血濡れた狐
魚を食べて、その日の終わりが近付いてきた。
もちろん獲った魚は、ちゃんとアネッサとカナリアが料理している。
まぁシンプルな塩焼きだが。
リューンは何となく今日の一連の流れを思い出しながら、渋い茶を啜った。
「二人とも慣れない川で結構疲れてたんだな」
アネッサとカナリアはもう既に眠りについた。
時刻はまだ二十一時を少し回った頃だ。
普段ならアネッサもカナリアも元気良く、ゲームだの自室で本を読むなど好きに過ごしている時間。
本日はそんな余裕も無かったらしく、倒れるようにソファーで眠っている。
「にしても、平和だなあ」
寝て起きて、いつも通りの明日。
鍛錬して、料理したりして、二人と過ごす。
まぁとっくに冒険だの、迷宮巡りだのはリューンも引退した身だ。
……少し城の窓をあけて、外から空気を招いた。
リューンも男の子だし、ちょっとぐらい余韻やらに浸りたい時もある。
夏の蒸し暑い風が、なぞる様に頬を掠めた。
『コーン』
ふと、外から鳴き声のようや音がする。
リューンは聞き間違えかと、頭を捻りながら茶器を机に置いた。
もう一度耳を澄ます。
『コーン、コーン』
「動物か? 何にせよ、こういう時って十中八九で魔獣なんだよなぁ」
……平和と言ったからバチがあたったのか。
リューンは眉間に少し皺を寄せつつ、キッチンから移動し始める。
その間も鳴き声は何度か聞こえており、リューンは灯の魔道具を手に城正面のホールに足を伸ばした。
「……誰かいるのか?」
小さく声を掛ける。
もちろんそれに対しての返事はない。
何にせよ、今はカナリアもアネッサも爆睡中だ。
出来るだけ起こしたくない。
いつでも狂化を発動できる様に、リューンは右の手をグーパーと動かす。
「たす、けて」
正面入り口の扉の前で、その声は聞こえた。
「……人間か?」
咄嗟に拳を構える。
人語を話せる魔獣など、そう数も多くない。
居るとしたら、よほど知性が高いモノ。
もしくはそう言った能力に特化したモノだろうか。
どちらにせよ、普通の魔獣ではない。
「た、す……けて」
扉に耳をつけて、リューンは様子を窺った。
それの呼吸はかなり荒く、喉にも何か絡んでるらしい。
時折、痛ましそうに咳をしている。
どうするべきか。
逡巡した後、リューンは目で確認する為に僅かに扉を開けた。
「(万が一死なれてても困るしな……)」
ゆっくりと灯りを前に突き出して、玄関外を覗く。
白石の見えるは赤い液体。
「うぉ……なんだこれ。もしかして、これ血じゃねぇか?」
そこに居たのは、魔獣とは程遠く、ただ蹲る小さな狐だった。
茶と金の毛が入り混じった獣は、照らすだけで分かるほど傷だらけだ。
主に裂傷が酷く、その中でも腹部は白の毛が血で変色している。
「……ぁ」
狐はリューンを下から見上げると、小さい声を出してそこで意識を失う。
安心からだろうか、それとも残念な事に力尽きたからだろうか。
「おい! 大丈夫かよ!」
こちらの森ではまず見かけることない、その獣をリューンは外へ出て思わず抱きかかえた。
自分の行動が安易であると頭では理解しつつ、こればっかりは助けずには居られないらしい。
カナリアかアネッサを起こすか考えたが、それはとりあえず後。
「魔獣、にやられただけじゃ無さそうだけど」
リューンはゆっくりとその獣を抱え上げて、とりあえず水があるキッチンへ向かう。
「お兄ちゃん、何かあった?」
傷に響かないように歩くリューンの前に、階上からカナリアが不安げに声を掛ける。
そもこの古城はカナリアの城だ。
異物が入って来て、気付かない訳がなかった。
「起きたのか、悪りぃな起こして。コイツ多分だけど、狐だ。どうやらここまで迷い込んできたらしい」
「うん、怪我してるね。凄い血の臭いがする。……とりあえず私の方で血はどうにかするよ」
「なら傷の止血を術で頼めるか? 確か俺の傷薬と増血剤が部屋にあるはずだから取ってくる。狐に効くかは分からんけど……」
最悪それで無理ならアネッサを起こす他あるまい。
リューンはそう決めつつ、カナリアに狐を手渡した。
「分かった! お兄ちゃん、よろしくね」
……。
…………。
☆
「大丈夫そうだな」
リューンの薬を傷に塗り、増血剤を無理くり飲ませる。
そこから数時間経ち、ようやく狐の呼吸が少し穏やかになった。
「良かった。……けど、どこから来た子だろう。少なくともこの森に狐はほとんど居ないし」
「いや、俺も分かんねぇ。でも、これ多分人間付けられた傷っぽいんだよな」
指差す先は、狐の腹。
ナイフか何かでつけられたんじゃないか、とリューンは推測してカナリアに伝える。
「……何の目的で、なんだろうね」
身守るように、リューンとカナリアが玄関先で狐を眺めていると、そこで狐が薄ら目を覚ました。
「……っ、あ」
呼吸がし辛いのか、苦しそうに息を吐く。
「……黒狐と、申します」
それだけリューンもカナリアに伝えると、また狐は意識を失うのだった。
再開久しく、諸々書き直すかもしれません。
色々事情があり物が書けずにいましたが更新します。
よろしくお願いします。