第二章 入部の話
四月十四日、……あれから二日が経つ。
十一日が金曜日だったため、その間は部活には出なかった。そもそもまだ入部届を出して居ない。四月十四日の今日、東と一緒に入部届を出すつもりだった。
「あ、翼君おはよう」
「おお、おはよう」
曉は東の挨拶に答えた。
実のところ、いかにして魔力制御疾患の曉翼が魔法を使えるか、東からまだ説明を聞いていない。その疑問に東はまだ答えていない。
まあ、それは追々聞けばいいと曉は考えた。何も教室の中で聞く様な話ではない。部活に行くときに聞こう。
「入部届用意しました?」
席に着いた東が後ろから訊ねる。
「ああ、用意した」
朝課外の準備をしながら答える。
しかし、高校は眠気との戦いだな、と曉は思う。朝早くから、一限目よりも早い時間に授業がある。これが三年間ずっと続くと考えると気が滅入る。
朝課外を受けながら、曉は後悔したことを一つ思い出す。
魔法学の授業についてだ。魔法学の授業は、高校において選択科目となっている。魔法学は選択せず、曉は書道を選択した。当然自分が魔法に対し無才であったからだ。
(まあいいか、その分部活で張り切れば)
心がどこかざわついている。部活が楽しみで仕方がないのだ。
希望が自分の目の前に広がっている気がした。
■
放課後になり、東と一緒に入部届を提出しに行く。その日からおそらく練習が出来るだろう。
「それで、俺はどうやって魔法を使えるんだ?」
「それは……その部長さんにも伝えないといけないのでその時に」
まあ廊下でする話でもないし、いいか。曉は特に追求しない。
部室は外にあった。部室棟と言って、体育会系の部活が一か所にひしめき合っている。
「あ、待て、何か特別な用具とかいるのか?」
曉は魔法走についてはほとんど何も知らない。
まあ、見る限りは特に必要なものはなさそうに思える。強いて言えば、靴だろうか。
「競技によるけど、シューズくらいかな。あとはM3だけど。でもまあ、まだ最初だし。試合前までに揃えられればいいと思うよ、特に、翼君の場合はね」
M3ってなんだ? 曉は首を傾げる。それに気になる言い回しだ。
「ん? どういう意味だ」
「いや、まあ追々話すよ」
「なんだよ、全部追々かよ」
「まあまあ」
部室は下駄箱から直ぐの位置にある。
魔走部の表札を見つけ、扉を叩いた。少しばかり曉は緊張する。
「あいとるけん、入ってきい」
女の声がする。おそらく、先週金曜日新入生に説明をした先輩だ。確か風見麟という名前だったはずだ。
「失礼します」
「失礼します」
扉を開け、曉と東は部室に入る。
部室は思ったより広かった。長机が二つ、壁側に設置してある。縦長のロッカーが八つ置いてあった。
部室にはパイプ椅子に恐らく先輩たちが座っていた。その目線が一斉に二人へと向く。
「いらっしゃい、君たちは? 入部希望者?」
眼鏡を掛けた長身の先輩が訊いた。
「はい、そうです。一年三組東佳奈です」
東はスクールバックから入部届を取り出す。曉も慌ててそれに倣った。
「一年三組曉翼です」
入部届を出しながら部室を見渡すと、知った顔もあった。クラスメイトの高木聡美だ。同じ中学出身のクラスメイトだ。だが、然程仲がいいわけではなかった。
しかし向こうもこちらに気づいたようで、驚いたような顔をしていた。
曉は動悸が早くなるのを感じた。
(なんで、高木がここに?)
自分を知っている人間がここに居る。
然程関わりを持っていなかった相手だが……しかし曉は中学では有名だった。彼女は当然それを知っているだろう。つまり暁が無才であることを。
「よし、分かった」
眼鏡の先輩が二人の入部届を受け取った。それを机の引き出しにしまう。
「一年、扉の前に並べ。対面式だ」
その言葉に、曉と東は姿勢を正す。高木も曉の隣に立った。それからあと二人、高木の隣に立つ。曉を含め合計五人。これが一年か。多いのか少ないのか、判断には困った。
対する先輩は八人。
合計十三人。これは……少ないんじゃないだろうか?
曉は疑問を持つ。十三人の部活動生でインターハイを目指せるのだろうか。
「君たち二人は、一応自己紹介したけど、もう一回自己紹介ね」
眼鏡の先輩が一年生にそう言った。
「そうだね、出身中学と……経歴、競技、タイプなんかをね。じゃあ東さんから」
「はい、東佳奈です。えーっと、東京の中学校から来たので、皆さんご存知ないと思います。中学時代は魔走部に所属していました。競技は何でもしますけど、好きな競技はアズハルです。タイプは強化、あとサポーターもします」
東の言葉に先輩たちの間でどよめきが起こった。全く意味が分からない。なんだアズハルって? それに強化やサポーターというのも意味が分からなかった。
だが自己紹介は、曉の番だった。
「曉翼です。出身は太宰府中学です……あの魔走の経験はなく初心者です、どうぞよろしくお願いします」
曉は頭を下げて言った。
「違うやろ、君」
だが、その曉に声がかかる。声をかけたのは、風見麟だった。
「ん、なんだ? どうした麟」
眼鏡の先輩が不思議そうに、麟を見た。
「曉翼君だっけ? 君もアズハルやろ、しかもタンク。こん前、東ちゃんと一緒に、そのタンクぶりをうちにみせたやん」
麟が答えた。その言葉に先輩たちが再びどよめく。「まじかよ、アズハル二人もいるのかよ」と声が聞こえた。
訳が分からなかった。なんだ、アズハルとは。それにタンク?
「そうか、分かった、次」
部長は特に追求しなかった。
訳の分からないまま自己紹介は次へと行く。
「高木聡美です。中学は太宰府中学出身で、魔走部に入っていました。中学から始めたので、経歴は三年です。中学では、ソウルや長距離を走っていました。でも、この部活に入ってアズハルをしたいです。タイプは強化です」
また訳の分からない用語が出て来る。ソウル? ソウルとはつまり韓国の都市のことか?
「五木樹里です。一年五組で、魔法走は中学時代の部活から始めました。競技は長距離です。タイプは強化」
今度は高木の隣の男が自己紹介をする。体格のいい男だった。短髪で長身で体重もありそうだ。柔道選手と言う感じがした。ジュリという名前はいかにも女を想像してしまうが、正反対の位置に居る暑苦しそうな男だった。
「宗像一です。漢数字のイチと書いて、ハジメです。一年五組で、僕も中学時代魔走部に所属していました。筑紫野西中学校です。あ、五木も同じ中学です。僕も、競技は長距離。でもアズハルに興味あります。タイプは強化です」
宗像一は、細身の長身の男だった。眼鏡を掛けていて理知的に見える。部長に似ていると言えばそう言えなくもない。ただ髪は短髪ではない。襟足がやや長く、肩に掛っている。
アズハル――この単語に、先輩たちはざわついていた。どういった意味なのか。
察するに、おそらく競技の名前だろう。
一口に魔法走といっても様々な種類の競技に分かれている。
例えば短距離や長距離、リレー形式などだ。その程度の知識は曉にもあった。
今度は先輩たちの自己紹介が始まった。
「まずは、部長の私から。私の名前は江崎悟。この魔走部の部長をしている。魔走歴は七年。三年一組だ。何かもし、困ったことがあれば、気軽にクラスに来てくれ。私は強化系。競技は長距離とアズハルだ。サポーターもしている」
先ず部長が自己紹介をする。眼鏡を掛け、身長の高い先輩だった。髪は短い。理性的なスポーツマンという感じがする。先ほどから取り仕切っていたので、部長という察しはついていた。
その隣に立っていた小柄な男が次に自己紹介を始める。
「俺は橘宗治。よろしくね。三年一組。競技はアズハル。タイプは強化。そうねー、一応副部長」
短い挨拶だった。部長とは対照的な印象を曉は受けた。髪は短いが、色が脱色している。
不真面目そうと言えば不真面目そうと見えなくもない。
「僕は、高里勉。三年生。三年五組ね。競技は短距離。よろしくね」
次の先輩の自己紹介は、橘先輩以上にごく小ざっぱりとして短いものだった。高木勉と名乗った先輩は、真面目そうな人に見える。眼鏡を掛け、髪は一度も染めたことのないような真黒だ。整髪料も付おらず、髪は艶やかなストレートだ。
「私は、井上愛子。マネージャーしてるわ。三年一組ね。よろしく」
次に女性の先輩が自己紹介をする。マネージャーらしい。長い黒いストレートの髪だ。眼鏡を掛けていた。身長は百六十くらいか。可愛らしい顔をしていた。
「次はうちやね」
続けて女性の先輩が自己紹介をする。風見麟だ。
「うちは、風見麟や。二年生、二年三組。競技はアズハル。そこにおる、東ちゃんと曉は体験入学におったな、タイプは飛行。アズハル組多いみたいやけん、今年はトップ目指すけん」
彼女は博多弁の訛りが濃い人だ。
井上と同じく髪の長い先輩だった。走る時は結んでいたが、今はストレートに流している。しかし肌は白かった。マネージャー? と思うほどだ。しかし、実際体験入部の時彼女は走っている。それもかなり速かった。マネージャーレベルでもあの程度朝飯前、という事なのだろうか?
飛行というのは何となく分かる。おそらく走る時のスタイルなのだろう。一年生は全員強化と言っていた。強化とは魔法で自分の肉体を強化し走る事を意味するのだろう。何となく推測がつく。では、タンクとは何を意味するのだろうか。
「じゃあ、次、虎之助」
風見麟は隣に立っていた男に目を遣った。
「おう、おれは風見虎之助だ。麟の弟にあたる、ま、双子ってやつだ。タイプはタンク。当然競技はアズハル。ま、よろしく」
姉弟?
風見虎之助と名乗った男は、整髪料で髪を立てていた。鋭い目つきをしている男だった。おまけに髪の色が派手な金色だ。あまりいい印象を抱かない。
身長は高くない。双子の姉弟だけあってか、麟と虎之助は同じくらいの身長だった。百六十五くらいか。やや強面な顔をしているが、気さくそうな印象も受ける。
だが、気になるのはタンクという言葉だった。彼もどうやらタンクらしい。これは、やはり走り方のスタイルなんだろう。しかし想像がつかない。タンクとはどのような走り方なのだろうか。
そこから次々に二年生が自己紹介をしていく。さすがに一日で全ての人の名前を覚えておくのは難しい。とりあえず一年生と仲良くしておくか、と、曉は考えた。
「さて、それでは……初心者は一人だけだったな」
自己紹介が終わると、江崎部長がそう言った。
「え、初心者なんかおらんかったやん」
だが、江崎部長の言葉に麟が突っ込んだ。
「あ、あの、麟先輩。俺は完璧に初心者ですよ」
どうやら麟先輩に勘違いされているようだった。慌てて曉は訂正をする。
「はあ? でも、金曜日しっかり東とラブラブに走っとったやん」
『え、ラブラブって、ち、違いますよ』
咄嗟に曉は否定をするが、曉と東の声が完璧に重なった。二人とも赤面する。曉は、これは完璧に勘違いされているなと、思った。
「まあ、まあ、麟。アズハルの説明もするし、一応説明はしておくさ」
江崎部長が笑う。
「さて、一年生五人だな。まあ、まだ今日は初日だから、増える可能性もあるが……一応この部の説明をしておこう。いや、この競技の説明だ。
無論曉以外は経験者だから、さして説明することもないだろうが……魔法走とは、その名の通り、魔法を駆使しつつ走る競技だ。単に走ると言っても、細かく競技が分かれているし、多種多様なレースがある。
この部活は、大きく分けて二つのグループに分かれる。一つは長・短距離走。まあいわゆる個人競技だ。五木君、君は長距離だったね。高校ではどうする? アズハルに来るかい?」
部長は五木樹里に質問を投げる。
五木樹里は少し困ったような顔をして、「長距離をしたいと思います」と答えた。
「そうか、まあ、別にアズハルに出て、長距離に出ることも可能だし、その逆も然りだがな。個人競技のリーダーは、高里だ。アズハルと個人に分かれて練習をするから、同じ部活といえど、メニューは別だ」
「そういう事です。個人競技組のリーダーは僕になります。後は二年生の風見姉弟はアズハル。残りの三人は個人競技という事なので……全部で四人ね。一年生、誰が個人競技に来るかは分からないけどよろしく」
高里先輩は、にっこりと笑う。
「ああ、曉君。アズハルというのは、いわばチーム競技のようなものだ。チームによるレースと考えてもらって差し支えはない」
部長が続けて説明した。
なるほど、アズハルとはチーム戦を指すのか。
曉は納得する。
「おいおい、それはあまりにも乱暴な説明じゃないか?」
だが、橘先輩が呆れるように言った。
「間違っちゃいないさ」
部長は肩を竦めた。
「アズハルというのは、確かにチーム戦です。でも過酷なレースです。長距離レースで、三日かけて走ります。チームは六人構成。内一人がサポーターです。サポーターは指揮官みたいな人です。チームに指示を出します」
今度はマネージャーの井上先輩が説明を始めた。
「魔法走の競技の名前は、だいたい地名に因んでいることが多いです。例えば、ソウル。高木さんはソウル走者だったのよね? ソウルというのは、もちろん韓国の首都だけど。魔法走でいうソウル、あるいはソウル・レースは障害物競争のことね。1970年ごろから韓国で流行した競技なの。以来、ソウルレースという名前が付いたわ」
なるほど、地名がそのまま競技の名前になっているか。それは、門外漢には分かりにくい。ではアズハルとはどこだろう。聞いたことのない名前だった。
「で、アズハルだが、アズハルこそが魔法走の花形だ。アズハルとはアル=アズハル学院の事を指す。エジプト、カイロにある大学の名前だ。その大学で行われていた競技で、……歴史は古い。十一世紀から、つまり八百年も前から行われいた競技だ」
今度は部長が説明をした。そんなに長い歴史を持つ競技なのか。曉は驚く。
「さて……説明としてはそんなところか? じゃあ、練習でも始めようか。まず、五木君は個人競技だったね。高里君に付いていきなさい。あと、高木さんと、宗像君はどうする? アズハルに加わるかい? それとも個人競技に行くかい?」
江崎部長が一年の二人に訊ねた。宗像はちらりと五木の方を見る。確か宗像は五木と同じ中学校出身だった。長距離をやっていたがアズハルにも興味があると言っていた。
「僕は……とりえず、長距離もやりたいので、個人競技にします」
「なら僕についてきて」
高里先輩はそう言うと、部室を出ていく。五木と宗像、それに二年生が高里先輩に続いて部室を出て行った。マネージャーの井上先輩も一緒に出ていく。
「さて、ここに居る、七人がアズハルか。まあ、個人組もアズハルに出たりするからね。一年生は知らないかも知れないけど、実は結構強いんだようちの部」
曉は部室に残った自分を除く六人を見渡す。東佳奈。既に既知である。
高木聡美。彼女はスポーツ選手然とした容姿だった。短髪で、筋肉質な足と腕をしている。肌も薄く焼けている。小麦色とまではいわないが、浅黒い感じだ。何かスポーツをしているのは知っていたが、魔法走部だったとは。
高木と目が合う。高木は曉を睨んだ。
曉は困惑するが、すぐに目を逸らした。
「よう、一年が楽しみだな、麟」
「そうねー、あんた金曜見てなかったけんねー」
嬉しそうにニコニコと風見姉弟が会話をする。仲の良さそうな姉弟は、ともすれば恋人に見えないこともなかった。
それから部長と副部長。
部長の江崎悟は、非常に理知的に見える。筋肉質で、短髪で、理知的なスポーツマンと言った感じか。
対する橘宗治は、その真逆と言った感じか。短髪ではあるが、髪の色が茶色というか、痛んだ茶色だ。不良と言われればそう見えてしまう。
この六人がアズハル競技の選手という事か。しかし……アズハルでは六人の選手が必要だと先ほど説明があった。人数としてぎりぎりなのではないだろうか。それなのにインターハイ優勝を目指している、と風見麟は金曜日に言っていた。そもそも七人の内三人が一年生だ。
「さて、それじゃあ、アズハル組も練習に行くか」
部長はそう言い、外へ出ようとする。練習……? 曉は東を見た。
(まだ俺は曉から何も聞いていない)
このまま練習が始まり、魔法を使う事になれば大恥をかいてしまう。
「あの、部長。お話があります」
東は曉の視線に頷いた。
「ん?」
「曉君のことで」
「そうか、なら、橘、頼んだ。準備運動始めていてくれ」
「了解」
橘先輩は頷き風見姉弟、高木を連れ部室を出ていく。
「で、話って? あ、とりあえず座りなよ」
部長が椅子をすすめる。曉と東は素直に座った。
「あの、この部活はインターハイを目指しているんですか?」
まず東はそう訊ねる。俺の事ではないのか、と曉は首をかしげる。部長も怪訝な表情を浮かべた。
「ああ、目指している。人数的に言えばギリギリかもしれんが、目指している。風見姉弟いるだろう。あいつらが規格外だからだ。私や橘もそこそこ速いが、全国レベルではない。しかし、風見姉弟は別格だ」
「そうですか、それは、風見虎之助先輩がタンクだからですか?」
東はそう訊ねた。
タンクという単語に曉は反応する。未だにその意味は分かっていない。
「あの、話遮って申し訳で無いですけど、タンクって何なんですか?」
堪らず曉は二人に訊ねる。
「そうか、君は、タンクの意味を知らない……じゃあ、本当に初心者なんだ。アズハルていうのは三日間かけて行われるレースなんだ。我々は魔法を使いながら走る。それも長時間。一般的な高校生の最大MPは3000程度。こういった魔法系の部活に所属している高校生でも5000程度だ。三日目には、魔力も体力も底を尽く、そんな競技だ。で、タンクというのは、その名の通り、魔力を貯蔵しておく場所だ」
「魔力を貯蔵しておく場所……?」
「魔法走の走り方にはいくつかタイプがある。主流派三つ。強化タイプ、これは自身の足等を魔法で強化し走るタイプだ。そして飛行タイプ、これは魔力を使い飛行をするタイプ。そして、ライドタイプ。乗り物を魔法で具現し、それに乗って走るタイプだ。主流はこの三つだが、他にもいろいろある。その一つが、タンクだ。タンクというのは、自身を魔力の貯蔵庫とし、チームメイトに魔力を供給しながら走る走り方だ。特にMP消費の激しいライドタイプとペアになって走ることが多い」
その部長の説明でタンクの意味の合点がいく。
そして自身の病気のことを思い出す。曉は分間40MPも、ただ垂れ流しているのだ。ならば……東がやろうとしているのはおそらく、その流れ出る魔力を東が使うという意味なのだろう。
「で、東。話は何だ? 曉はタンクなのか?」
「曉君は、魔力制御疾患です」
「何? 魔力制御疾患だと……? 程度は?」
「かなり重度の。毎時2400MPの自然消費です」
「何……?」
江崎部長はしばし呆然としたように、曉を見た。
「は? ほんとうの話か?」
恐る恐るという感じで、部長は曉に訊ねる。
「あの……俺中学までずっと魔法が使えなくて……、魔法の才能がないと思っていました。でも、東が言うにはそれは俺が魔力制御疾患だからだというんですけど、俺には判断付きません……」
「びょ、病院には行ってないのか?」
「行ってないです」
凄むように部長が訊ねた。曉は慌てて答える。そう言えば、病院に行くという発想がなかった。今週末でも行ってみようか、と思う。病気の改善は絶望的であろうが、正確な症状を知っておきたい。
「病院には行ってないだと……! しかし東が先ほど正確な自然消費MPの数値を言ってたよな……」
確かに、東は正確な数値を述べていた。あの日、東の家に行った日、彼は正確な数値は分からないが、大体このくらいだろう、と言っていた。
確かにな奇妙な話だ。そもそも、曉の体内から無意識に放出されている魔力というのは、可視的ではない。それをどうやって認識したのか。認識するだけならば、不可能ではないが、その多寡を数値化できるはずがない――
「それは、わたしの目です」
東は自分の目を指す。
「翼君にも、まだ説明していませんでしたけど……今からいう事を聞いてください。わたしの目は、特別性です。魔力の流れを見ることが出来ます。勿論魔力測定装置ほど、精密ではないですが、……自信はあります」
「馬鹿な、そんな、ことあるのか?」
部長は驚嘆の声を上げた。
「わたしは、……わたしの父は、東貞道です。部長、ご存知ですか?」
「東貞道……? まさか、魔闘士のか……?」
「そうです、東家は、皆優秀な魔法の家系です……この目は、優秀な父や母、祖父母の血の結晶です」
「……」
部長は押し黙る。そして、今度は笑い出した。
「まじで、本当だな。お前は、……東貞道の娘なんだな! はははは、行ける、まじで今年のインターハイは狙える。風見姉弟に、東貞道の娘……!」
部長は高揚しながら言う。
「そして曉君が居ます」
その高揚している部長に、東は水を差すように言った。
「曉君ねえ……」
部長は立ち上がりじっと曉を見た。いや、舐め回すように観察した。
「でも魔力制御疾患なんだろう? アズハルには出られないんじゃないか? だいたい、魔力がだだ漏れになるなら……タンクなんかになるわけないだろう? 魔力制御疾患に有効な治療法は見つかっていないだろう。体内に魔力を留める魔力層っていうのは、本来、魔法を行使するとき穴が開くようになっている。それを治療するために閉じれば、今度は魔力が外に出て行かない事になる、つまり魔法が一切使えなくなる……だから魔力層を縫い合わせての治療は、かなり難しい……だが、魔力層に穴が空く原因も分かっていない、そうだろう?」
「そうです、その通りです」
二人のやり取りに、もはや曉は絶望しなかった。金曜日既に、東は治療困難、と言っていたからだ。つまり、この病気は現状ではたとえ大金をはたいても完治できないということだろう。しかし、その先がある。完治しなくとも何とかなる――きっとそういう事だろう。病気を治すとは別のアプローチを東は知っているのだ。だから、あの日――金曜日、曉はごく当たり前のように魔法が使えたのだ。
「だからわたしと組むんです。魔力が流れ出る、魔力層の穴をわたしが塞ぎます。曉君の魔力をわたしがコントロールします」
「そんなことが出来るのか?」
「できます。体験入部の時に、しました」
そういう事か。合点がいく。東は、曉の魔力層の穴とやらを塞いでいたのだ。だから魔法が外には逃げず、……金曜日のあの日、魔法がすんなり行使できたのだ。そして、体験入部の時、東は曉と共に走った。
(あれも、俺から魔力を吸い取っていたのか。だから、俺にも疲労感があった……)
「馬鹿な……しかし、そんな器用な事は……」
「わたしの目だから、出来ます。魔力の流れを抑え、穴を確認する。その穴を全て塞ぐ」
自信満々に東が言う。
「そうか……そうか……だが、それほどの価値があるのか? 第一、お前が魔力を塞ぐためにも魔力を使うだろう? 無駄なんじゃないか?」
「無駄ではありません、彼の潜在最大MPは計り知れません、それは、部長にも分かるでしょう?」
「それは分かる。しかし、……根本的な治療が出来ないなら、結局、魔力は彼の体内には貯まらない。そういう事になるだろう?」
「だから、溜めるんです。試合の二日前、いや三日前からわたしは曉君と一日中一緒に居ます。そして穴を塞ぎ続けます」
東は、そう言った。
部長も曉も目を点にする。
「は、おい、何言ってるんだ。そんなことできるわけないだろう?」
暁が抗議の声を上げる。
「勝つために何でもします。そして、わたしが、穴を塞ぐことにより、曉君は念願の魔法が使えるんですよ」
東は畳みかけるように言う。
そんな馬鹿な話があるか。
だが、追い打ちをかけるように、部長が笑う。
「なるほど、面白い。手段は選んでられない、我が部は勝つ。インターハイで。私は嬉しい。今年は勝てるのだ」
部長は曉の肩をばんばんと強く叩いた。
曉は茫然としながら、頭痛がするのを感じていた。
2018年1月29日修正