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ボロボロの獣人

 ——どうして、彼には私が見えてるの⁉︎


 自身の姿は見えていないはずの、リューンと明らかに目が合った。

 どうやら魔法は解けているらしく、咄嗟に掴まれた腕を振り外そうとした。

 しかし、相当に強く握られているようで、振り解く程度ではどうにもならない。


「……混乱してる顔だな。獣人のお嬢さん」


「!」


 やはり姿隠しの魔法は完璧に破られている。


 少女は身を屈めて、視線から逃れようとした。

 暗闇ではっきりはしないが、腕掴んだ感触からすると、華奢なカナリアと同じぐらい線が細い。

 振り解くのは諦めたのか、ギッとリューンを睨みつける。


「……ちょ、怖っ。あのさ、俺は君に何もしてないんだから、そんな睨みつけなくても良いだろ?」


 ——獣人。

 人よりも夜目が利き、嗅覚などに優れ、魔法の適正もある。

 おまけに身体能力まで高いという、地のハイスペックを誇る種族。


 それでもアドバンテージは、今や狂戦士にあった。

 公平に見れば半々だが、

 アドバンテージの理由とすれば、気圧したから、と言うべきか。


「っ」


 リューンはどこから見ても神秘性はない。

 まさしくただの人だ。

 けれど、スペックで勝る獣人を片手で抑えられる膂力。

 何より姿が見えない攻撃を感覚で捌く、圧倒的な戦闘経験の違い。

 それは対面した、この獣人の心を折るには十二分過ぎる。


「……」


「待てって! 無言で泣くな! 取って食ったりはしねえって」


 その時、月が丁度リューンと獣人を照らした。


「てか、ボロボロじゃねえか」


 よく見れば端が擦り切れている黒の袴。

 土がついた頬。

 獣人特有の尖り獣耳は、今や力無く垂れ下がっている。

 あまりこちらでは見かけない薄い青色の髪は、パサパサだった。


 森で迷ったのか、それともこの森で何かあったのか。

 傷や汚れからだけでは分からない。


 ……どうしたもんか。


 戦闘をある程度覚悟していたリューンの右手は、困った様にぽりぽりと頬を掻くだけだ。

 ただ左手は離すわけにはいかない。

 ここで油断して逃げられるのは、あまりにお粗末だ。


(みやび)


 何かを諦めたのか、それとも冷静になっただけか。

 獣人の少女は短くそれだけ言うと、視線を地面に移した。


「俺はリューン。しがない”元”戦士だよ」


 ようやく見つけた会話の糸口。

 リューンは己を名乗り、その身分を明かした。

 脳では情報を与えるのは、あまり良くないと分かっている。

 が、ここまで折れているとどうもやりづらい。


「……元?」


 雅は、そのワードに食いつきを見せた。

 どこか緊張が弛緩した様に、腕の力も同様に緩む。


「あぁ、何に苛立ってるのかは知らん。が、俺はただゆっくりこの森で暮らしてるだけだ」


「襲わない?」


「いや、いきなり襲われたのは俺だっての」


 そう指摘すると、雅は今度こそ緩み切ってへたへたと地面に座り込んだ。

 彼女もよほど緊張していたらしい。


 ただ、はい。

 解決したからここでサヨナラです。

 とはいかない。


 迷い込んだ血塗れな狐と、この獣人。

 全くの無関係とは思えない。

 その上で、害があるのであれば、対処しないといけないからだ。


「……というか、正直色々と聞きたいことがある。抵抗せずに着いてきてくれるか?」


 素直に頷かれるとは思わない。

 思わないが、こればっかりは従ってもらうしかない。


「分かった」


 それだけ。

 特に嫌だとか断るだとかの抵抗はない。

 本当に短く、ただそれだけ言うと、雅はすくりと立ち上がった。


 リューンは思わず斜め上の解答に、思わず話を脱線させる。


「……さてはおめえ人見知りだろ? 通信魔法で喋ってた時とテンション違いすぎるし」


「は、はぁ⁉︎ 違うし、ちょっと疲れただけだし!」


 空いた片手を左右に振りながら、雅は否定した。


「へいへい。とりあえず連行な。逃げ出そうとしたり、余計な事しようしたら、今度こそ本気で戦わないといけないから。

 そこだけ覚悟しておいてくれ」


 甘やかすんじゃなく、しっかりと釘を刺した上でリューンは彼女の手を引く。


 とりあえず城まで戻るか。

 何かすればこいつを倒して森の外へ放り出せば良い。


 そんなことを考えながら、ただ来た道を戻り始めた。

誤字報告、いつもありがとうございます。

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