狐の看病と夜の徘徊
黒狐を空いてる部屋へ移動させた後、リューンは部屋にある椅子に腰掛けていた。
あれから少し経ったが、呼吸も発見時に比べればだいぶましになっている。
「水持って来てくれて、ありがとな」
そう言って、リューンはカナリアの頭を撫でた。
柔らかい金の髪がゆっくりとほぐされていく。
それでも少し不安げに、カナリアは黒狐を見た。
「……この子に、何があったのかな」
「さてな。事情は分かんねえが、とりあえず起きるまで待つしかないだろ」
「そう、だね」
無理して笑うカナリア。
リューンは何となくカナリアが思っているだろう事が分かった。
「(まぁ、明らかに人為的な傷だもんなぁ。カナリアちゃんも、こういうの見るのは初めてだろうし。……人との関わりってのを考えるよな)」
リューンが直接話した訳ではないし、カナリアもあえて口にはしていない。
が、この狐はどこからどう見ても『人』に襲われている。
その上安易に大丈夫だ、なんて口が裂けても言えなかった。
「……とりあえず俺は少し城周り見てくるから。カナリアは心配せずに、寝ておきなさい! たくさん寝ないと大きくならないぞ」
多少明るくリューンが取り繕う。
そうして手を引くように、部屋からカナリアを連れ出した。
あまり長居させても仕方ない。
疑問は黒狐が目を覚ましてから、確認すれば良い。
今何を考えても、それは所詮憶測でしかないのだから。
「またね」
カナリアは部屋を出る時、そう言いながら黒狐を見た。
サイズ的には森にいる動物と大差はない。
“付けられた”であろう傷が、再度脳裏をよぎった。
「っ、ぐ」
ベッドの上で、今も苦しそうに呼吸をしている。
人と、それ以外は、やはり相容れない存在なのだろうか。
カナリアはそんな事をふと思った。
☆
「……近くにいるかもしれねえ」
リューンは手に持つ魔道具で辺りを照らしつつ、城周りを歩き始めた。
血の跡は門前のみ。
不思議と何も見つからなかった。
「冒険者? いんや。わざわざこんな所まで足運ばないよなぁ」
人に襲われている可能性がある以上、リューンも警戒せざるを得ない。
万が一この森で、あの狐を狙っている奴等が居るとするなら。
それは城に住むカナリアやアネッサに、直接影響を及ぼす。
カナリアも明らかに沈んでたし、どうしたもんか。
そんな事をぐるぐる考えて歩き続けていると、リューンは突然動きを完全に止めた。
魔道具の灯りも消して、身を縮める。
整備もされてない森で、何か声がするのだ。
「……さが……し……だから……」
「あ……で、あの……」
数にして二人程だろうか。
音の数を聞き分けようと、ゆっくりと足を音の方へ向ける。
声は微かだが、その場を動いている様子はなかった。
じっとりとした汗がリューンの背を伝う。
あの狐が魔獣だと仮定したら、それを痛めつけれる程の実力。
魔獣と違い理性ある者が何よりタチが悪いとリューンは知っている。
決して油断して良い状況ではない。
リューンは己を落ち着かせるように、ゆっくりと呼吸をしつつ動向を探る。
音が鳴らない様に身を屈め、一歩ずつ前に進んだ。
灯りは消えているかを、再度確認する。
ふと喋る声が大きくなった。
「だから、……はどちらに行ったかと……いる」
「分から……だって、あの状況なら……」
なにやら話し合いでもしてるらしい。
リューンは暗闇に慣れてきた瞳を、声のする方へ凝らした。
もう少し距離を詰められるなら、クリアに聞こえるのに。
もどかしい気持ちを抑えながら、一歩一歩距離を縮める。
そこでようやく、声がはっきりと聴こえる位置まで届いた。
「……やっと、逃がせたと思いましたが。これは我らの失態です」
「焦んない焦んない! 姫ちんなら、多分大丈夫でしょ」
頭に残る狐の絵と、会話の内容が急に線で結ばれた。
けれど、断定するには、まだ情報が足りない。
声は聞こえてるのだが、姿が闇に紛れて全く見えない。
「にしても、この森……。厄介ですね、探知魔法が効かない上に、方向感覚まで狂わせる」
「……だねぇ。ね、それより転移魔法まだ使える? 姫ちんを直接——」
「使えます。が、貴女達が居る、その森の座標が特定出来ない。結論今からの転移魔法は無理です。例え直接座標を読み取ったとしても、複数人の同時転移は不可能」
おいおい、それをさらっとやってた奴がいるぞ。
ウチにいる元魔王とかいう奴なんですけど。
リューンは会話を聞きながら、そんな事を思った。
「(良かった。多分あの狐も、会話の主もここに無理やり転移してきて、迷い込んだだけだ)」
リューンの気が緩んだその刹那。
太めの枯れ枝を、誤って踏んでしまった。
「……待って、誰かいるみたいだよ」
一気に空気が張り詰めるのだった。




