初めての!
終わりの大地から再び転移魔法で、ミズガルドの空地へと戻る。
カナリアはむすっとした表情で右側の兄の腕を、アネッサはやけに嬉しそうに兄の左側をそれぞれ確保している。
対照的な二人に困った顔をしているのは兄であるリューンであった。
「————ねぇ、兄さん。あぁ、何て素敵な響きでしょうか」
まるで熱病にでもかかって浮かれてしまっているように、アネッサは何度も「兄さん」と繰り返す。
一度否定はしたのだが、夢に夢見る少女は聞く耳持たない。
アネッサがリューンを兄さんと呼ぶ度に、ちくりと右腕に痛みを伴う。
「カナリアちゃん、さっきからちくちくと二の腕を捻らないで欲しい……なぁ……なんて、は、ははっ!」
ギロリと烈火の瞳が怒りを孕みながら、リューンを睨みつける。
「へぇ、お兄ちゃんは兄さんって呼ばれる方が良いんだ。ふーん」と、分かりやすい意思表示を含んでいた。
「嬉しそうだね、お兄ちゃん」
「そう見えるか? だとしたら、無事でいてくれたカナリアのお陰だな」
「ずるい、ずるいずるい!」
ついつい兄に悪いところは無いと分かりつつも、口撃してしまう。
カナリア・ヴァンプは、自身の「嫉妬心」がここまで酷いとは思ってもいなかったのか、自己嫌悪に陥っていた。
——私って、所謂『重い』女の子なのかな。
どちらかといえば、カナリアは恋愛小説などを読んで理解出来なかった側の女の子である。
なんで嫉妬なんてするんだろう、別に他の子がどうしようが関係ないのに。
どうして嫌味を言うのだろうか、素直に許してあげればいいのに。
とか、読みながら思っていたのに、フタを開ければまさに小説状態。
今なら、本の中のヒロインの気持ちの同意できるかも、なんて思いながら兄の腕を強く引っ張った。
兄も兄で優しくそんなカナリアの気持ちを汲み取ってか、怒ることはせずに、ただ時折笑いかける。
決して蔑ろにされる事はない、むしろ最優先で自身を気にしてくれている。
そんな中でリフレインするのは、「カナリアを守ると宣言した。そこがブレることは絶対にない」という、あの台詞だ。
困らせてしまっている。
けれど、自分の気持ちも知っていて欲しい。
カナリアもまた真祖である前に、知らない気持ちに悩む一人の女の子。
「うーん……むー……」
悩む様子のカナリアを見ても、リューンは何も言わない。
悩むことこそが成長であると信じているからだ。
どんなことでも結論を決めるのは自分自身。
ちゃんと自分で考える、そういう風になって欲しいとリューンは考えていた。
変なところで妙に厳しい兄であるが、彼なりに色々と考えた上での行動はきっとカナリアにも伝わるだろう。
「もうすぐ宿だな……。ほんと今日一日は長かった」
——あぁ、やっと眠れる。
激動の一日は、ようやく終わりを迎えようとしていた。
☆
だが、そうは問屋が卸さない。
時刻は深夜一時、宿に戻ったのが二十三時前。
気付けば部屋から、ドンドンと足を鳴らす音や叫び声が聞こえる。
「うがああああ! 兄さんの馬鹿ああああああ!」
「お兄ちゃん、その顔止めてっ……!」
ばさりと絵が書いてあるカードを地面に放り投げて、二人の妹は猛抗議する。
「カナリア、アネッサ、ダウト」
そう行われていたのは「トランプ」であった。
☆
アネッサはついぞ宿まで着いてきて、一向に魔王城へ帰る様子がない。
リューンもカナリアも「帰らないなら、早く寝ろ」と伝えたのだが、目が冴えているらしく初めての木のベッドや、床の感触に興奮している。
「あんなぁ……シャワーも浴びた。身体も疲れてる。特に俺とカナリアはどっかのおバカが操った竜のせいで深夜叩き起こされてるんだよ! さっさと寝ろ!
俺なんてお前のせいでソファーで寝るんだぞ! せめて、安眠させてくれよな」
「ぐ、ぬぅ! けれど、それは兄さんが悪いんじゃないでしょうか! 私の計画は完璧です」
「完璧な計画は失敗してるんですけどね!」
「私も魔王はポンコツだと思う。料理屋に乗り込んでくるとか、ちょっと恥ずかしいし」
このままじゃダメだ。
リューンはここで条件を出した。
「カナリアと古城でやるために買ったんだけど、トランプでもするか。アネッサ、もしそれで負けたらちゃんと寝ろ」
「はぁ……トランプ、ですか?」
「まぁ簡単に言えばだな——……」
リューンはトランプの説明を終えて、綺麗にシャッフルを行う。
別に難しいゲームをやるつもりはない。
今回はシンプルな「ダウト」というゲームをチョイスした。
「ダウト」とは、A(1)~K(13)までの数字を出していくというシンプルなゲームだ。
例えば、カナリア→リューン→アネッサの順であれば、カナリアがA(1)、リューンが2、アネッサが3、またカナリアが4……といった形でカードを場に積み上げていく。
もし、手札に宣言しなければいけない数字のカードがない場合でも「まるで持っている」かのように嘘を吐くことが大切である。
周りは嘘を吐いていると判断した場合「ダウト」と声を発する。
もし「嘘」ではなく、宣言通りのカードであった場合は「ダウト」と宣言した者が場の積み上がったカードを引き取り、逆に「嘘」であった場合は嘘を吐いた者が場のカードを引き取る。
そうして、最終的に手札を無くした者が勝ちというゲームだ。
ニヤリとリューンはカードを配り終えて、ゲーム開始のコールを行う。
しばらく進めていって、
「……は、8っ!」
カナリアが視線を宙に彷徨わせながら、宣言しカードを出す。
手札はリューンが一番多く、一見すると一番不利に見える。
「カナリア、ダウト」
「ふぁぁあああ! 違うから8だもん、これは8だもん!」
「カナリア……ダウト」
リューンの無慈悲の宣言がされる。
ペロリと捲ると、そこにはやはり宣言とは違うカードが置かれていた。
その後も——、
「アネッサ、ダウト」
「ひっ、目が! どうして! 何で分かるんですか!」
「アネッサ、ダウト」
「わ、分かってますから、その死んだアンデットの目をやめてくださいっ!」
その後三回の再戦が行われた後、カードは床に叩き付けられた。
全てリューンの圧勝。
アネッサは4回中2度の最下位、カナリアはも4回中2度の最下位であった。
☆
アネッサとカナリアの嘘が下手すぎるのも今回の敗因の一つだろう。
けれど、あまりにもリューンの真顔が怖すぎた。
カナリアは布を頭まで被り、「カナリア、ダウト」が夢にまで出てきそうで、ガクガクと震えた。
アネッサは再び敗北し、兄の威厳を見せつけられたと、歯噛みしている。
「結構楽しめたな! 良いもんだろ、トランプ! ちなみに俺は8を4枚持ってたんだぞ。だから絶対にカナリアが——……って、あれ?」
誰も反応しない。
宿屋はリューンの望む通り静かになった。
が、こういう静まり方は望んでいなかったと、ソファーで頭を抱えるのだった。