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譲れない女の子のプライド

 町に張り巡らせた「複数の目」で確認すれば、それはもう、耐え難いぐらいに見せつけてくれた。

 アイスを食べさせあい、楽しそうに買い物を行う狂戦士と少女。

 魔王は誰かと一緒に何かをして楽しんだことはない。

 それが行なえる二人の関係性に嫉妬した。

 大事に守られる少女に、心底羨ましいという感情を抱いてしまったのだ。


 ——先に会ったのは私なのに。


 どうして魔王が勇者ではなく、たかがパーティーメンバーの一人にそこまでこだわるのか。

 『魔王は以前、狂戦士に救われた』

 なんてことが、あったら辻褄も合うだろう。

 それはリューンさえも覚えていない、冒険の一幕の話。


 思い出さないように封をしたはずの心が疼いて、苦しくて、早く解消したくて、

 ——だから、彼女は乗り込むことにした。


「モノってもしかして俺か? ……カナリアちゃん、俺の足踏んでるっ! 痛い、痛い痛い!」


「お兄ちゃん、どこで唾つけたの! そんな隙なかったはずなのに!」


「唾つける、ってお前こそどこでそんな言葉を覚えたんだ! やめなさい、兄をそんな目で見るのは!」


『私のモノ』なんて、発言する方もそれこそ決死の覚悟だ。

 なのに、なのに——。


「そんな風にはぐらかすのですね。見損ないましたよ、私の初めてを奪っておいて!」


「は、はぁぁあああ!? 何言っちゃてんのかなこの子は! 虚言かな? 虚言癖なのかな?」


「おっ、修羅場かい? アンタも男らしくないねー。ヤッちまったんだろ? さっさと認めな!」


 なんと汚い発言なのだろうか。

 流石はおばちゃん、発言に躊躇が全く無い。


 ちなみに、アネッサの言葉を補足するなら「初めて敗北させられた」もしくは「初めて救われた」となる。

 プライドもあるし、何より覚えているカケラも残さないリューンに、自身の口からは言えなかっただけだ。


「そんなのは、う、嘘だもん! だって、お兄ちゃんはずっと私と一緒だったもん!」


 人見知りにもかかわらずカナリアは、バッと立ち上がって精一杯の抵抗を見せた。

 簡単にはやらせないぞ、という強い意志を感じる。


「カナリアさんでしたか? 妹という立場を使ってずいぶんとリューンさんを独り占めしているじゃないですか」


 ズイと顔を近づけて、アネッサも負けじと反論した。


「それは私の正当な権利なのっ。邪魔しないで!」


「邪魔はそちらです!」


「——ストーップ! 話がこじれてややこしくなるから。一回外へ出よう。おばちゃんお会計頼む」


 一気に騒がしくなった料理屋を慌てて飛び出す。

 カナリアはアネッサを睨んだまま、アネッサもそれを受けて睨み返す。

 なんともまぁ、居た堪れない空間になったもんだとリューンは頭を抱えるのだった。


 ☆


 場所を変えて、町の空き地へ三人は移動した。

 素直に言うことを聞くあたり、まだ会話する余地はあるのだろう。


「本当に魔王なのか?」


 切り込んだ。

 それはもうギリギリのラインで。

 リューンはアネッサの魔王発言を未だ信じてはいなかった。

 想像したイメージ図とかけ離れてすぎているからだ。


「まずそこからですか。……では、これを」


 パチン、とか細い指を鳴らす。

 たったそれだけの動作なのに、地面には赤い文字が浮かび上がり、土から複数体の骨戦士が現れた。


「な——」


 召喚士であれは契約したモンスターを呼び出すことが可能だ。

 けれど、単純な召喚にしてはタイムラグがなさすぎる。

 魔王であるにしろ、そうでないにしても、この魔法は危険であると判断し、カナリアを守るように前に出て、リューンは拳を構えた。


「心配しないでください。この子達は私に従順ですから」


 もう一度指を鳴らす。

 骨は砂に変わり、あっという間にその姿を消した。


「竜を操ったのも、アンタなのか」


 警戒は解かない。

 むしろ、緊張感が増していく。

 魔王という絶対的な強者を前に、リラックスしている方がおかしい話だ。


「だったら、なんですか?」


「別に何でもねえよ。ただ、アンタが本当に魔王だとしたらえらく回りくどいやり方だなって思ってよ」


 あからさまな挑発だった。

 絶対にカナリアに敵意を向けさせないように、言葉を選ぶ。

 それが魔王にとってはどうしたって面白くない。


「本当に、何も、覚えてないのですね」


 聞かれることのないぼそりと呟いた一言は、雫のように零れ落ちた。

 今しかない。

 魔王にとっては又とない、絶好の機会。

 もう諦めなくて良い。

 リューンは、いや狂戦士は敵である勇者の仲間。

 そう思わなくて良いのだ。


「——その挑発、受けます。

 ただし、負けたらそれ相応の覚悟はおありですか?」


 サファイアの瞳に蒼き炎が宿る。

 目の前の少女に、横に立つのは誰が相応しいのか、見せつけることを誓う。

 ルビーの瞳とサファイアの瞳の視線が交差しぶつかる。


「お兄ちゃん、私がやる」


「カナリア、何を——」


「ごめんね。何を言われても、これだけはどうしても譲れない」


 守られていた少女はリューンを押し退け、前へ出た。

 それはリューンが初めて見るカナリアの戦闘態勢だった。

 二人の頂上種によって、異様な圧が場を支配していく。


悪魔王(デーモン・ロード) アネッサ・デビルズ」


真祖(トゥルー・ヴァンパイア) カナリア・ヴァンプ」

 

 魔王アネッサ、真祖カナリア。

 互いに譲れないモノがある。

 決闘の証である名乗り合いを終えて、ただ静かに睨み合うのだった——。

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