。


「もう終わった話だ。それより俺は妹の言葉遣いが気になるぞ」


「むぅ、だって! だって、お兄ちゃんは何も悪くないじゃない!」


 それに追放されて悪いことばっかりだとは思わない。

 何より、こうやって肯定してもらえる妹が出来た。

 なんて言うのはやっぱり恥ずかしいようで、リューンはただ感謝の意味も込めて、頭を撫でる。


「えへへっ! でも、そうだよね。うん、今度は私の番」


「ん?」


 撫でる手を止め、真剣に話そうとしている彼女と向かい合った。


「私ね、き、きき吸血鬼、なの」


「っぷ! い、今更だな……!」


「ふぇ?」


 今度はカナリアが驚く番として回ってきたらしい。

 間抜けな声を出すと、わたわたと手を振り回してリューンに力なくぶつける。


「知ってたの!?」


「うん。会った初日には気付いてたけど」


「ばか! お兄ちゃんのばかっ! 言ってよ! 私ずっと胸がちくちくしてたんだから!」


 殴る手はそれはもう可愛らしさ全開で、殴られているリューンはだらしなく口角を緩めていた。


「それ八つ当たりだからな」


「違うもん、戒めだもん! ……ねぇ、吸血鬼って隠してた、私のこと嫌いになったりする?」


 丁度見上げるような角度。

 大きなルビーがリューンを捉えて離さない。


 ——っとに、ずるいなぁ。


 ぽりぽりと頭を掻きながら、「なわけないだろ」と聞こえるか聞こえないかぐらいの声で返事をする。

 男の子はいつだって、可愛い女の子には弱いのだから仕方ない。


「なんならカナリアの眷属になっても良いぞ」


「血は吸わないもんっ! 真祖は眷属なんて必要ない!」


「さいですか。まぁ、ちゃんと本人から聞けて安心はしたけどな。……よし、話も出来たし今日は寝るぞ。明日は俺買い出しに行きたいんだよ」


 調味料や蝋などはまだ残っているが、ずっと使い続けられるほどの量はなく、おまけに生活必需品、主にカナリアの服や下着が最低限しかないのは心許ない。

 今更町に行って、勇者パーティーを辞めさせられたとか、今どこで何してる、とか探られるのは癪ではあるが、背に腹は代えられないと判断したからだ。


「……私も行く」


「ちょ、待て待て。陽の光とか、十字架とか、人混みとか、ナンパ野郎とか、まぁナンパ野郎は俺がぶち殺すんだけど。……本気か?」


 私怨を混ぜつつ、意思を確認する。


「本気! 置いてかれるほうがやだ」


「それ言われるとなんとも困る。……よし、分かった! ただし、絶対俺から離れないこと。守れるか?」


「守る!」


 今のところ真祖の力は見かけるどころか感じてすらいない。

 リューンはそこがどうしても気になったので、つい大げさな約束を取り付けた。


「ね、お兄ちゃん。今日は一緒に寝てもいい?」


「幸いベッドはでけーから、別にいいけど。……寝相悪くても怒んなよ」


「やたーっ! ね、寝るまでなんかお話ししてよ」


「長くなるからやだ。カナリアこそ本読んでんだろ。なんか俺に話してくれ」


 もぞもぞと二人は揃ってベッドに入る。


「じゃあ、そうだ! キノコの胞子についてのお話を——」


「偏ってんな! このタイミングでキノコかよ!」


 何とも幸せそうな会話は、明るくなるまで続いていた——。

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