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闇の双六

 一巡目。

 リューンは指示のまま、ただ二人の頭を撫でる。

 まだこんな内容で済んで良かった。

 そう思いながらも、先行きを考えると恐ろしい。


「いかがですかね」


 左右の手で撫でられるカナリアとアネッサの二人はやけに上機嫌であった。

 ここ数日どうやら甘え足りなかったのか、それとも無条件に屈服するリューンを見て喜んでいるのかは分からないが、このシチュエーションに興奮しているのだけは確かだ。


「っ、兄さんの手のひらは魔物を浄化させる能力があるようですね。

 この頭を撫でられるという非生産的行為は、その実生産的であるということが分かります!

 原動力、糧になり得ると判断しました。あ、もうちょっと額の方を撫でて下さい!」


「はふ、お兄ちゃん。ぐふふ」


 リューンはリューンでそんな二人のリアクションを見ると、少し楽しくなってきたが、思わず中断の声を上げる。


「そ、そろそろ終わろう。一向に先に進められねえから」


「では、私ですね」


 アネッサがていっと賽を振り、五を出す。


「ワー! アタリマスデスー!」


 何という棒読みだろうか。

 リューンの怪訝な目もなんのその。

 堂々とマスを読み上げる。


「なになに、異性の膝に座る。デスカー! ヤダナァ、ハズカシイナァ」


「……下手にも限度があるんだぞ。お前のその演技は下手を通り越して、最早わざとやってるのか疑うレベルなんだけど」


「チ、チガイマスヨー!

 さっ、兄さんは早く胡座を! そして私を受け入れて下さいっ!」


 はぁ、とため息をつきながらも付き合うのは彼の優しさなのだろう。

 開かれた足の間にちょこんとアネッサが座った。


「ほー、ほうほう。これが……なるほど。

 また一つ勉強になりましたね」


「何の勉強だよ! で、これいつまでやれば良いんだ? 次の俺の順番までか?」


「その通りです。……どうです、私のお尻の感触は!」


 恥ずかしげもなく、堂々と振り返りリューンの顔を見つめる。


「ばばば、馬鹿じゃん! し、知らねえよ!」


 バッと顔を逸らして、馬鹿を連呼した。

 恥じらいを持つという意味では、リューンの方がよっぽどまともに思える。

 顔を真っ赤にする狂戦士の胸をツンツンと突いてにやける様は、魔王様っぽい。


「ふっ、聞くまでもなかったですね」


 カナリアはそれを見ながら、すぐに立ち上がり賽を持つ。

 不満げに唸りながら、それでも己の欲望のために嫉妬心を堪えていた。

 何にせよ兄が、だらしなくイチャイチャしてるのだ。

 これを面白いと思う妹はいないだろう。


「——私の番、お兄ちゃん。今助けるから」


 ぐらりと小さく揺れる賽。

 賽の目は六。

 人形を動かして、そこに書かれていたマスを見ると顔を急に赤らめた。


「わ、わわ! なんで、こんなものが!」


「……異性の好きな所を三つ言う。抱き締めながら」


「アーネーッーサー! お前これほとんど異性を対象にしたマスにしてるだろう! ずりいよ! ズルすぎるぞ!

 カナリア、嫌なら嫌って言えば良いんだぞ? お兄ちゃんが今すぐこの結界全部ぶっ壊してやるから!」


 流石は狂戦士。

 幾重にも連なる結界を破壊する気満々らしい。

 赤面するカナリアを見て、心底可愛いと思いながらも、リューンは必死に擁護する。


「……や……る……」


 想定外を超える出来事にリューンは遂に魔法による洗脳を疑い始めた。


「おいっ! 薬盛ったのか? それとも幻覚魔法か! カナリアが率先してこんなことするはずが——」


「真祖に幻覚なんてかけられるはず無いでしょうに。

 兄さん、これはカナリアの意思ですよ。

 ……それをちゃんと受け止めてあげましょうよ」


 なんて、諭すように優しく告げるアネッサにリューンはドスを利かせた声で威圧する。


「お前後でぶっ飛ばす」


「……お兄ちゃん、こっち」


 手招きして、リューンを呼ぶ。

 目一杯のカナリアの様子を見て、アネッサは自ら玉座を放棄した。


「良いですとも。さ、行ってあげて下さい」


 リューンが近付くなり、 よろよろと重い足取りで側へと歩み寄る。


「あんまり、見ないでっ」


「お、お——あ」


 バッと細い体がリューンを捕らえた。

 華奢な身体は冷たくて、それがカナリアだと一気に現実味を帯びる。


「お兄ちゃん、あのね」


 真紅の瞳は少し濡れて、吐息が熱く感じた。

 抱き返すなんて恐れ多い、ましてやゲームで抱くのはちょっと違う気がするとか、自分で言い訳しながら、爆発しそうな心臓を手で抑える。

 もう言語機能は失せて、ただ脳を失ったゾンビのようにあーう、しか言えなくなっていた。


「……優しい所」


「ちゃんと私を大事にしてくれる所」


「笑わせてくれる所」


 ブツ切りになりながらも、必死になるカナリアにリューンはただただ「尊い」という感情を学習していた。


「カナリア、ありがとう——」


 そんな時だ。


「カナリアちゃんの、ちょっと良いとこ見てみたい!」


 良い雰囲気をぶち壊すように、アネッサがリズム良く手拍子を打つ。


「好きの言葉が聞こえないっ! 好きの言葉が聞こえないっ!」


「いわ、言わないもん!」


 煽られカナリアはブランケットに隠れてしまった。


「くっ、アネッサめ! 的確な対応で雰囲気を壊しやがったか」


 さながら男子がカップルを揶揄うようなノリで、そんな雰囲気を一蹴。

 策士、まさしくアネッサは策士である。


「勉強しましたからね。……さぁ兄さん! 二巡目ですよ、二巡目!」


 賽は振られる。

 闇の双六はまだ続くのであった——。

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