狂戦士、元メンバーと向かい合う
カナリアの為に買ったテイクアウト用のサンドウィッチを紙袋に入れてもらって、お金を払う。
二人は起きた時よりも明るくなってきた朝陽を浴びながら、大通りから少しズレた道を散策がてらに歩いていた。
「結局ゆで卵おかわりしてんじゃねえか。なっ、美味かっただろ?」
「食とは素晴らしいですね。本当に美味でした! 特にウィンナーは気に入りましたよ。
じゅーしーであり、歯応えも完璧。お持ち帰りで追加しておいてよかったです」
「グルメになりそうだなぁ。まぁ食は心を豊かにするし、興味持てたなら良かった——あ?」
瞬間、まるで背筋に刃を突き立てられたように、それはただただ鋭い敵意、殺気を感じてリューンとアネッサが振り返る。
何も言わずに見つめ合うこと、二秒。
「よォ……!」
そこには灰色の髪と牙のような歯を剥き出しにする男がいた。
放出された闘気や殺気は衰えることなく、逆に目が合ったことで激しく燃え上がっているらしい。
アネッサが思わずリューンに事情の説明を求めるが、どうやらそれどころではないらしい。
「アネッサ、先に戻ってろ」
「兄さん、でも」
「——カナリアに飯、届けてやってくれ。
コイツはちょっとした昔の知り合いなんだよ。どうやら少し話がしたいらしいからさ」
目にはもうアネッサは映っておらず、ただ野生の化身のような男に向けられていた。
「先に行きます」
「悪りぃ。カナリアの朝の世話も頼むわ」
アネッサは素直に頷いて、そのまま道を小走りに駆けて行く。
リューンはアネッサの背すら確認しない。
いや、あまりに眼前の「敵」は本気すぎて、最早目を離すことも出来なかった。
「カハハッ! 追い出されてまだ勇者ごっことは、滑稽じゃんか。
えェ? 狂戦士のリューンちゃんよォ」
アネッサが居なくなったからか、アルフレドは下卑た笑みを浮かべながら侮蔑の言葉を吐き出した。
リューンはそれを真っ向から受け止めて、動じる事もなく言い返す。
「こんなとこで殺気出すなんて、お前こそ頭おかしいんじゃねえのか。なぁ、アルフレド坊ちゃん?」
「挑発のつもりかァ? いやァ、先んじて帰って来たらよォ、掲示板に紙とか貼ってやがんだよなァ。
見たら追放されたお前が「竜退治の英雄」だって書かれてて、マジ笑ったわァ。——だからよォ、英雄退治に来たんだって」
「それで俺を探してたのか? 相変わらず小せえなぁ」
「そういうスカした態度が前々から気に入らねェんだわ。オレはお前の手も気持ち悪ィし、何よりアイツもオレもお前の強さってヤツに意識向けちゃってんのもムカツクんだよなァ。
初期メンバーの一人だからこそォ、ガキ連れてヘラヘラやってるお前に灸を据えてやるっつてんだ」
アルフレドは拳をゆったりと構えて、ふぅと息を吐く。
勇者パーティーの初期メンバー三人、「メンデス」「アルフレド」「リューン」は互いに相性が悪い。
戦闘において、というよりは性格において、だ。
力量はそれぞれ知っているし、どういうスタイルなのかも分かっている。
ただ勇者メンデスが決めた「パーティー内の私闘の禁止」を守っていただけ。
「メンデス」と「アルフレド」は現に戦闘時以外はほぼ話をしない。
リューンの強さを知っている。
知っているが、それはそれ。
武闘家アルフレドは「最強」を求め続ける男、故に興味があるのはどちらが上か——。
リューンも良い奴ではあるが、黙って逃げるような男ではない。
片方の口角を吊り上げ、へっと笑うと、
「お前らと旅してる時よりは随分とマシな生活してるぞ。
どうだ、冒険してるか? お前は全力で戦えてるか? 辞めさせられた俺が言うのもなんだけどよ、あの勇者パーティーは、やっぱり破綻してるぜ。
俺がやりたかったのは名声を得ることじゃねえ。人を助けることだ。王族の機嫌取りしたり、本当に苦しんでる村を見捨てることが正しいことかよ」
そう切り捨てた。
もうその瞳に迷いも曇りもない。
——どの道、いつかこうなったんだろォな。
考え方が根本的に違いすぎる勇者メンデスと狂戦士リューン。
そして、ただ己が強さを証明したい武闘家アルフレド。
「……信用を欲しがる勇者と信念を曲げない狂戦士ねェ。ならオレは、さながら強さを追い求める武闘家ってところかなァ。
誰が一番正しいのか、手始めにここから証明してやらァ」
そう言い切ると、ぶわりと空間に異変が起き始めた。
アルフレドの「一打必殺」の為に練られた魔力が空間を歪曲させていく。
「そうかよ」
リューンが目をガッと開いて、一気に戦闘態勢に入る。
焦ることなく精神状態を操作して、「狂化」の準備を整えた。
呼吸を整えて、狂化を深める。
「狂化操作」は行なっていない。
理性を度外視し、ただ己の力を高める為に精神を狂わせていく。
ほぼ同時、二人はただ前進し、激突するのだった——。