勇者パーティーの崩壊
アルフレドが戦線を抜けてから、二日後。
ミズガルドに戻ってきた勇者一行は、はっきりいってボロボロだった。
一つのダンジョン化した洞窟を踏破し、根こそぎモンスターを倒したのだから、当たり前といえば当たり前か。
「…よォ、遅かったなァ」
アルフレドが勇者達が帰ってきたと聞いて、合流しに戻ってきたらしい。
――やけに、珍しい。
勇者メンデスはまさか彼が自分たちに労いでもするのかと、歩み寄った。
「どうした。珍しいじゃないか」
怒っていないらしく、勇者は安堵を覚えた。
何せあんな形で洞窟外へ叩きだしたのだ。
罵声の一つや二つは覚悟していていたし、なんだかちょっと拍子抜けしてしまう。
勇者一行を見ると、アルフレドは視線を外し勇者の肩を叩いた。
それもまた普段なら絶対にしない行為であり、メンデスは怪訝に思う。
もしかすると、ちょっとした改心でもしたのか。
なんて、ありもしない想像を膨らませる。
「――悪ィ、オレは今日限りでパーティー抜けるわァ」
それはまさしく予想を大きく裏切る言葉だった。
「なにを」
「だから、抜けるって言ってんだろォ。まぁ補充はどうせ王族のヤツらからされるんだろうし、お前はお前で邪魔者がいなくなって良いんじゃねェかな」
なんてことない、はずもなかった。
真顔で言うアルフレドに、体内の血中が冷えていく感覚に襲われる。
どうして、何故。
そんな疑問が浮かび上がった、アルフレドが言っていることが全く理解できていなかった。
他のメンバーに動揺が伝わらないように、少し後ろで待ってもらうことにする。
こういう時でさえ、やけに冷静な自分に半ば呆れながらも、勇者は武骨なアルフレドに思い当たる節を、謝罪することにした。
いくら勇者の命は絶対と言っても、確かにアレはなかったか。
正直頭を下げて終わる話なら、さっさと謝る方が得策だろう。
勇者メンデスはこういう時でさえクレバーに対応する。
それが、今のアルフレドには何一つ響かないとしても、だ。
「申し訳なかった。僕が離脱しろと言ったからか? それは、あの時――」
「そうじゃねェ。……リューンに会ったんだわ。正確に言うと、オレが追いかけたつーのか。ンで、負けた」
ポリポリと頭を掻きながら、悔しそうにそう吐き出すアルフレドを見て、メンデスの頭はまた一人の狂戦士に煮やされていく。
「やけにあっさりと言うんだな。僕は理解に苦しむよ」
吐き捨てるように、冷たく言い放つ。
内心は怒りでどうにかなりそうだったが、必死に堪えていた。
「理解って言うのかァ? まァ完膚なきまでに灸を据えられたって感じだ。
正直腹がおかしくなりそうなぐらい、怒りで沸騰してるんだけどなァ。ただ、目的を思い出したって言うのかねェ。オレのやりたいことは強くなること。ってのを思い出したっつー話」
「僕が許すとでも思った?」
「ケッ、許すも何もハナっから信用もしてねェくせに偉そうに言うんじゃねェよ」
「ッ――!」
おかしそうに笑うアルフレドに思わず剣を抜きそうになる。
見透かしたように言うなと。
……いや根柢の部分で『図星』を指されていたのだろう。
メンデスは呼吸を整えながら、柄に触れた手を所在なげに宙に浮かした。
「そうか」
「抜かねェのか。普通なら切りかかってもおかしくねェが」
「今更だよ。僕は狂戦士を追い出したんだから」
「——お前はブレねェなァ」
「だろう?」
もうそれしか言えなかった。
引き留める権利もなければ、何かを言う権利もない。
アルフレドの身の丈、六尺。
メンデスの身の丈、五尺と六寸。
近いようで全く違う視線の先に、どんな景色を思い浮かべているのだろうか。
二人して、町の壁にもたれかかって空を見る。
——もう交差することもない視線の先。
ただ、二人して思い出したのはきっと最初の光景だろう。
まだパーティーが三人だけの頃。
憎まれ口を叩き合いながらも、いつかは「強くなる」「守る」「信頼される」といった目的を叶える為に必死だった時を。
空は皮肉にもあの日と同じように、綺麗な青空。
そして、柔らかい風が吹いていた。
一陣の風はその別離、崩壊を見越していたかのように二人を分ける。
視線すら合わさない。
体の向きも逆、決裂を現すように雲が二つに割れている。
「そうだ」
ふと、勇者が思い出したように武闘家に尋ねた。
「狂戦士は、強かったかい?」
「さァな。まァ狂ってたのは間違いねェよ」
それを聞くと「間違いない」と同意した。
「この先は独りで行くつもりだろう? 餞別でもやろうか」
「気持ちわりィからパスだ。どうせロクなもんじゃないだろォ」
少しばかりの沈黙の後、勇者から一言が武闘家に向けられた。
「……君は正義を司る勇者パーティーには必要ない。さっさと消え失せてしまえ」
「へいへい、体裁にこだわるのは流石だなァ。
——どこかで戦えたらいいなァ。アイツと」
ここで『本当の勇者パーティー』は崩壊した。
初期のメンバーは最早誰一人同じ道を見ていない。
それでもまだ旅は続く。
もう視線は混じり合わないとしても――。