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赤朽葉の鬼  作者: 風見烏
2/3

旅籠・七ツ屋

 天和宿(てんなしゅく)旅籠・七ツ屋と看板が掛けられた建物。

 引き戸を抜けると、入口は土間と小上がりになっている。

 確かに古びているものの、風情を感じ、懐かしさと親しみやすさを覚える。

 一階は食事処になっているようで、おそらく二階部分が宿泊出来る場所なのだろう。


「叔父さん。お客さんを連れてきたよ」

「…………お客さん?」

「そう、お客さんだよ」

「………………ああ。これは失礼致しました。お客様、ようこそいらっしゃいました。今日はどのようなご用件でございましょうか」

「ひとまず一泊したいと思っていまして。出来ますか?」

「もちろんです。古びた所ですがごゆるりとおくつろぎください」


 にこやかに笑みを浮かべる店主の顔色はあまり優れないように見える。

 あの精気のない男と同じ、青白い顔をしていて、これが京夜はこの町の住民の共通点だと教えられれば、本気で信じてしまうのではないかと危ぶまれる。

 だが、道中の男達と違う点は、よそ者を見るような険のある視線ではなく、どこか気やすく親しみやすい雰囲気が漂っている。気がする。

 あくまでも他の住人と比べれば、という注釈が入るだろうが。

 それでも客商売らしき笑顔を浮かべ、こちらのことをちゃんと相手してくれている。


 店主は夕餉(ゆうげ)の支度をしてくれているようで、手際よく動く姿は、疲労の翳(かげ)りなど見えず、元気そのもので、しかし無理矢理動かされているような、そんな違和感が拭いきれないでいる。


 出された料理は味も良く、煮魚と、山菜と、汁物と、鹿肉の燻製などが用意されて。

 京夜などつい仕事を忘れ、燗(さけ)が進みそうになっていた。


 食事が終わると京夜達は荷物を部屋に置き、化け物が潜んでいそうな場所を探るために旅籠を出ようとする。

 そんな彼等をあずきが見つけると、不思議そうに声を掛ける。


「今からお出かけですか?」

「まあ、ちょっと夜の散策に出ようかと思いまして」

「散策だなんて、ほんとうはなにか別の目的があるんじゃないですか?」

「あはは、ばれてしまったか。せっかくだし、ちょっと風景を楽しみながら一杯引っかけようかと思ってね」

「……もう、ほどほどにしておいて下さいよ」

「大丈夫でございます。お兄様が飲み過ぎないようにわたくしが見張って参ります」

「怖いお目付役がいることだし、はめは外さないつもりだよ」

「いつ頃戻られますか?」

「そうだな。9時までには戻るよ」


 旅籠を後にすると、蟻地獄に自ら飛び込む虫か、あるいは明るい場所に惹かれ、火に飛び込み焼け死んでしまう羽虫のような、ふらふらと京夜は目に飛び込んだ居酒屋に早々に入ろうとする。誘蛾灯に惹かれる蛾でもここまで飛びつきが良くないだろう。


 昼間はがらんどうとしていて、この町の店がすべて潰れてしまったのではないかという印象を受けたが、どうやら違うらしく、ぽつぽつとまばらながら開いている。


「お兄様。舌の根が乾かぬうちに、でございますか」

「まあ良いじゃないか。やはり旅行の楽しみというのはこうでなくては」

「わたくしと土産屋を廻るという約束はどうなりましたか?」

「ここで一杯飲んでからじゃダメかな?」


 その瞬間、涼しげな目元が更に涼しげなものに変わったという。

 裏切られた、というよりは、憑拠(よりどころ)を失って、ただただ悲しんでいるようで、このまま別れれば町のひさしの間でひっそりと袖を濡らす気勢で。

 京夜の意気地も失われそうなものであるが、彼は彼女の変化など感じ取れないとでもいうように、呑気な顔を向けていた。


 朽葉は盛大に溜め息。

 もはや愛想が尽きたとばかりに裾をひるがえす。


「はあ、わたくしはとんとあきれ果てました。どうぞお一人でお楽しみございませ」

「あ、朽葉……」


 冷たく袖にされた京夜はただ立ち尽くす――――というわけではなく。

 お互いに軽く目配せをして別れたのであった。

 というもの、見覚えのある男がこちらの様子をじっと窺っているようで、影でこそこそと後を付けてきていることに気付いために、一芝居を打ったという理由(わけ)。


 君主の仇を討つために、酒と女と遊んでいるように見せかけた大石内蔵助を真似て、と言えば少し格好はつくだろうか。いや、京夜はそのような器でも、剛胆な人間でもない。

 その証拠に、芝居だというのに、捨てられ濡れた目をした子犬の視線で、朽葉の後ろ姿を追い続けていた。




 再び彼等が合流したのは、数刻の後。

 芝居とはいえ、仲直りをする『フリ』というのも大事だと、土産物屋で買った、犬か猫か熊か判別が着かないキーホルダーを差し出すと、朽葉は莞爾(にこにこ)と受け取った。

 そのままひそひそと耳打ち。

 その姿は兄妹が仲良くじゃれ合っているように見えなくもない。


「それで、目星はついたのかい?」


 町はすでに夜の装いを見せる。

 店先には火の灯った提灯が吊されている。

 ここに足を踏み入れたときの寂れた様子など嘘のよう、人がいて、店が居て、客がいて、生活が息づいている。と装っている姿に京夜は見えたのだ。

 空景気(からげいき)も空景気。ここにはちゃあんと人がいる。化け物なんていないのだと嘯(うそぶ)いているような寒々しさ。


 ぽつぽつと点在した偽りの明りが、さながら怪獣の眼(まなこ)のように見え、よそ者を責め立てる異様な厳酷(げんこく)の光と輝き、それがこちらの腹の裡(うち)を探っているような、あるいは、頃合いを見計らい、がぶりと取って喰ってしまおうと企む猛禽類が眺めているような居心地の悪さで。

 もしかすると注文の多い料理店のように、身体にクリームを塗りたくり、酢の香水を振りかけ、自ら大猫の腹の中に入る準備をしているのかとさえいぶかしむ。


「ええ、あるじ様もお気づきかと思し召すことかと存じますが、この先にある大屋敷が得に――臭います」

「確かに、あそこがこの街の嫌な臭いの発生源だろう。広さも申し分ない。何かを隠すには都合が良い」

「きっと、たいへんいかがわしいことが行なわれているのでございましょう。わたくしとても恐ろしゅうございます」

「俺にはちっとも怖がっているようには見えないんだけど」

「あら、ばれてしまいましたか。それにしてもあるじ様。なにやらお口から芳しい匂いが致します」

「ぐっ、これはだね。やはり一杯飲むと言ったからには実行しないと怪しまれるだろう。仕方がない必要経費だったんだよ」


 などと言い訳するが。

 もちろん、塩でも舐めるかのようにちびりちびりと飲んでいただけで、泥酔(でいすい)し、気分良く酒芬(さけのにおい)を吐き出し、酔いに任せ足元をふらつかせるということはない。

 その辺りの理性は強く、自分の領分を弁(わきま)えている。

 が、取り繕うためとはいえ、気分良く飲んでいたことは事実なので、どうしても後ろ暗いものを感じてしまうのは、京夜の気質故のことだろう。 


「責めているつもりはございません。しかし、わたくしが身を粉にして働いている間にさぞ気分の良いことでございましょう。ああ、わたくしは悲しんでいるのでございます」

「それはっ、うぅ、この埋め合わせはするから!」

「約束、して頂けますか?」

「ああ、約束する!」


 袖で目元を覆い隠し、さめざめと泣く――振りをしていた朽葉は、京夜の言葉を聞くと、けろっと顔を上げ、悪戯めいた顔で笑った。

 京夜は騙された、と気付いたときには遅く、彼女は彼の胸元を指で触れ文字を書いている。

 こそばゆい感触に身を震わせ、酔いか、怒りか、恥ずかしさからか、はたまた別の感情か、耳と頬が赤らむ。


「ふふふ、良き言質(げんち)を取りました。それで、収穫はございましたか?」

「ぐ、またやられた……。ええと、この町の住人を見てきたが、みんな精気を失った顔をしているようだ。そして女性どころか子どもの姿もない」

「恐らく男達は屍鬼(しき)に成り果てているのでございましょう。おんな子どもは分かりかねます。逃げたか隠れているやも知れません。兎に角、その化け物とやらにだいぶ食い荒らされてしまっているようでございます。正確な数は分かりかねますが、多くの住民が血か精気を吸われ、屍鬼に変じ、傀儡(かいらい)と成り果てているかと思し召します」

「それじゃあ、この町は……」

「なんという食欲でございましょうか。この有り様ではどれほどの人間が無事だと申すことが出来るのでございましょう」

「ならば、行きずりの旅人などさぞ美味しそうに見えるだろうな」


 大食らいで、この町の住民をことごとく食べ尽くしたというのならば、のこのこやって来た旅人など、まさにネギを持ってきたカモがそのまま鍋の風呂に浸かっている光景に見えたに違いない。

 ごちそうを前にした野犬の、留めなく溢れる涎(よだれ)の、不作法に、『待て』などという命令などお構いなしに貪り喰らい尽くしてしまいたい気分だろう。あるいは腹ぺこの大猫じみて、大口を開け、好機をじっと待ち、自分の腹の中に入る瞬間を今か今かと待ち望んでいる。


「図らずもわたくしどもが囮(おとり)ということでございましょう」

「まあ、朽葉を喰えば食中りを起こすだろうが」


 京夜の物言いに、朽葉は納得できないとばかりに口を尖らせる。

 普段見られないような冷たい声音で、彼などその剣幕さに押されて後ずさりをしてしまうほどで、ずいっと、嗜虐めいた表情でにじり寄った。


「ほう。それはわたくしめが不味そうだと、喰う価値もないと仰りたいのでございますか」

「いや、ええと――」


 視線を明後日の方向に向け口ごもる。

 そこまで言っているつもりはなく、彼としてはつい口を滑らしてしまった程度なのだが、失言だったと分かっているのでなにも言い返せず、この強弱の縮図が彼等の関係性を物語っているように見える。

 京夜はすぐにわざとらしくぽんと手を叩き、思いついたことをそのまま口に出す。


「そうそう。鬼が鬼を喰らえば毒になる。俺は、鬼が鬼を喰らうことは出来ないとだけ言いたかったんだ!」

「まあ、取って付けたよう。なれどわたくしは許しましょう。確かに、鬼にとって鬼の血肉は猛毒にもなり得るものでございました。通常の鬼ならば同族喰らいは出来ぬのが道理でございます」

「幸い俺たちの素性はまだ知れれていないようだし」

「それはどうでございましょうか。ほら、鼠が二匹ほどこちらを見ております」


 彼女の言葉に気配を探ってみれば、確かに、悪意を含有した視線が注がれている。

 京夜たちの身の回りに不愉快な、品定めするような、あるいは殺気が感じ取れる。

 が、なにやぼんやりとした気勢。というより違和感を覚える。

 機械的で事務的で作業的で、まるであいつを憎めと言われたから憎まなければならないといった空気。自分の意思というのもが希薄なのだと思った。


 言いようのない不快感が、尾と曳(ひ)いて、身体の一部だとでもいわんばかりに、まとわりついてくる。

 彼等の不気味さに、背筋に薄ら寒いものを感じる。

 氷を背中に入れられたときの、あのゾッとする感覚によく似ている。あれを不意打ちでやられれば、びっくるするような、ぞわぞわするような、気色悪いような、そんな気分で。


 京夜は彼等を誘い込むために、悪酔いした振りをして、足元も覚束(おぼつか)ないようにふらふらして見せ、くらりと足場を誤り、躓いたように朽葉にもたれかかる。

 それから気持ち悪そうに口を押さえ、丁度良い家と家の廂間(ひさしのあいだ)を見つけると、そのまま脇道へと入り込む。

 薄暗く、星明りも届かず、目を良く凝らさなければ自分の手さえもぼんやりとするほど。


 頭に笠(かさ)した隧道(トンネル)じみた道を進む。

 ほどなくすると、二つの足音がひたひたと着いてくる。

 そういえば、夜道を歩いていると背後から後を付けてくる妖怪がいると聞く。それらは「お先にどうぞ」などと唱えれば去って行くという話である。この二つの足音も、それくらいかわいげのあるものであればよかったのにと、京夜は胸中で毒づいた。


 京夜達が待ち構え、現われたのは町に来たとき、最初に出会った男と、酒を飲み歩いているときに見かけた男。

 感情の色というものはただ一つ。漠然(ぼんやり)と悪意に染まり、濁った眼でこちらを眺めている。そして彼等はぽつりと。


「どうしましたか。気分が悪いなら、こちらへどうぞ」

「ほら、水も用意します。こちらへどうぞ」


 あまりにも白々しく、もやは嘲(あざけ)りに近い。

 どうぞどうぞと手招きをする姿は、柳の下の幽霊か、質(たち)の悪い街頭販売(キャッチセールス)か。

 蛍(ほたる)に呼びかけるように、こっちの水は甘いぞ、あっちの水は苦いぞと、心にもないことを偉そうに嘯(うそぶ)く寒々しさ。


 どちらの水も苦いのだろう。

 苦き杯を飲み干すのは誰か。困難をどうか遠ざけて下さいと祈るのか。

 否(いや)。もう遅い。

 すでに杯は傾けられ、争いの渦中に入ってしまっている。

 こうなればあとは流れに身を任せるか、それとも流れに逆らうか。

 彼等の選んだ道は、当然、抗うこと、だった。


「ああ、それは助かります。が、その縄をどうするおつもりで?」

「あら、お兄様。きっと、縄を素っ首に吊り下げ、市中を引きずり回す腹づもりなのでございましょう」

「ははは、そんなことはしないさ。ほら、こちらへどうぞ」


 その挙措(きょそ)の一つ一つから彼等の品性が知れるというもの。

 屍鬼と成り果て、情味(じょうみ)のない眸(ひとみ)の奥は決して笑っていない。

 後ろ手に隠した物は、麻縄と麻袋だろうか。一体それで何を縛り、何を包む腹づもりだったのかと思うと、京夜は薄ら寒いものを感じた。

 もしかしたら、屍鬼となる前は気の良い人物だったのかもしれないというのはもっともである。今では悪意の陰(かげ)が鼻梁(びりょう)に沈んでいるよう。


 こちらの様子をうかがうと、それまでの取り繕った笑みが消え、敵愾心(てきがいしん)を隠すことなくぶつけてくる。

 縄を広げ、じりじりとにじり寄る。


「貴様等は我らが主の贄(にえ)となるのだ」

「主が貴様等をご所望だ。さあ、こちらに来い」

「お前たちの主とは誰だ?」

「さあ、早くこっちに来い」

「黙って捕まるのならば痛い目に会わなくて済むぞ」

「無駄でございますお兄様。彼奴等(きゃつら)はただ命令の趣くままに動く傀儡でございます。たとえ滅んでも口を割りませぬ。なれば――」


 朽葉がちゃきりと、爪先を変化させ、剣(つるぎ)のように伸ばす。

 硬質で鋭い五本の爪を、相対する男達に向けた。

 男達は顔を見合わせて頷くと、縄と袋を放り、腰にくくりつけた錆(さび)の浮かんだ鉈(なた)を手に取った。

 殺気立つ彼等の眸に、残った理性や悟性(ごせい)の陰(かげ)も失われ、あるのはただこちらを害する意思だけ。


「女は鬼だ。鬼は殺せ。男は捕らえる」

「鬼は殺せ。人は生かせ」


 朽葉の正体をうっすら気付いていたような口ぶり。

 他人から見れば、鬼から人を守るように見えなくもない。

 実際には真逆も真逆。

 朽葉を排除した後は、助けるどころか彼等の主人のもとへ連れて行かれ、蓋付き丸皿(クロッシュ)に寝かされ、茹でた人参(にんじん)やトウモロコシ、ポテトやキャベツを付け合わせ食卓に並ぶ姿が容易に想像できてしまう。

 鬼の餌となるのは御免だが、決してそうなれないと彼は理解している。


 ざっと、男の一人がこちらに向かって飛び出してきた。

 ここは狭い路地となっており、京夜と小柄な朽葉とで密着してようやく並ぶことが出来るといった広さで。

 必然。対面する形になる。

 朽葉は京夜を押しのけ、桜並木を歩くかのように優雅な仕種でもって、まるで猫の喉を撫でるかのように、男の一心に振り下ろした鉈を軽く受け止めてた。

 そのまま手をひねり、武器を取り上げ、すっと前に躍り出ると、軽く微笑(わら)って見せ、対峙した男をざんばらに切り裂いたのだった。


 男はぼとぼとと無数の肉片に分割されるが、血がほとん流れず、硬い粘土かのような感触で、彼等がすでに人以外の何者かに変じてしまったことがうかがえる。


「所詮は鬼のなり損ないでございましょう。あまりにも脆(もろ)い」


 朽葉は腕に付着した少量の返り血を、腕を振って水気を切り、続けて言う。


「精気を吸われ、死に、そして歩く死体(ゾンビ)として復活させられ、また死ぬというのはいったいどのような気分なのでございましょう。ほら、わたくしめに三途の川がどのようなところか教えて頂けませんか? ふふふ」


 少し上目遣いながら、ほっと息を吐き、媚(なまめか)しく笑ってみせる。

 伽(とぎ)を欲(ねだ)る遊女めいた物腰で、腕の裡にするりと入り込む。

 男がはっと気付いたときには遅い。あまりにも自然に間合いに入り、哀れ、彼もまた十七の肉片に分割されてしまった。

 京夜は、彼女のあまりにためらいと容赦のなさに冷や汗を掻き、肉片と成り果てた男達にはどこか悲しそうな視線を向けた。

 朽葉はくるりと振り返り、莞爾(にこにこ)と笑顔を見せ言った。


「あるじ様はわたくしのでございますから。あげませんよ」

「これは、ありがとうと言えばいいのかな?」

「いえ、あるじ様のお手を煩われるほどではなかったということでございます」

「彼等が助かる方法はないものかと考えていた」

「屍鬼となれば不可能でございましょう。既に死んでいる故。なれど、頭を潰せば、これ以上屍鬼が増えることはございません」

「分かっているさ。出来ることと出来ないことがある。それでも、たとえ甘いと言われるかもしれないが、助けてやりたいと、いや、助かって欲しいと願うのが人情というものだろう?」


 そんな京夜の言葉に、朽葉は楽しそうに笑う。


「ふふふ、それでこそあるじ様でございます。たとい無理だと理解していても。わたくしはその青臭い情動に付き従いましょう」

「……なんかすごいイヤな表現なんだけど。まあいい。やはり動き出すなら夜、か。あいつ等も、俺たちも」

「しかしながらわたくしどもの所業がばれるのも時間の問題かと存じ上げます」

「準備もある。一度旅籠に戻ろう。もしかすると俺たちのやろうとしていることは…………」


 その後に続く言葉は、ごくりと腹の中に嚥下する。

 助けられるなら助けたい。それは本心だ。だが、助けられる人間がどれほど残っているのか。

 帰りの道は怖いとはよく言ったもので、京夜の足取りは決して軽くなかった――。

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