憂う狂戦士/勇者と王族
何巡しただろうか。
「……いつまでやれば良いんだよ、これ。
感覚も麻痺してきたし、これ以上は精神が持たねえぞ」
「私もそろそろ限界っ。羞恥で心がズタボロになった」
「えーっ! これからなのに!」
繰り返される悪魔のゲームも終盤に差し掛かっていた。
時刻は既に夕ご飯の時間を超えており、流石にリューンも疲れ果てている。
あれからアネッサとカナリアは裏切りあったり、リューンにあんな台詞やこんな台詞を言わせたりと、波乱に満ち満ちたゲームは、現在リューンが先頭、次いでカナリア。
当の仕掛け人であるアネッサは、最下位なのでまだまだこれからと腕を回す。
「飯はどうすんだよ、俺は腹が減った。
続きやるにしろ、やらないにしろ腹が減っては戦は出来ぬとやらだ」
「——戦。……戦ですか」
その言葉を聞いてアネッサは頭に電灯を浮かべる。
また余計な事を考えてるんじゃねえだろうな、とリューンに釘を刺されると慌ててそれを否定した。
「いや、ちょっと気になる事がありましてね。
私のワタリガラスなんですけども、王都でどうもきな臭い動きがあると伝達がありまして。
まっ、関係ないんですけど! 私魔王やめたので!」
「まぁ辞めるのは自由だが、ここではちゃんと仕事しろよ。
……にしても王都、ねえ。
王族の中でもアンリシャル家は血の気が凄えからな。俺でも面会は嫌すぎてお断りしてたレベルだし。モンスターっていうか外敵や欲しいもんに対しての執着心は異常だ。俺よりよっぽど狂ってやがる」
勇者パーティーの初期メンバーであるリューンは、そのアンリシャル家に直接その力を見染められているのだが、どうもウマが合わなかったらしい。
アネッサの疑問に対して、思うままに答えた。
「アンリシャル? なんだか美味しそうな名前っ! お兄ちゃん、それって食べ物?」
「カナリアの目が……真祖がそれ言うと笑えないぞーっ!」
スイーツか何かだと思ったのだろう。
王族の名前を聞いて、舌舐めずりするとはまさに真祖であった。
全員で遊んだ物を片付けながら、なおもその話は続く。
「……でも、そこまでモンスターなどには関心がない国かと思っていましたが。
現に私は殆ど被害にあってません。民草に圧政を行なっているのは知ってますが」
「この国が得意にしてんのは対人であり対軍だ。
ここグライスト大陸にある四大国でも、一番武力を重んじてるんじゃねえかな。だからよその国では脳筋国家とかって野次られてるしな」
「なんだかお兄ちゃんみたいね」
「あれれーカナリアちゃん、それどういう意味ー?」
紐で紙を縛り、人形を回収。
物置へと移動させる為に、三人揃って階段を登る。
古城の二階に佇む物置はリューンが手入れ出来ないほどに散らかっていた。
「昔っから欲しいもんは必ず手に入れるっていうのが根底にあるから鬱陶しいんだな、これが」
「では、現在ならどんなモノを求めているのです?」
珍しくアネッサが真剣な表情で、尋ねるものだからリューンも悩んで答える。
「伝説の武器とか、そんなんじゃねえかな。
もしくは、……ヤメだ、ヤメヤメ! そんなん知ったこっちゃないから! ほれ、さっさとそれ中に入れろ。んで、俺が飯作る間に風呂沸かして先に二人は入っておくこと!」
「任せてお兄ちゃん!」
「承知しました!」
二人にお願いをした後で、リューンは想像した嫌なことを頭から追い出した。
かねてより聞いたことがあった、モンスターの捕獲と操作。
「カナリアとアネッサもいるし、より気を付けねえとな」
全モンスターの発生源が魔王からだけではなく、野生である程度根付いているからこそ、その妄想は現実味を帯びる。
……身震いするような発想に、ないないと手を振って自分に言い聞かせるのだった。
☆
華美な装飾は一切ないただ机と棚と武具が置かれる部屋にて、勇者は膝を折り地に着けていた。
「……狂戦士と武闘家、二人を追い出したのだな」
勇者やモンスターを対応する『武省』と呼ばれる組織を束ねる、王族。
アンリシャル・パルサは勇者メンデスを見下しながらつまらなさそうにそう呟いた。
冷酷な眼差しは氷を思わせ、抑揚のない声はいっそう恐怖を植え付ける。
白い軍服に恰幅の良い体は場にいるだけで、空気をヒリつかせた。
そんなパルサに怯えることもなく、勇者は淡々と事情を話す。
「はっ! パーティーには不要と判断致しました」
四大国の一角、ここダウンズ王国では勇者は王族に名を連ねる者と謁見する権利があるが、今回は一方的なパルサからの呼び出しであった。
「……メンデス、アイツらのような戦士を集めるのにどれだけ苦労をするか、考えた事はあるか」
「——っ、浅慮でした。申し訳御座いません」
「とは言ってもアイツらはどうにも頭が固くてどうしようもない。宜しい、こちらから何人か回そう。
で、『アレ』はどこまで進んでいる?」
勇者に近付き耳元でそう進捗を確認する。
「……手掛かりは、ありますが」
「ほう。これは僥倖ではないか。褒めてやる。
が、——お前私に何か隠し事をしておらぬか」
「ありません」
勇者の身体は一切の動揺を見せない。
「良かろう。これは一切をお前に任せてある。今後の働きに期待をするとしようか」
「はっ! 有難きお言葉」
「……必ず掴んでこい。なぁに、簡単な話だろう?
『掴み、私の眼前に差し出せ』ただ、それだけだ」
途方のないプレッシャーが与えられた。
勇者は頭を下げ続けながら、ただ頷くしかない。
アンリシャル・パルサはその反応を見ると笑って勇者の肩を叩いて、告げる。
——決して失敗すること勿れ、と。