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水着の君達

 リューンは眼前に現れる少女らに息を呑んだ。

 先んじて肩を叩いたのはカナリアである。

 大きな石に座って水の波紋を眺めるリューンにとって、あまりの衝撃的なカナリアの姿。

 意図せずに石からずり落ちそうになった。


「まっ……」


 カナリアはおずおずと足を後ろに、前屈みになってリューンを真紅の瞳で覗き込む。

 その白い足が透明な浅い川に浸かっていて、やけに映えてリューンには見えた。


 ——待って、くれ。


「ま、ま」


 この時ばかりは、リューンは自身の語彙の無さを悔いた。

 言語能力をも奪うカナリアの水着姿は、最早一回の武器と言っても過言ではない。

 森の中の精霊か、もしくは本にある幻想の種族なのか。

 リューンはただ「ままま……」と、繰り返すだけ。

 真祖の幻術(物理)は伊達ではない。

 キメ細い肌は光を反射して、リューンの視線を独占している。

 堂々と見せてもなんら問題ないはずだが、もじもじと照れている様子が相乗効果になってリューンに襲いかかっていた。


「ね、ねえ! なんか言ってよ、お兄ちゃん」


「おか、わ、じゃないっ! 悪い、いや。すげえ似合ってる、うん」


「そ、そうかな……えへへ」


 綻ぶように笑うカナリアに、それ以上の言葉が浮かばないリューン。

 ただ、カナリアからするとその一言で充分だったようだ。

 まぁ、ミズガルドでは褒めるより先に購入の話をしたのだから成長したとは言えるだろう。


「っ……かわいい」


「——ほんとに思ってる?」


「お兄ちゃんは嘘つかない」


 カナリアは身体のシルエットを隠す白黒のタンクトップビキニを着ていた。

 勿論選んだのはリューンであるが、ミズガルドで水着は試着してくれなかったのでこれが初めてのお披露目だ。


「……何でちゃんと見てくれないの?」


「なっ、ぬっ!」


 これまたアッパー気味に良いパンチが入ったか。

 リューン煌めいている宝石如き妹に思わず吐血しそうになる。

 いや、実際は吐血しないのだが、それぐらいのインパクトではあった。


 女性としては慎ましいが、ことバランスという意味では完璧だろう。

 細く長い四肢は否が応でも目を逸らしてしまう。

 神聖な物とさえ思えてしまうその姿と小悪魔的なその問いかけは心臓の音を更に早めた。


「み、見てるって」


「見てないもん。目線がこっちに向いてないもん」


 ずいとカナリアが石に近付き、一歩距離を縮めた。

 珍しいカナリアからの攻撃的な行動である。

 その挑発的な行動を鑑みる余裕がないリューンにとっては、その一歩は触れられるよりなお重い意味を持つ。

 もちろんカナリアとて恥ずかしくないはずがない。

 が、今それ以上に眼前で狼狽える兄がいるのだ。

 それも、想定以上に自分の水着姿を好ましく思っている。

 追い詰めない理由がない。

 それはまさしく本能、なにより困惑の色を隠しもしない兄を見るのは初めてだった。


「ちゃんと、見て欲しい。お兄ちゃんが選んでんだから……」


 これがカナリアの精一杯のアプローチだ。

 見て欲しい、どう思ってるのか口にして欲しい。

 端から見れば、何を今更と思うかもしれないが、カナリアにとっては兄の一言は何より重い。


 けれど、それをあっさりと見逃すほど『もう一人の妹』も甘くはない。

 出遅れたタイミングであれば、それを活かすだけ。

 二人の世界に入っているのだから、普通に現れても効果は薄いというのはアネッサにとっては分かりきったことだった。


「——誰でしょう!」


「っ、急にっ! ぅうおおおお!」


 にゅっと現れた柔らかな感触に振り返ると、そこにはカナリアとは違う美しい女性が笑ってるのだ。

 タイミングとしては完璧。

 もう三十秒でも遅れれば、カナリアが更に距離を詰めていただろう。


「ば、バランスが、おぉおおお——」


 ——ザッパーン! と水を叩く良い音と共にアネッサはカナリアの横に跳んだ。


「……わざとこのタイミングで!」


「まったく、油断も隙も無いです! 二人の甘い世界は入りにくいったらありゃしません」


「ふーん……」


「わっぷ、いきりなり何しやがる……ぅ」


 水面から顔を出して見上げるとそこには全身のシルエットを堂々をさらけ出すアネッサがいた。

 青色のビキニに、白のパレオを腰に巻いてにっこりと悪戯っぽい笑みをこぼす。

 女性的な身体つきに映えるチョイス。

 カナリアとは対照的な美、であった。

 例えるならば、カナリアは静的な美しさ。

 慎ましくあどけなさを残した、照れる様も少女らしい美である。

 対してアネッサは、動的な美しさ。

 大人っぽく自信に溢れる堂々した佇まいに、陽光を思わせる清々しい美。


「……ぅ? 兄さん、似合ってますか? 私なりに試行錯誤したのですが」


「お、う。似合ってる」


 カナリアは頬を膨らませて水からあがらない兄を見た。

 ——さっきまで、私を可愛いって言ってたのに。

 思っていても言えないのが乙女であり、自身を一番と言って欲しいのが当たり前。


「お兄ちゃんのばか」


 実際カナリアから見ても、アネッサは美しかった。

 それは同様にアネッサから見ても同じだ。

 そんな二人が行きつく先——。 


 さて、いつの時代も女性は美で争ってきた。

 神話でさえも誰が一番かを競い合い、戦争まで起こしたこともある。

 ましてやここに甲乙がつけられない暴力的な『美』があって、それを判断しうる男の人もいる。

 で、あるならばいつだってお約束事は起きるだろう。


 同時にカナリアとアネッサ、二人の視線がぶつかった。

 思うことはシンクロする。

 気になるのは「リューンがどう思うか」であり、それ以外は割とどうだって良いのだからしょうがない。


「……兄さん」


「お兄ちゃん」


 呼びかけられたものの、リューンはまだ直視できないでいた。

 ただでさえ、そういった耐性がないのだ。

 今二人を直視すれば、死に至るかもしれない、と踏ん切りがつかずにいた。


「どっちの水着が」


「似合ってる?」


 二人が突き付けた質問はどう考えても結論が出ない質問だった。

 似合っているという意味でははっきり言って甲乙がつけられないし、この質問に正解らしい正解はない。

 片方どちらかを答えれば、次の質問がされるのは目に見える。

 どう考えてもリューンは巧く答えれるスキルもないので、取れる行動は一つだけ。


「三十六計逃げるに如かず!」


 そのまま水に潜って、逃亡をはかる。


「あ! 逃げるんだ!」


「兄さん、それは罪ですよっ!」


 慌てて二人が追いかけるように水に駆け込んだ。

 水しぶきが跳ね、キラキラと輝いた。

 暑い日。川の一幕はこうして騒動の中で始まりを告げるのだった——。

更新遅くなり申し訳ありません。少しバタバタとしておりました。

本日よりまた毎日投稿致しますのでどうぞよろしくお願いいたします。

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