出動! スペースキャプテン・プリムラちゃん
時は二十一世紀。人類は宇宙という未踏の大海原に乗り出していた。
えっ、今も二十一世紀だって? しかし、待って欲しい。二十一世紀は、あと八十三年もあるのだ。
これは、ブレイクスルーが起こりまくって、現状では信じられないくらい科学が進歩した、二十一世紀後半の物語なのである。
さて、ここは、アステロイドベルトのウエストジェ……。もとい、アステロイドベルトに浮かぶ、外宇宙パトロール隊の武威参号宇宙ステーションである。
「プリ様ー、お食事出来ました。」
パトロール隊員、スバル(十歳)の可愛らしい声が、ステーション内に響き渡った。銀色の宇宙服を可憐に着こなす美人隊員だ。
「おはようなの。まだ、ねむいの。」
「プ、プ、プリ様ぁぁぁ。」
スバルは、起きて来た幼女に、ヒシと抱き付いた。
「ああん。寝起きのプリ様、可愛い過ぎですぅ。大好き、大好き、大好きー!」
「わ、わかったの。ぷりが かわいいのは わかっているの。はやく たべたいの。ごはん、さめちゃうの」
「大丈夫です。宇宙食だから冷めません。」
このスバル隊員に抱かれている幼女こそ、太陽系にその人有りと知られている、スペースキャプテン プリムラちゃん(三歳)だ。
この歳で、宇宙物理学、宇宙航行学、宇宙生物学、宇宙哲学、宇宙服飾学等の博士号を持つ、スーパー幼女なのだ。
「随分、お寝坊さんでしたね、プリ様。もう、昼ですよ。」
「…………。」
スバルは窓の外を指差したが、真っ暗な宇宙が広がるだけであった。
「すてーしょんの めいんこんぴゅーた『なつ』と ちぇすを していたの。よなか まで やっていたの。」
「ナツ……。」
スバルは少し考え込んだ。
「『ハル』は居ないんですかね? 『フユ』とか『アキ』も……。」
「『はる』! はるは だめなの。ぜったい だめなの。」
「えっ、どうしてですか?」
「ころされるの。みなごろし なの。」
ハル。それは、コンピュータに決して付けてはいけない、不吉な名前なのだ。
二十一世紀にも、迷信は生きていた。
ご飯を食べ終えた二人は、ダラダラしていた。正確にはダラダラしているプリムラちゃんに、スバル隊員が抱き付いていた。どうやら、息を吸う様に、プリムラちゃんに抱き付いてないと、スバル隊員は禁断症状が出てしまうらしい。
「ひま すぎるの。」
「もう、四千三百二十時間五十四分三十七秒も、何も起こってないですものね。」
そう言いつつも、スバル隊員は至福の表情を浮かべていた。彼女はプリムラちゃんに抱き付いていられれば、特に何もしなくても構わないみたいだ。
その時、窓の外にPの文字の光が輝いた。
「むっ。あれは ぷりむらさいん! だれかが たすけを もとめているの。」
「プリ様。β星系、第五惑星から救援要請です。」
素早く星間受信器のヘッドセットを付けたスバルが叫んだ。
「よし。 うちゅうせん『ぴっぴっさんだるごう』はっしん なの。」
「はい。ピッピッサンダル号、発進します。」
スバル隊員が、壁の赤いボタンを押すと、二人が居た、司令室兼、食堂兼、居間のブロックはステーションから切り離され、サンダルに似た形の宇宙船に変形した。
「で? プリ様、どうしましょう? 太陽系を出るんですよね。ワープですか? ハイパードライブですか?」
「わーぷ? はいぱーどらいぶ? なに いってるの? すばるたいいん。」
「いやだって……。他所の太陽系ですよね? 通常航行だと、何万年もかかるんじゃ……。」
「だから、えーてるすきっぷ なの。」
解説しよう。エーテルとは、宇宙空間に満たされている物質の事である。力や光は、このエーテルを媒質として伝わっているのだ。
そのエーテルを、曲げたり、伸ばしたり、縮めたりして、光よりも早く飛ぶ方法。それがエーテルスキップである。
「すばるたいいん、しっかりして なの。こんなの、うちゅうこうこうがくの きそ なの。」
それって、十九世紀の宇宙観じゃ……。
スバル隊員は思っていたが、プリムラちゃんとコンピュータナツは着々と準備を進めていた。
「えーてるすきっぷ すたんばい。すばるたいいん、しーとべるとを しめるの。」
「えっ。本当に? 本当に出来ちゃうんですか? エーテルスキップ。」
「うちゅうは えーてるで みたされているの!」
キャプテン プリムラが叫ぶと同時に、ピッピッサンダル号は光よりも速く漆黒の宇宙を突き進んだ。
「すばるたいいん。おきるの。もう、ついたの。」
プリムラちゃんに肩を揺すられて、スバル隊員は目を覚ました。
そこは、月の様に、大気の無い星だった。クレーターの点在する地表の上には、漆黒の宇宙が広がっていた。
「ここは『ろんのかべ』という ほしなの。」
『ロンの壁……。あのウォールというのは、そういう意味ではないのでは。というか、人の名前だし……。』
マニアックかつメタな思考に耽っていたスバル隊員が、ふと時計を見て、驚きの声を上げた。
「大変です、プリ様。時間が経ってません。ステーションを出た時と、同じ時間です。」
再び解説しよう。光速を超えると、時間は逆向きに流れるのである。速度と時間を上手く調整し、プラマイゼロで現着するのが、優秀なキャプテンなのだ。
『えっ? そこは相対性理論を使うんだ……。エーテル宇宙との整合性とかは、どうなっているのかしら……。』
この星の基地に向かうというプリムラちゃんの後をついて行きながら、スバル隊員は首を捻っていた。
「むっ。ずいぶん あれて いるの。」
前方に見えて来た透明ドームの破損具合を見て、プリムラちゃんが言った。
「どうして、こういう宇宙基地って、透明ドームに覆われているんですかね? 普通の素材で作って、天井に青空を映していた方が、精神衛生上良くないですか?」
スバル隊員の言葉を聞いて、プリムラちゃんは涙を落とした。
「どどど、どーしたんですか? プリ様。スバル、何か悪い事言いました?」
「ゆめも きぼうも ないの……。すばるたいいん、とうめいどーむは ゆめの かたまりなの。」
「えええ、でもでも。セラミックスとかカーボンとかの方が安上がりだし、強度も……。」
「こざかしいの。とうめいどーむ から みあげる うちゅうは、おとこの ろまん なの。」
幼女なのに、男の浪漫を語るんだ……。
スバル隊員は、キャプテンプリムラの迫力に、それ以上の反論が出来なくなった。
「というより、凛々しいプリ様も素敵ですぅ。この可愛さの前には、ドームが何で出来ていようと、関係ありません。大好き、大好き、大好きー!」
スイッチの入ったスバル隊員は、プリムラちゃんに抱き付いて、頬擦りをしようとしたが……。
「ヘルメットが邪魔で、頬擦り出来ません。もう脱いじゃいます。」
「おおお、おちつくの。すばるたいいん。しんくう なの。ぬいだら しんじゃうの。」
説得されたスバル隊員は、不満そうではあったが、ヘルメット越しにスリスリする事で妥協した。
「しかし、ひどい ありさま なの。」
入口も壊されていたので、簡単にドームの中に入れた。
「ちじょうしせつが ほとんど こわされているの。」
スリスリ。
「そちら こちらに しかばねるいるい なの。」
スーリスリ。
「むっ、ちかに いく えれべーたーは うごいている みたいなの。」
スーリスリスリ。
「いいかげんに するの、すばるたいいん。いくら、ぷりが かわいくても、すりすり しすぎなの。はなしが ぜんぜん すすまないの。」
「ご、ごめんなさい、プリ様ぁ。嫌わないでぇぇぇ。」
泣き出したスバル隊員を慰めるのに、結局、余分な時間を使ってしまうプリムラちゃんであった。
「とにかく、ちかに いってみるの。」
「はい、プリ様! 生き残りの人がいるかもしれませんね。」
二人がエレベーターに向かって歩き始めた、その時、ギャースという地鳴りの如き鳴声が響いた。
「大変です、プリ様。真空中なのに、音が伝わって来ます。」
「それは、きっと、うちゅうかいじゅう なの。うちゅうかいじゅう とは、そういう ものなの。」
二人が話している間にも、半壊状態のドームの外側から姿を現わす大怪獣。身長三十メートルはあろうかという巨大なティラノサウルスに、角や牙やトゲトゲを付けた雑なデザインだが、脅威には違いない。
ピンチだ、キャプテンプリムラ! 二人はこの危機を乗り越えられるのか?
次回に続く。
……って、えっ? 続くの? このお話。
短編のつもりだったのですが、ダラダラと余計な事(かつマニアックで自己満足な事)を書き連ねたせいで、長くなり過ぎるかな〜、と思い、連載にしました。
三回くらいで終わる予定です。
実はもう一つ連載している小説がありまして、一応そちらが本業なので、こちらの方は、次回までの投稿期間が、恐ろしく長くなるかもしれませんが、御了承下さい。
遅筆なクセに、夏休みを目前にして気が大きくなり、出来らあ、と連載にしてしまったのです。
考え無しで、すみません。