転移しました。
ブラック企業の社畜プログラマー尾生は過労で死んだ。深夜の会社で一人で作業していて、翌朝出社した同僚に、キーボードに顔を突っ込んで死んでいるのを発見された。それはそれで遺族が訴えを起こしてマスコミを巻き込んで社会問題に発展したのだけれど、それらは本人には関係がないことだった。
何もないところに意識だけが浮かんでいる感覚があって、どれだけそうしていたかはわからないが、やがて「意味」だけが流れ込んできた。言葉にしづらい概念ばかりなのでそう言わざるを得なかった。
そこには、どうやら二人がいるらしい。一人は「この世界」の管理者の誰かで、もう一人は「別の世界」の管理者の一人らしい。で、二人の間では話がついていて、尾生を記憶と技能を保ったまま「別の世界」で再構成することになったらしい。その「別の世界」は管理者たちがせっかちと言うか、早く世界を「豊穣に」したいらしく、適当な経験のある人間を輪廻転生の途中で借りてくることをよくやっているらしい。尾生もその一人に選ばれた、と言うことだ。
「同じような人間は他にいるし、お前が初めてでもない。もう一度死にたくなければなんとかして生き抜いてみてくれ。で、期待はしてないけど、なんか世界を発達させてくれ」
尾生の前に光の道が出来て、勝手にそこを進んでいく感覚があった。説明を求める暇もなかった。比べるものがないのでわからないが、どんどん加速しているようで、さらに光が強くなっていった。
「お前の技能が使えるような特殊な能力を付けておいた。『コンソール』『リファレンス』忘れるな」
それだけ言われて、尾生は最大速度で光の壁にぶつかり、また気を失った。