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選択肢は慎重に

「——お帰りなさい。お疲れさまでした」


 汗を拭くタオルを素早く差し出して、そう労いの言葉をかけられる。


「助かる。カナリアはまだ寝てるのか」


「まだぐっすりです。それよりお怪我は? 擦り傷などはないのでしょうか? 兄さん、あまり無茶をしないでください」


 心配そうにそう声をかけるアネッサに手足を見せて、


「怪我はないから大丈夫だって。加護通して見てたんだろ? どうだ、俺の戦いっぷり! ドン引きだろ。あれこそ理性のねえ怪物って感じで」


 怪我なんて、帰ってくる途中で治った。

 己の身体を眺めて、自分自身でもおかしな身体だと笑ってしまう。

 リューンがそう自虐を入れると、アネッサは本気で心配そうに顔を歪めて叱責する。


「そんなことを言っているのではありません。あの時、私に頼んでくれてさえいたら! アイツを完膚なきまでに、一生戦闘不能に追い込んで見せましたよ。……なんなら今から——」


 魔王の目には、再び蒼炎が宿る。

 それは、カナリアと戦う時に見せた強い敵意の表現。

 思わずリューンがタオルを投げて、本気でストップをかけた。


「やーめーろ! なにを馬鹿な事言ってんだよ。アイツ全然本気じゃなかったし、多分最初も見せかけの殺気だったんだろ」


 実際リューンが圧倒したのだが、初動で全てが決まったと言っても過言ではなかった。

 それぐらい覚悟も何もかも違いすぎた。

 守る対象が変われば、懸ける思いも違ってくる。

 何よりアルフレドは戦いながら、受けに甘んじ続けるようなタチでもなかった。

 空を掴むような動作で、リューンはあの一戦を思い出す。


「それになんつーかな、俺を試してるっていう感覚。まぁ、もうどうでもいいんだけど、アイツ多分迷ってるよ」


 狂化のかかりが甘かった。

 その隙を嗅ぎ分けられないほど、アルフレドも落ちちゃいない。


「兄さんはつまり舐めプしてきた奴を舐めプでズタボロにしたってことですね。……しゅごい」


「言葉遣いは教育する必要がありそうだな。お前も、カナリアも」


 でも、プライドはへし折ってやったと思う、とリューンはスッキリした顔でそう言った。

 リューンは最後のアルフレドの顔を見ていないが、見なくても想像は容易い。

 戦士、特に強さを求めた彼にとっては何より屈辱だっただろう。


「ただし、あんな危険なことがあれば次は私がやりますから! ぐちゃぐちゃにして、亡者の餌にしてやります。ふふふふっ」


「アネッサが言ったらそれはもう本当になるから! 大丈夫だって、単独で乗り込んでくんのはアイツぐらいだから」


「本当ですかぁ~? 嘘ついたら針五万本体内に送り込みますから」


「罰が重すぎるんだが!」


 そんな感じで軽く話をしていると、カナリアがようやくもぞもぞと動き出す。


「う、ぅ……おはよう」


「おはようカナリア、よく眠れたか?」


「お兄ちゃんが、夢に出てきて眠れなかった……」


 嬉しいこと言ってくれるじゃないか、リューンが頭を早速撫でようとすると、


「真顔の『ダウト』にうなされて、何度も何度もその場面が繰り返されて、もう地獄だった」


 げっそりした顔でそう言うので、思わず手を引っ込める。

 よく見れば、カナリアの目元にはクマも出来ていた。


「あっ、なんか夢まで出てしまってごめんなさい」


「兄さん、私の夢にも出てください! 今日あたりに!」


「ダメ。もしアネッサの夢に出たら、私がその夢に出てぶち壊すから」


 そう言いながら、紙袋の匂いをスンスンと嗅ぎ分けて、食べ物を見つけるカナリア。

 指差して、何が入ってるのかを説明を求めた。


「買ってきた朝飯だ。って、袋に手を伸ばさない。先に身支度を済ませてからな」


「先手を打たれたか。くく、よかろう。我が身支度をしてやる。つまり、お兄ちゃん手伝って!」


 片目を手で抑えてながら、今までしなかった喋り方で世話をせがむ。


「また本に影響されたか? さては、カナリア! 夜更かしして、買った新しい本読んだだろう!」


「読んでないもん! たまたまページが開いてたから読んだだけだからっ!」


「夜目が利くからって、夜更かしは毒だって言ってんのに! まぁ、それはそうとして頼まれたら仕方ない。一緒に行くか!」


 ちょーっと待った! と、あまりに流れ良い展開で少し遅れたが、アネッサが慌てて止めに入る。


「甘すぎですよ!? ただ顔洗って歯を磨くだけです。自分にやらせましょう!」


「アネッサは物語に出てくる小姑みたい。嫁をいびる、みたいな。なんでもかんでもケチつける、みたいな」


「だぁれが、だぁれの、嫁ですかぁ? ケチって言うか、正論ですよぉ?」


 そのやり取りを見ながら、うんうんと頷きリューンは二人が仲良くなっていると安心する。

 ガチっと手を組み合って、取っ組み合いをしている二人を見て、だ。


「兄さん、私の方が嫁っぽいですよね? ね?」


「お兄ちゃんは、私の方が奥さんに向いてると思うよね!」


 さて、ここで重要な質問がリューンに回ってきた。

 いわゆる選択肢というヤツだ。

 ただ悲しいかな、彼にはその質問の意図は理解出来ない。

 なので、軽く笑いながら——


「あーいや、二人とも奥さんには向いてないと思うぞ!」


 場が凍る。

 誰のためにこんな争いをしていると思っているのだろうか、そんな目線を向けられた。


「二人にはそもそも、妻が発する色気ってのが足りねえ——」


 鈍さもここまでくると充分暴力であり、暴力はまた新たな暴力によって消化される。


「やめ、二人とも何を怒ってるんだ。こら、こらこら、アネッサ! そのマスタードの小袋をどうするつもりなんだ。カナリア! カナリアは俺を助けて……どうしてよそ見する! 「つーん」じゃなくて!

 あっ、あ! やめ——! いたぁああ! 肌が、肌ピリピリするぅ!」


 マスタードによって汚されたリューンに、抵抗され手を汚したアネッサ、そして身支度の為に顔を洗いに行くカナリア。

 結局三人揃って、外の洗い場へ向かうのであった。

よければ感想など頂ければ幸いです。

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