魔王、堂々と宣言する
「食材も買ったし、服も買った。生活必必需品は一通り揃えられたな。ちょっと早いけど晩飯でも食いに行くか」
「行く!」
すっかり陽は落ちて辺りは薄紫に染まる。
ここミズガルドでの二日目を終えようとしていた。
買い込みすぎた購入物をどうするか、それはとりあえず考えない方向で。
かさばる荷物を宿屋に置いて、二人は外へと歩き出した。
「結局あの竜は誰に操られてたんだろうな」
会話は昨夜の出来事へと遡っていた。
リューンは手袋ごしに、打撃の感覚を思い出す。
「どうだろうね。悪意を以って意思を奪ってる感じではないと思うんだけど」
「竜を操れるなんて、それこそ魔王とか竜神とか、真祖とかの最上位種ぐらいだろ。
にしても、目的が分からんけどな。ただシンプルに町を襲撃したかったのか、それとも別の何かがあったのか」
首を傾げつつ、思考を巡らせる。
けれど、最終的には可能性を予測するに留まってしまう。
誰が何の為に、という点で決定打がないのだから仕方ない。
「町の襲撃はないんじゃないかな」
「そうか?」
「だって、竜を操れるぐらい凄い力があるなら直接結界を壊すでしょ」
確かにそうだ。
リューンは納得しながら、結論が出ないので思考を放棄する。
「まっ、なんにせよ終わった話だし別にいいんだけどな」
「お兄ちゃんは、さ。怖くなかったの?」
「狂化してるから、恐怖なんざ感じねーよ。敵っていうのを辛うじて認識してるだけだ」
狂戦士にとって、恐怖は死だ。
身体を資本として限界を壊し、戦い続けるのが狂戦士の役目。
だから、感情によって手が止まるだけで、足が進まなくなるだけで、致命傷を負ってしまう。
彼にとっての最適解は、その致命傷を避けながら確実に敵を屠ること。
簡単に言うならば、即死しなければ良いという考え方だ。
「狂化する前とかは? 震えたりしない?」
「どっちかって言うと、目の前で取りこぼす方が怖いからな。一々びびってたら狂戦士なんか勤まらないって」
職にも種類がある。
武闘家や剣士、野伏といった前衛職。
魔法使い、僧侶、槍使いといった中衛職。
聖職者、弓使い、召喚士といった後衛職。
だが、狂戦士であるリューンはそのどれにも当てはまらない。
敵がいれば最速で、最善手で、そうなればポジションは関係ない。
だから、戦い終えた後に後悔することだってある。
あの時、敵じゃなくて味方を守ることに徹していたら——、と。
確かにタンクのように敵を引き受けることは出来る。
出来るが、やはり専門職には劣るのだ。
「だから、俺は強くなりたかったんだよ。何と対峙しても怯えないぐらい強く」
手のひらを見る、というよりは自身の手袋を見るという方がより正確か。
「でも、まぁ——、手の力を借りずにっていうのは、なかなか難しいんだけどな」
リューンの両手は、龍の手である。
鉄をも貫通しえる打撃と、驚異的な防御は、全てこれらのお陰でもあった。
おまけに傷もある程度は自動で回復する。
代償は魔法が殆ど使えないと言う点か。
火を防ぐ鱗はあるが、火は扱えない。
「っと、喋りっぱなしだったな。悪い」
「ううん、ちゃんと聞いてたから。でも、いつから龍の手が?」
「あー、実はこれ生まれつきじゃねぇんだ。
記憶はないんだけどな、何でも龍に昔手を食われたらしい」
ひらひらと手のひらを振ると、そう言った。
茶化したのか、それとも本当なのか。
カナリアには分からなかった。
☆
「くっ、美味しいじゃねえか!」
町の片隅にある小さな食堂に二人で入った。
時間も夕飯時からズレているので人もおらず、小料理屋としては雰囲気も満点てまある。
頼んだのは牛肉の岩塩焼きと、チーズサラダ、その他諸々。
リューンはさっきから、悔しそうに美味い美味いと繰り返していた。
「美味しけど、お兄ちゃんなんでそんな悔しそうなの……」
「だって、だってよう! 料理人として勉強になるが、くそっ! なんだってこんな香草の香りが鼻からぬけていくんだ!」
「いや料理人じゃないでしょ!」
長らく食を扱ってきた誇りがあるのか、リューンは丁寧に解説を加える。
「おばちゃん、おかわりお願いします!」
「ちょっとお兄ちゃん! 食べ過ぎだって!」
「止めないでくれ。これは俺とおばちゃんの戦いなんだよ」
リューンの真剣な表情にドキッとしてしまう。
「百八ある私の香草テク、そう簡単に盗めやしないよ」
おばちゃんも割とノリノリで料理を出すので、茶番はもうしばらく続きそうだ。
と、そこへドアのベルが小気味良く鳴った。
「あなたが、狂戦士ですね」
店に入るやすぐさま、黒衣に身を包んだ比較的スタイルの良い女性がリューンに話しかける。
ブルーサファイアの瞳に、腰まで伸ばした艶のある黒髪。
ジャンルは違うが、カナリアとも良い勝負が出来そうなぐらい美しい女性であった。
カナリアがふしゃーと威嚇しつつ、リューンに知り合いなのかと視線をぶつける。
「いや、知らない」と、リューンは首を横に振って答えるもののカナリアは直感していた。
彼女は兄と妹の間を妨げる敵だと。
「……お話をしにきました。単刀直入に言いましょう。狂戦士、勇者パーティーを抜けた貴方は今日から私のモノになります。
この西方の魔王、アネッサのモノに!」
計画書を片手に、アネッサはリューンにそう言い放ったのだった——。