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コーヒーは苦い

「にしても、パジャマで出かけるなんざおかしい話だぞ。着替えようとは思わなかったのか?

 俺は布のズボンとシャツだから別に良いんだけどさ」


「——そこまで頭が働いてなかったと言うか、考えられていなかった、というか」


 大通りをゆったりとした速度で歩く二人の格好は、寝間着につっかけといったあまりにもラフなスタイルだ。


「魔王様の計画には、パジャマから着替えるってのはなかったのな」


 楽しそうにお腹を抱えるリューンに、あばばば、と慌てながら、


「知りません! 私は計画なんて立ててませんし、失敗してませんっ!」


「ある意味で分かりやすいし、アネッサってめちゃくちゃ素直だよな。

 良いと思うよ、俺は完璧ってよりちょっとぐらい抜けてる方が可愛いと思うし」


 視えるのなら、アネッサの頭からは沸騰した湯気が出ているだろう。

 キョロキョロと視線を泳がして、恥ずかしそうに俯いた。


「魔王特攻持ちですか、兄さんはっ!」


「そりゃこう見えて元勇者パーティーメンバーですからね。

 魔族に対しての耐性は多分高いぞ、俺は」


 どこをどう聞けば、今の話から戦闘においての話になるんだろうか。

 アネッサはぎゅうと握ったズボンを放して、力なく「そういう意味じゃないのに」と呟いた。


「……ま、まぁツメが甘かったのは反省しますけどね」


 実際にリューンを誘って朝ご飯を一緒に食べに行くという部分に全振りだったし、何より人と無縁の生活だったのだ。

 「人から自分がどう見られるか」なんて知りもしない。


 カナリアと違う点とすれば、積極的に人間社会を知ろうとしている所だろうか。

 まぁ、それもリューンが居ればという前提付きではあるが。


「開いてたら服屋ぐらい寄るんだけどな。こんな朝早くじゃ流石に無理か。

 ……まっ、あんまり恥ずかしいなら後ろひっついて歩いとけ。視線除けなら、なれるだろうし」


「ありがとうございます。ごめんなさい、気を遣わせてしまって……。宿に、も、戻りましょうか? カナリアも起こして一緒に——」


 ここにきて、やけに弱気になるアネッサ。

 そんな彼女にリューンは笑って、


「いや、二人で話したいから起こしたんだろうが! 気を遣ってんのはアネッサじゃん」


 と、珍しく上手に返した。


「何が食べたい? 食いたいもんがあるなら言えよ。

一応ソファーに置いてた財布だけは持ってきてたからさ」


「兄さんのオススメは? 私もカナリアと一緒で基本食事は必要ありません。

 なので、正直よく分からないんですよね。あの子は何を食べるんですか?」


 便利な身体である反面、食の楽しみを知らないのは勿体ない、とリューンは思った。


「朝粥はよく食うな。胃に優しいしオススメだけど、それはいつでも食えるし。よしっ、ウドンだ!

 いや、ちょっと待て。モーニング、モーニングセットはどうだ。ウドンの店じゃ話すのは無理だし、丁度良いよな。

 それに肉の腸詰め、ウィンナーは多分口に合うだろ」


「ひえっ、そんな冥界も真っ青な食べ物が存在してると? 兄さんは私が人肉でも喰らっているとでもお思いなのですか……」


「違うって! いや、でも騙されたと思って食べて欲しい!

 村から出てきて初めて食べた時を未だに忘れられねえぐらい美味いんだぞっ! 後ゆで卵、これもすげえ美味い。鳥の卵を茹でたやつなんだけどな」


「ぎゃあああ! 何という生命への冒涜でしょう! やはり人間はモンスターより恐ろしいですっ!」


 魔王のくせに魔王らしくない台詞に、リューンは説明を放棄することを決めた。

 論より証拠、アネッサの腕を引っ張る。


「あーっ、説明が面倒だなっ!

 どんだけ偏食だ、そんなん野菜しか食えねえよ! とにかく決まりだ。俺を信じろ!」


「——わっ、は、はい!」


 ズンズンと進んで、モーニングをやってる食事処を探す。

 どうやらアネッサに「俺を信じろ」という台詞はクリティカルヒットだったらしく、すっかり借りてきた猫状態になっていた。


 ☆


「はいモーニングセットです。しっかし、なんともまた。落ち着きのない格好ですね」


 木で造られた、優しい雰囲気の店の中で老齢の店長が笑いながら二人を茶化す。

 銀色のお盆に乗せられて、運ばれてきたのは良い香りが漂うホットコーヒーだ。


「そうですね、ちょっと腹減ったもんで無理矢理連れてきちゃったんですよ」


「はははっ、何と困った。そこまでお腹が空いているのですね。ならウィンナーをおまけに一本多く用意しなければいけませんな。なに、『飢えた狼』にはちょうど良いでしょう」


 飢えた狼とは、簡単に言えば落ち着きのない者を指すこの地方独特の言い回しだ。

 狼と肉を掛け合わせた洒落を言いながら、小奇麗な白髪のマスターはニヒルに笑って中へと引っ込んでいく。


「ようやくちょっと落ち着いたな。アネッサ、視線集めすぎだろう。

 商人達も冷やかしてくるし。なんだよ、あのノリ!」


 『ひゅー朝からパジャマでデートともやるじゃねぇか小坊主!』


 『おいおい、あれって昨日も騒がれてた英雄さんじゃないか?

 女の子連れてるし、外見の特徴も掲示板に張り出されたのと一致してるぞ!』


 『っていうか、連れてる子すっごい美人なんだけども! かーっ、許せねえ』


 視線からアネッサを守りつつ、たどり着いたのがこの軽食の店だ。


「そうだ、アネッサ。コーヒー飲んだことあるか?」


「いえ、初めてです。色もそうですけど、香りが、うーん。何とも独特ですね。では、……っ、にが! にがいです! 闇より苦いです!」


「どんな感想だよ! 俺は逆に闇の味が知りたくなったわ!」


 口に含んだ後渋い顔をしたが、果敢にトライしてもう一口啜る。


「——苦い、苦いんですけど、なんでしょう。この癖になる感じ。

 あれ、もしかして、この飲み物は美味しいのでは?」


「そりゃようござんした。牛乳入れると、まろやかになるぞ。入れてみるか?」


 こくこくと頭を縦に振って目を輝かせる。

 まるで餌を待つ小鳥みたいで、少し笑ってしまった。

 銀のミルクピッチャーから、注がれる白い液体を見て、アネッサは興奮気味に前のめりになる。


「白と黒の共演、素晴らしいです! 牛といえばカトプレパスでしょうか! これはカトプレパスのお乳ということですね!」


「ぶはっ、お乳ってどんな言い回しだよ! ミルクって言えミルクって! まぁモンスターのミルクなんざ御免被るがな!」


 リューンが乳牛の存在を教えると、大変興味深そうにふんふんと頷いた。


「なんて、ことでしょう」


 牛乳が注がれた後、ティースプーンでカップを掻きまわすと、色は綺麗な茶色へと変わった。

 見てるだけでなく、飲んでみろとリューンが促すと優美に白を基調とした金のティーカップを持ち上げて香りを嗅ぐ。


 そして、一口。


「——馬鹿な! ミルクを入れるだけで、ここまで味が変わるのですか!」


 どうやらアネッサはすっかりコーヒーの虜になったらしい。

 ただ、話はコーヒーだけでは終わらない、いや終われない。

 カップをソーサーに置くと、アネッサは真剣な表情でリューンを見る。


「気持ちが昂ぶってしまって、ごめんなさい。コーヒーの話はここまでにしましょう。

 ……兄さんに、どうしても聞いて欲しいお話があります——」

ブックマーク気付けば1000を超えてました。

嬉しい限りです。誠にありがとうございます。

引き続き更新頑張りますので、どうぞ宜しくお願い致します。

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