出発
「では荷物は私の転移魔法で、というかこれで全員お城に戻れば良くないですか?」
お昼前、午前十一時。
太陽が少しずつ昇って、日差しがキツくなってくる。
その前に出発する事になった。
「ダメだ。歩くこともこれ訓練也。というか、アネッサは本気で古城に住むつもりか?
え、なに? 自分の城捨てるつもりなの?」
「捨てはしませんよ。ただ別に誰か他に住んでた者もいませんから……いませんから……」
遠い目をする魔王にリューンは申し訳なさそうに目を伏せて、ただ誤る。
「あ、うん。なんかごめん」
始めは一緒に暮らすことを強く反対していたカナリアも、あまりにも壮絶なアネッサのボッチ生活に何も言えず、今やただ窓の外を見つめるだけ。
あぁ、私もそうだったな。
なんて、かなりシンパシーを感じてしまっていた。
「謝らないでくださいっ! 生み出したモンスターだけが友達だっただけですから!」
「余計悲しいから! もう語らなくて大丈夫だから!」
結局押し切ったアネッサの勝ち。
身支度を済ませて、転移魔法に荷物を委ねる。
「では、送りますけど。どうも古城の座標位置が特定出来ないんですよね。
なんか魔法でも使ってます?」
「私は何もしてない。あそこはちょっと特殊だから」
「ふむふむ。そういえば兄さんの加護を通しても見えないんですよ。多分強い姿隠しの魔法が使われてるんでしょうね」
カナリアとリューンが住まう古城は結界に守られている。
他者が辿り着けないように、決して侵入者が行けないように。
アネッサは困ったように、顎に手をあててむーと唸った。
「お兄ちゃん、加護って何なの?」
「あ、え、いやー。なんつーのか、物や人にかけるおまじないみたいな。そんな感じのヤツ」
目を逸らしながら、リューンはそう説明した。
ジトーとした目で、見つめられる。
「ちなみにその加護でどうしてお兄ちゃんの姿が見えるの? ねぇ、なんで? どうして?」
「怖いから! 色を失った目はやめてカナリアちゃん!」
ヒィと一歩後ろに退がると、カナリアは一歩前に詰める。
「ねぇ、お・し・え・て?」
「女の子がしちゃいけない顔をしてる! ア、アネッサ! 座標位置はまだ特定出来ねえのか? 助けて!」
「兄さんの記憶から呼び出すしかないですね。こっち来て下さい」
「後でお話ししようね、お兄ちゃん?」
「あ、はい。承知しました」
どうにかこの場はカナリアの追撃を逃れ、奥のテーブルに座るアネッサの前に立つ。
「で、どうしたら良いんだ? 記憶を読み取られるなんて初めてだからよく分からん」
「髪をこう持ち上げて、おでこを出して下さい」
言われるがままに、黒髪を持ち上げた。
カナリアの視線がリューンに突き刺さる。
居た堪れない気持ちになりながらも、目を瞑って回避した。
早く進めてくれねえかな。
目を瞑っててもカナリアの赤い目がこちらに向けられているのが分かって、もぞもぞしてしまう。
「では、失礼して」
——コツン。
おでことおでこが引っ付いたような感覚。
吐息が自分にかかっているような気がして、錯覚なのか、なんなのか。
ただ、リューンが目を開けるよりも早く、カナリアの声が聞こえた。
「はぁあああああ?!」
カナリアが大きな声を上げる。
いや、その行為を見たら誰だって同じように声を出すだろう。
だって、それはどこからどう見たって恋人がする事なのだから。
「しーっ、うるさいですよ。カナリア」
「何を、ななな何をしているのっ? 分からない、私には分からない」
ゆっくりと、目を開く。
リューンもリューンで、今何が起きてるのか確認を——。
「お兄ちゃんのあほっ!!」
「ぶへぇらッ!」
リューンが視認するよりも早く、リューンの顔をカナリアの手のひらを押し出した。
…………。
「ちゃんと読み取れたんで、大丈夫ですよ」
「いや、読み取り方絶対他にもあったよね! わざとだよね!」
「いやぁ、あんな所にあるとは! 私もびっくりです! じゃあ、そろそろやりましょうか」
あははと笑って誤魔化す。
目を泳がせながら、簡易的な魔法陣を浮かばせて、印で荷物をマーキングしていく。
「ぉ、おお!」
鮮やかに浮かび上がる青の刻印。
空間にねじ込まれるように、重力に逆らって——荷物は姿を消した。