お兄ちゃん、そうじゃない!
——失敗した、失敗した、失敗した。
「狂戦士捕獲計画」は、完璧だったのに。
ぐしゃりと紙を握り潰して、また目頭を抑える。
「ナメていた訳じゃありません。が、足りなかったのも事実」
ギリリと歯を鳴らし、顔を歪めた。
ここに来て、人の強さを思い知らされる。
握り潰した紙を開いて、もう一度自分が作り上げた計画書を見つめた。
やはり、どこから見ても万全。
現に勇者はダンジョンの攻略にかかりっきりだ。
戦力を想定した自身の采配は間違っていないと、確信を持って言える。
「——なのに、なんですかあの狂人は! 竜を相手に耐えるどころか優勢まで持っていくとは。あれは人の皮を被った魔物ですよ!」
黒死の王と呼ばれている、西方の魔王は悔しそうに机を叩く。
そう「狂戦士捕獲計画」なんてのを、考え出したのは他でもない、畏怖すべき魔王であった。
「もう一度、確認しなくては」
脳内に保存した狂戦士の動きを再度展開する。
竜の目を通して見た狂戦士は、以前勇者パーティーにいた時とは明らかに動きが違っており、タフさが増した気がした。
何度か部屋で映像を展開した後、ぼそりと呟く。
——後ろの、少女が鍵ですかね。
怒りを抑える為、熊のぬいぐるみを抱き上げて、ほぅと吐息を漏らした。
さて、なら次はどうすべきか。
いっそ、直接会いに行こうかなんて、考え始める始末。
魔王にとっては、これが意図しない敗北であることは変えようのない事実だ。
覇者である魔王が負けたまま、なんて、どうしても気に食わないらしい。
またガリガリとペンを動かして、次の計画を練り始めたのだった。
☆
次の朝、町は夜の騒動を忘れたように賑わっていた。
商いは行われ、冒険者達はまた旅に出る。
そんな変わらない風景を眺めながら、竜退治の英雄は町に繰り出していた。
「カナリア、何か興味あるモノあったか?」
「んーあれかな」
指差した先にあるのは、女性のようなフレアスカート。
リューンはぶんぶんと首を振るい、
「さっきも言ったけど、スカートはそろそろ諦めてください……」
「ちがくて! ちょ、ちょっとだけ。は、履いてみたい、かなぁ……って」
「本当か!?」
「だって、お兄ちゃんが」
きっと似合うって言ったから、なんて言えるはずもない。
俯き、リューンの服の裾を掴んで返事を待つ。
カナリアにとっては、その時間が一瞬ではなく永劫に思えた。
「ぜってえ似合うから! よしっ、早く行こうぜ!」
竜を撃退した時よりも嬉しそうにリューンはカナリアの手を引っ張る。
似合うと疑わない兄。
引っ張られるがまま、ブティックに入って行く。
「いらっしゃい、あら! リューン様じゃありませんか」
まだ朝なので他に客はいない。
巻き毛のお姉さんは、リューンを見ると顔を綻ばせた。
「俺の名前を?」
「勿論ですよ! 二頭の竜をたった一人で撤退させた、ミズガルドの英雄! って、若い冒険者達が囃し立ててましたから」
冒険者はギルドに召集された後、先んじて戦うリューンの援護を命じられていた。
けれど、まだ経験の浅い冒険者達は大正門から前へ進むことが出来ず、ただリューンの鬼神っぷりを眺めるだけ。
事が終わった後、色めき立つのは英雄を目撃したからか。
夢物語、お伽話が目の前で起きたのだ。
誰かに話さずには居られないだろう。
「やっ、たまたまですから。それよか、この子に似合う服を見繕ってくれませんか?」
拍子抜けするぐらい適当に自分の話を流すと、目を輝かせながら、カナリアの服を用意しろとせがむ。
何せ、リューンの興味先は自分の話ではない。
その興味関心は、妹の私服姿のみ注がれている。
お姉さんも接客を行なっているからか、空気を読んでカナリアの為に笑顔を作って
「お任せ下さい! お安くしますよー!」
と、調子よく合わせるのだった。
「よし、じゃあ試着室行ってこい! あっ、そうだ。お姉さん、出来るだけ足の露出が少ないやつにして下さい!
……けど、家用の服はちょっと攻め気味でも悪くないかな? ここなら、寝間着も可愛いの売ってるし問題ないな! すいません、ありったけの可愛い服を用意して下さい!」
にしても、この兄ノリノリである。
早口でお姉さんに希望を伝えると、サムズアップしてカナリアを試着室へ送り出す。
「お兄ちゃんっ! 恥ずかしいからっ、やめて!」
「何が恥ずかしいんだ。これは必要なんだよ、マストなんだよ!
それに金なら心配するな。俺の財は使う暇がなかったので余裕があるからなっ!」
「あは、あはは……っ」
今会ったばかりのお姉さんですら、リューンが重度の“シスコン”というのは察しがつく。
どうにか営業スマイルを保ちながら、カナリアを案内するのだった。
「まずは、暑い夏に向けたコーディネートです。にしても、信じられないぐらいに可愛いですねっ!」
「でしょう! うちの妹は世界一可愛いので!」
「お兄ちゃんっ!!」
試着室から兄の暴走を止める為の声が飛んだ。
まだカナリアは外に出てこない。
というか、そんな風に持ち上げられれば誰だって出にくいだろう。
「は、や、く! は、や、く!」
「せ、急かさないで! 心の準備させて欲しいのに」
恥ずかしいそうにもじもじとするカナリアを、お姉さんは兄の前に連れ出した。
「——あ、ぁあ」
目に飛び込んで来たのは、シンプルな白のワンピースを着た美しい少女。
スカート部分には丁寧なデザインのフリルがついており、見た目も冷涼である。
息をするのを忘れて、食い入るようにリューンは見つめた。
口は開いたまま、瞬きさえ惜しいのか一向に目を閉じようとしない。
「か、感想は——」
「お買い上げお願いします。三着ください」
キリッとした表情で指を立てる。
だけど、そうじゃない。
今言うべきことは、ワンピースの購入云々ではないはずだ。
ほら、現にカナリアは眉を寄せて怒りを露わにしてるではないか。
「……お兄ちゃんのばかぁあああ!」
カナリアの竜より大きい声が、店内に轟いた。
レビュー頂きました!
ありがとうございます!頑張りますので、今後とも宜しくお願いします!