人見知りの吸血鬼は血抜きしたい
「……」
カナリアは椅子に座ったまま無言だった。
助けてくださいと言われても、何と答えていいか分からないらしい。
ただ目の前の狐を見つめる。
「えっと……」
狐も狐でどう説明すれば良いのか分からずにいた。
眼前にいるのは美しい白肌の少女。
身なりからして高貴なのは分かったし、言葉にすると難しいが、纏った雰囲気が人間とは違う。
表情は無で、今のお願いに対してどう思ってるのかさえ分からない。
「話せるなら続けて」
聞かない事には判断出来ない。
そう言わんばかりに、カナリアは話を促す。
魔道具の灯りが、そんな微妙な空気の二人を照らした。
「改めて、私は黒狐と申します。東国にある村、そこに住まう獣人の妖狐族です」
「カナリア。吸血鬼」
単純で明確な返答。
冷たく返答しているつもりはカナリアにはない。
ただこの真祖の姫君は、随分と人見知りで、また極度のビビリである。
今こうして何とか会話しているが、それは相手が狐だから。
これが人となれば、リューンかアネッサの後ろに隠れるだろう。
「やはり、そうですか」
リューンの傷薬が効いたのか、狐の傷は塞がり始めていた。
黒狐はゆっくりだが、横たわってる状態から身体を起こしお座りの姿勢になる。
「……良かった、話の通りだった」
狐はそう言うと、首を縦に振り喜ぶ。
「?」
無論カナリアに心当たりはない。
困った様に首を傾げた。
「こちらの話です、申し訳ありません。……では、単刀直入に。カナリア様、私の村を助けては貰えませんでしょうか」
黒狐は懇願の意を込め、頭を深く下げる。
「……何があったのか聞きたい」
カナリアとて、分かりました。助けます。
と、今すぐに返答ができない。
何より頼れる兄は城にはおらず外出中。
怠惰な魔王は別室にて睡眠を貪っている。
「私の村は陽と言いまして、ここから東方の地にあります小さな村です。そこには妖狐族が十人程度暮らしてて、割と平和に暮らしておりました。
けれど、先日勇者と名乗る者が唐突に現れまして、意味もなく村を襲撃。……とにかく我々は散り散りに逃げました。そこで外部から協力してくれる人を探しているのです」
「……東方、てことは東国?」
「そうです。東国シャルティエが、私の住んでいた国です」
この古城にある本に書いてあったので、カナリアも多少把握している。
東国シャルティエ。
神秘が多く、四大国の中でも一番魔法が発展している国だ。
また一番面積も広く、とにかく多種多様な者が住んでいる。
「……協力出来るかは分からない。お兄ちゃんに聞かないと」
カナリア自身はどちらでも構わなかった。
けれど、本来ならわざわざリスクを冒す必要もない。
城でダラダラしながら兄に甘えるのが一番だ。
「まぁ、お兄ちゃんはお人好しだから。真摯に頼んでみると良いかも」
ただし、この話を聞けば十中八九、兄であるリューンは手伝うだろう。
勇者に恨みがあって、とかじゃなく。
損得とか抜きに、それが必要であるならば彼はそうする。
「それだけで充分です。感謝します」
「ん、じゃあ寝て。普通に喋れるようになるまで」
「あ、仲間が一人、同じくこの森に転移しているはずです。もし何かの弾みで見つけることが出来れば、桜と名前を出してください」
「ん」
そうしてカナリアは部屋を出た。
話すことに緊張してたのか、少し疲れた顔をしている。
兄が帰ってくるのを待つか、それとも魔王を叩き起こして見張りを代わってもらうか。
閉めた部屋の扉にしばらく背を預け、そんなことを考えていると、城付近に人の気配がした。
扉から離れ、正門付近が見れる城中央の大窓に移動する。
この家の主人であるカナリアは、ある程度離れた所から気配を察知することが可能だ。
リューンみたく、気配を気取らせずに城に入ってくる者もいるが。
「ちょーっと、何やらややこしい感じですかねー」
窓の外を監視するカナリアに向かって、ふと腑抜けた声が聞こえてきた。
この家のもう一人の住人。
元魔王のアネッサだ。
「アネッサおそい! 私一人で対応してた」
「途中で起きたんですが、カナリアが一人で頑張ってるからついつい。ままっ、これが親心ってやつですよ」
「親でもないし、それにアネッサ、二度寝しただけでしょ?」
「たははーっ……。あ、兄さんです、ね? あれぇ、あの人何か引きずってません?」
「……女の人だ。お兄ちゃん、また何か起こしたなぁ! なんで、あの人は、いっつも、変な女に絡まれるんだろ!」
二人とも悪魔、吸血鬼とだけあって夜目は利く。
窓の外には、何やら疲れた様子で女の子を引きずって歩く、兄の姿。
女の子も嫌そうにしながら、為されるがまま引きずられていた。
それを足踏みしながらカナリアは咎めた。
「隙、あらば、女性問題! 変な女は一人で手一杯なのに!」
「あのー変な女って私の事指してたり?」
アネッサが黒髪を揺らしながら、自分の顔に指を差した。
顔はどこか歪んでいた。
「ふぅん、なんだ。アネッサにも自覚あったんだ」
紅い瞳でアネッサを見ながらそう皮肉を言い放つ。
「吸血鬼もあり得ないぐらいに変な女ですけどね! やだーカナリアちゃん冗談が上手くなってー」
今度は蒼の瞳が睨み返す。
いつものやり取りだった。
そんな言い合いを何往復かしていると、階下からリューンの声が聞こえた。
「おーい。カナリアちゃんー。そこで、野良獣人拾ったんだけどー」
「誰が野良獣人! ウチはれっきとした主人がいる妖狐族だっての!」
何故か下でも言い争っているらしい。
カナリアは呆れた様に、はぁと息を漏らす。
とりあえずアネッサにはそこでステイの指示を出す。
黒狐の事あるし、一応の対策だ。
吸血鬼はゆったりとした歩みで、城を歩く。
「お兄ちゃん、その子丸焼きにするから血抜きね」
吸血鬼が言うと洒落にならない台詞を吐きながら、外から帰ってきた兄を迎えるのだった。