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甘くて苦しい/勇者の選択

「……正直すまんかった」


「知らない! ばかお兄ちゃん!」


 リューンの手には大量の袋がぶら下がっている。

 いったいどれほど買えば気が済むのか。

 結局ブティックに三時間近く滞在していたので、気付けばお昼近くになっていた。


「な、なぁカナリアよ! ほら、あんな所に美味そうな串焼きの屋台があるぞ!」


「お腹空いてないもん!」


 今は絶賛妹の激おこ状態を解除するのに必死である兄のリューンは、あの手この手で機嫌を取ろうするが、空振りに終わっている。


 当たり前だ——。

 まだカナリアは「ある言葉」を聞けていない。

 それを聞くまでは許すつもりもなかった。


「似合ってたんだから、仕方ねえだろ? 先んじて買っておかないと、誰かに買われるかもしれないしさ」


「——本当に?」


 ふと、軟化した態度にリューンは手応えを感じた。

 やっと手繰り寄せたチャンスを逃してなるものか。

 リューンはここだとばかりに、一転畳み掛ける。


「あぁ、絶対買われる! 当たり前だ!」


「……はぁ…………」


 信じられないぐらい呆れた顔。

 色々とポイントがズレてるのは、この際目を瞑るしかないか。

 カナリアはゆっくりと歩幅を狭めて、横に並ぶ。


「お兄ちゃんだもんね」


「お? おお!」


 絶対に分かってないな。

 そう思いながら、


「あのピンクの薄いやつは着ないからね」


 じと目で兄を責めると、ピンクのネグリジェが入っている袋を指差した。


「——かか、買ってないからね! 見てただけだから!」


「本当かなぁ? 買ってたら着ても——」


「買いましたっ! 唆されて買ってしまいました!」


 ……あまりの早さに思わずカナリアも笑ってしまった。


「まっ、気が向いたら着ようかな」


 兄の手を空ける為にいくつかの袋を受け取ると、空いた手を握るのだった。


 ☆


「アルフレド、お前は先に戻れ。このままだと、パーティーが壊滅しかねない」


 洞窟はもはや完全にダンジョンとなっていた。

 このままでは手詰まりであると、勇者メンデスは二人いる武闘家のうちミエカではない、アルフレドに退却するように命令を下す。


 聖剣デュランダルを鞘から取り出し、剣先をアルフレドに向ける。

 その行動は、絶対的な命令の際に行われる勇者の意思表示であった。


「め、メンデス?」


 魔法使いが仲裁に入るが、もはや抜かれた剣を収る気はないらしい。


「告げた通りだ。僕はこの命を取り下げる気は無い」


 どうにもこうにも一番の苛立ちを撒き散らしている彼を撤退させなければ、足並みが揃わないと判断したからだ。


「おいおい、正気かテメェ?」


 ギラリとアルフレドの目が光った。

 灰色の短髪が怒りによって揺れ、ギチギチと牙のような歯が擦れ合わされた。

 次いで握られた拳に力が入り、座っていた身体を素早く立たせる。

 戦闘態勢、ちょっと触れるだけで導火線に火が着くだろう。


 アルフレドはパーティーの中でも、絶対的な攻撃力がある。

 「一打必殺」、雑魚に対する確実性なら勇者をも超えるだろう。

 魔力を込めた一撃は体内で炸裂し、敵を内側から破壊する。

 高い攻撃能力を持った武闘家アルフレドと、聖剣を持つ勇者メンデス。

 両者そのまま数秒睨み合う。

 と、アルフレドは手をヒラヒラと振って「後悔すんなよォ?」と台詞を残してそのまま出口に向かって歩き始めた。


 歯車が少し、また少しとズレていく。

 魔法使いも、聖職者も、残ることになった武闘家も、ただ黙るしか出来なかった。


「良かったのでしょうか……」


 ミエカが、アルフレドの去って行った道を眺めて呟いた。


「幸いここは強いモンスターは出ていない。……それに数がいても道が狭いからね。アイツがいなくなったところで大きな被害は出ないさ。それとも、“君も”僕の判断が間違えだと言いたいのかい?」


「……いえ」


 淡々と冷静に勇者は筋道立てて説明し、怜悧な眼差しでミエカを、いやミエカではない『誰かに』浴びせていた。


「僕が言ったことは絶対だからね。だから、君達は安心して任せてくれれば良いんだよ」


 それは聞こえようによっては、底冷えする程冷たい一言に聞こえた。


 ☆


「美味しいか?」


「冷たくて甘い。なんだか不思議な感じ!」


 アイスクリームを口に含んだ、カナリアはそう感想を述べた。

 町の中央にある噴水の縁に腰掛けた二人。


「カナリアは何味だっけ」


「木苺だよ。お兄ちゃんはミルクだよね?」


「ん、食べるか?」


 木のスプーンに白のアイスを乗っけて、カナリアに突き出した。

 カナリアとて流石にその意味は分かる。


「っ、んむ!」


 恥ずかしさよりも、欲が勝ってしまった例である。

 別種のアイスを食べたいという気持ちもあれば、「食べさせてもらう」といった特別なことをしてもらっているという優越感。


 昨夜の事件のせいで、リューンは町中で声をかけることが多かった。

 まぁ有名人というか、恩人に会ったという意味もあるが、それがカナリアにとっては面白いはずがない。


「はい、木苺もおいしいから食べて!」


「俺は大丈夫だから、遠慮しないで全部食え」


「ちがくて、もうっ! あーん!」


 だからこそ、周りに牽制しておきたい。

 カナリアなりのアピールでもあった。


「んごっ——、無理矢理ねじ込む奴がいるか!」


「はい! もう一口!」


 甘酸っぱいフレーバーが、リューンの口いっぱいに広がっていく。

 一口食べれば、それなりに満足だ。

 なのに、手が見えない速度で次弾を用意しているカナリアに待てと制止をかける。


「や、だから……んがっ、が」


 止まらない。

 カナリアの食べさせたい、あーんしてあげたい欲が止まらない。


「じゃあ、もう一回!」


「ちょっ、待って——あ、ん」


 それから「あーん」という名の攻撃は、カナリアのアイスがなくなるまで続いたのだった。

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