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真祖の姫と狂戦士

「で、宿を飛び出したのはいいが、俺は方向音痴であると述べておこう」


 歩き出してかれこれ数時間。

 夜道に関しては歩き慣れているので、別段危険などはない。

 が、どうしても方向感覚は狂ってしまう。

 リューンはさっきから同じ道をぐるぐると歩き回っているのだが、本人はそれに気付いてはいなかった。


「確かミズガルドはこっちの、はずだ」


 大きな木に布切れを結び付けて道しるべにした後、方向を北に定めてただ歩く。

 石も草木もそのままに、全く整備されていない山道を進む。

 そもそも整備されていないという点に関して、本来人が通るべき道ではないことをリューンには察してもらいたい。


「——、何故同じ場所へ戻ってきているんだろう。俺は天才なのか? 道に迷うプロなのか?」


 何度目かのトライで、彼は自身がずっと同じ所を歩いているたんだと、愕然とする。


「北へ進めばとりあえず辿り着けると思ったんだけどなぁ」


 狂戦士ならではの「愚直」な発想を、口から垂れ流しつつ、首を傾げた。

 それでもリューンは足を一度も止めることなく、歩き続ける。

 体力という言葉は彼には存在していない。

 歩ける足があるなら歩き続けるのが、リューンにとっての最適解だからだ。


「やっと正しい道を選べたみたいだぞ!」


 迷いながら歩き始めて、更に二時間。

 いい加減空が明るくなってきてもいい頃、遂に目印の木を目撃しなくなった。


「って、こんなんあったっけな」


 少し小高い丘にある、寂れた古城を指差して目を細める。

 周りは木に覆われて、外からは綺麗に隠れているが、下から見ればはっきりと見えた。


 ☆


「……お邪魔しますよーっと」


 ギィィと鈍く響いた音を鳴らして、鉄と木で出来た重い扉を開く。

 リューンは堂々と侵入を試みた。

 彼とてまだ二十歳にならない男の子だ。

 暗夜に月の光を浴びて映し出される城は、殊更(ことさら)興味をかき立ててしまった。


 人が使っていた気配はある。

 現に入ってすぐの大広間と、上階へ続く階段は外から見た城とは違って綺麗にされていた。

 見たところ蝋燭などは立っていない。

 が、階段の中間帯に大きな窓があり、そこから月の光が入ってきて十二分に明るかった。


「これは絵か?」


 壁のあらゆるところに絵が額に入れられて飾れている。

 額に指をなぞらせ、黙々と見つめる。

 視線を奪った一枚の可愛い女の子が書かれた絵には、小さく名前が書いてあった。


「カナリア・ヴァンプ。は、ははっ! 吸血鬼みてえな名前だなっ!」


 吸血鬼。

 姿を見せないとされるモンスターの中でも、とかく有名な種だ。

 目を見れば意識を乗っ取られて、肩を掴まれれば身体がひしゃげ、血を吸われれば眷属となり生涯を奪われるとかなんとか。

 そんな伝説を思い出しながら、そのまま広間を歩く。


「確か真祖なら、自身の名前にヴァンプって入れれるんだっけか。——って、ないない」


 モンスターの中でも最上種であり、「幻・伝説」とカテゴライズされるトゥルー・ヴァンプ——即ち真祖は、吸血鬼の更に上の存在。

 大気から生命力を吸い上げ、目を合わせるだけで眷属にすることが出来る。

 血を吸われ、眷属となった「吸血鬼」ではなく、生まれながらにして純粋な頂上種であった。


「……だ、だだだだ誰ぇ!」


 そのままじっと絵を見ていたリューンに、ふと震えた少女の声が飛んだ。

 しまった、もう既に暮らしている人がいたのか。

 反射的にリューンは謝罪をしようと振り返る、——そこで口を閉ざした。


「うっそ、だろ。おい」


「私を、た、たた、倒しにきたのね」


 ぶるぶると捕食される前の子羊の如く、少女はリューンを指差しながらそうか弱く吠えた。


「カナリア・ヴァンプ」

 それが彼女の名前だ。

 頂上種である真祖の姫にして、引きこもり。

 トゥルー・ヴァンパイアでありながら、眷属を一切持たない自堕落な少女である。


 美しいストレートヘアは金の色。

 闇夜でさえその美しさを隠すことは出来ず、月光を受けて華やかに輝く。

 真紅の瞳は宝石と見間違える程に、美麗であった。

 その双眸は大きく見開かれ、ただリューンを見つめる。


「っ、あ」


 引き寄せられるよう、一歩前に進んだ。


「ひぃ、来ないでぇえええ!」


 叫んでいる姿さえも美しく、呆気にとられる。

 空間が遮断され、切り取られた世界になっても構わないと思うぐらいには、魅了的であった。

 息をするのも忘れるぐらいに、彼は、狂戦士は、ただ声にならない声で、「カナリア」と名前を呼んだ。


「……俺をここに置いてくれ」


「ひゃう! なななな何言ってるの!」


 ——俺は何を言ってるんだろうか。

 だけど、口は止まらない。

 あぁ、きっとそれは「恋」と呼ばれる病のようなものなのだろう。

 人を見て怯える彼女、追放された狂戦士。

 御誂え向きだ。


「掃除、洗濯、家事は何でもできるぞ」


 カナリアはぴくんと尖った耳を動かした。

 リューンが敵意を持って自身に接してないと理解したからか、それとも自堕落な生活を送っていた自分の世話をしてくれそうな人を見つけたからか。


「——ほんとに、私を殺そうとしない?」


「約束する。俺はどんなことがあったも、お前を守ってみせる」


 なんて軽薄なのだろうか。

 端から見れば、信用できない一言である。

 だけど、カナリアはリューンの目を見て、こくりと頷いた。


「し、しし、試用期間、だからぁ!」


 カナリアは声をうわずらせながら、必死に声を絞り出して答えた。

 彼女にとっても初めての経験で、自身も戸惑いを隠せない。

 出来るだけ人と接さず、誰とも触れ合わず生きてきた。

 もしかすると——、なんて思わないでもない。


「本当か!」


 追放された狂戦士と、引きこもりの吸血鬼のお姫様。

 不思議な縁が、唐突に結ばれたのだった。

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