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見送る背中

 圧縮される空気、喉元がヒリつく感覚に身を預ける。

 リューンの構えが前傾に動くと、合わせるようにアルフレドも更に一歩前に出る。

 加速度的に膨れ上がる多大な量の魔力。

 アルフレドは強大なモンスターと対峙したような錯覚に乾いた唇を舐めあげた。

 野獣、眼前に迫るはまさしくそんな言葉がピッタリと当てはまる。


「……!」


 死神が鎌首をもたげて、首を掻き斬りにくる。

 そんな死の臭いを嗅ぎ分けながら、今もなお外套をはためかせ、アルフレドは前進を続ける。

 僅かばかりに前に出ているのはリューンであり、自身が僅かに出遅れたことを理解したが、もう止まれない。

 瞬間の攻防は、判断によって零が百になり、百が零になる。

 躊躇とは死であり、死は躊躇う度に近付いてくるのだ。

 そんな中で、出遅れた。

 確かに、間違いなく、武闘家が後手に回った証——。


「ッの、野郎ォ」

 

 まだ間に合う、落ち着け。

 そう己に言い聞かせるものの、アルフレドは獣になりきれていなかった。

 思わずスキル「一打必殺」の為に回した魔力を、全力で防御に回す。

 リューンの手は確認している。

 その戦いを目にしてたこともある。

 あれは呪いであろうが、そうじゃなくとも、『人間』が真正面から受けて良い代物ではない。


「ガァアアアアアア!」


 ——狂化した野獣は前進する。

 理性を殆ど失わせ、ただ眼前に映り込む異物を排除する為に疾走した。

 リューンは間違いない判断を選び抜いている。

 「狂化操作」を切り捨てて、自身の理性を削れるだけ削り取ったのは、理性が残っていたらきっと自身は受けに回ると予想したからだ。

 そうすれば、「一打必殺」を正面から受けなければいけない。

 不利、いかに「龍の手」を持とうがどこまで保てるのか分からないのはただのリスク。

 

 であるならば、疾走するしかない。駆けて、賭けて、懸けて——。


 距離は数メートルを切り、もう一歩踏み込めばそこは死地。

 けれど、狂った戦士には、最早相手が何をしようが関係なかった。


「受けてやらァ」


 何を言ったのか、もう聞こえない。

 「狂化操作」は失敗しているのだから、聞こえるはずもない。


「ァアアァアアアアア!」


 ただ殲滅を目的に、手袋に包まれる金色の手を拳にして、対象へと振りかざした。


「流動、一の型」


 狂戦士の一撃は確実に急所を捉えている。

 軌道は分かりやすく、そしてもっとも隙を生みやすい顔正面へ。

 受ければそのまま二撃目が、飛んでくるだろう。

 武闘家アルフレドは、左手の掌底を最大限強化して、衝撃に身体が吹き飛ばされないように「重力操作」も掛けた。

 左手を突き出して、掌底で方向をずらす。


「いャ、止まらねェか」


 風圧が右頬を切り裂く。

 灰の髪が空気に圧されて浮き上がった。

 狂戦士の身体が、軌道を逸らされたことによって、右にバランスを崩れ、————ない。


「ゥアッ!!」


 グルンと身体を回して右足を軸に、また金色の右手が頭蓋めがけて打ち放たれる。


「させるかァッ!」


 ……——打ち合いは、五分は経っただろうか。


 まさしく壮絶な攻防、右に打てば躱して、また受けて——。

 次は左に、右に、それがダメなら身体正面に、側面に、縦横無尽に駆け抜ける狂戦士の猛攻。

 猛打の最果て。

 地獄のような確殺の一撃は、ジワリジワリとアルフレドを削り続けていた。

 どう見たてても、圧倒的有利は狂戦士の方にある。


「アァ……!」


 攻防の合間、縫い続けた戦いの隙間で少しだけ狂戦士が暴風を止めた。

 仕切り直しの為だろう。

 それを待っていたのか、ギラッとアルフレドの目が光った。

 右手が呼応し、引力を発生させる。

 例えるなら手から起きる小規模な竜巻とでも言えばいいのだろうか。

 「一打必殺」を打つタイミングを計り続けて、ようやく見せる機会がやってきたのだ。

 ガチ、と歯を打ち鳴らすと、中段の拳を唸らせた。


「避けれねェぞ! 受けれるもんなら、受けてみ——」


 光に包まれ、目が眩む。

 けれど、それもこの必殺の為だ。

 アルフレドは、勝利を確信してその拳を——。


「……もう良いか?」


「おまッ……——ァ、ア?」


 何が起こったのは分からない。

 だが、光を失った己の拳を見て、武闘家の顔に絶望の色を孕んだ顔色が浮かぶ。


「茶番は終わりだ。お前本気で殺る気ねえんだろ。見ればしっかり人払いの結界もしてる。

 おまけに溜めの長い見せつけるかのような大技狙い。何がしたいんだ?」


 狂戦士は「リューン」に戻り、ポンと左手をアルフレドの右手に置いただけ。

 それだけの出来事で、アルフレドの「一打必殺」は発動出来なかった——。

 わなわなと震えるアルフレドを見下すように、冷たい視線を向けて意図を問いただすリューン。


「——俺だけ本気だったってことか」


 呆れた顔を見るのは、アルフレドにとっては単純に負けるより屈辱であった。

 期待も何も含んでいない。

 死にたくなるような、光も何もない眼差しに、ただ怒り、震えるだけ。

 それはリューンに対してなのか、それとも自分に対してなのか。

 今は分からないでいた。


「……あァ?」


「どうだ、舐め腐ってたヤツにやられた気分は。とにかく、まぁ……やる気がないなら帰れ。もう用は済んだんだろ」


 完膚なきまでの精神的、そして肉体的な敗北だった。

 それも自身の怠慢に加え、「必殺」を完封された敗北。

 侮っていた、舐めていた。

 立場は逆転し、あまつさえ帰れと言われる始末である。


 死にたい。

 死にたい、死にたい、死にたい。


 力なく座り込んだアルフレドをに一瞥もくれず、そう言って歩いていく狂戦士。

 今は黙ってそんな勝利者として歩くリューンの背を見送るしかなかった。

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