第十一章 巨大ロボット発進
巨大なロボットと化した五人は、南下する。
大きなロボットはその眼下に影を生む。通行人たちが影に気づきぎょっと上空を仰ぐ。そこでさらに驚愕するのだ。空を飛ぶ巨大なロボットを目にするから。
ロボットはおよそ飛行に適しているとは言えなかった。
「宗像、このロボットは失敗だ! 風の影響をもろに受けている!」
五木が叫ぶ。
「そんな事はない」
「わたしも、失敗だと思います!」
東が警告を発する。
「そんな事はない、魔法はイメージだ。何よりもイメージが優先される、魔法の前に物理法則も捻じ曲げられる、だからこのロボットは風を捻じ曲げて進むんだ」
「むちゃくちゃよ!」
高木もそう叫ぶ。
ロボットの形状は人型だ。特撮ヒーローなんかでよく出て来るロボットのそれに似ている。飛行機のような風の抵抗を受けない形ではない。宗像の論理は破綻していた。そもそも、飛行機は魔法の力で跳ぶ。その時、ちゃんと風に阻害されることも計算に入れて入るのだ。魔法を使うから風を無視していいなんて理屈はない。飛行で走るときも、出来るだけ面を少なくして飛ぶ。
だが宗像は魔法を解かなかった。
東も仕方なく、曉から魔力を供給し続ける。
「東! 曉のMPはあとどれくらい残っている?」
宗像が東に訊く。
「分からないわ」
「はあ? 何で?」
「わたしだって、彼の本当の最大MP知らないのよ! それに、彼の最大MPなんて知っても無意味よ、常に魔力は流動的に減り続けるんだから」
「だが、それでもなお魔力が供給できるってことは、MP回復速度が速いってことだろう? なら潜在的な使用可能MPくらい把握できるだろう!」
「難しいこと簡単に言いますね」
「一か月もいちゃいちゃしてたら、そのくらい把握してるだろう?」
ロボットは大きく揺れた。
「おい、東、供給を急に断つな!」
宗像が慌てたように叫んだ。
「いちゃいちゃなんかしてないわ」
「そうなのか?」
「そうだ、してない、そんな事」
曉も否定する。
「おいおい、オブラートに包めよ。宗像はデリカシーがないんだから」
「オブラート? デリカシー? ジュリからそんな言葉が聞けるとは思っていなかった」
「ちょっと何喧嘩しているの? 私たちは、先輩たちに追いつくんでしょう?」
高田が呆れたように諌めた。
「当然だ、追い越すさ。そして僕はインターハイに出る」
「それは私も同じよ、だから、合体してしまった今更、足掻かず、ただ先輩たちを抜くためだけを考えて」
「合体した時に暴れたのは誰だい?」
「もういい、宗像止めろ。高木さんの言う通りだ」
「っち、分かったよ。集中するよ、僕が動かさなければならないのだから」
宗像は溜息を吐き、巨大ロボの滑空に専念する。
相変わらず強烈な風が機体を煽るが、しかし、宗像は歯牙にもかけない。全長十メートルはあるロボットだ。東を通した曉の魔力供給があるとはいえ、巨大なロボを操る、そして五人をそれに同化させる異色の”ライド”に、東も高木も五木も驚愕しかなかった。非効率に見えるが、しかし事実速い。曉に至っては、自分の未知の魔法の世界、憧れた華やかな世界に足を踏み入れたのだという、興奮と感動で満ちていた。
時速七十キロ――
圧倒的な速さ。上空を飛ぶので、障害物も糞もない。
一方宗像も愕然としている。
巨大ロボの魔法は今初めて行使する。
成功したこと自体、賞賛に値する。自分を誉めてやりたい。
だが、消費MPは想像の埒外だった。正確な消費量は分からないが、分間500、いや600以上のMPを消費していると推測している。
そしてその魔力は、ほとんど曉のもので補っているはずだ。少なくとも、五木や宗像はもう魔力がない。底なしの曉翼の”タンク”は、真実恐ろしいものがある。天才……? いや、彼は魔力制御疾患――病気なのだ。だがその病気が彼のタンクとしての資質を作り上げてしまったのだろう、と宗像は考えた。
盲目の人間は、視覚の代わりに聴覚が普通よりも優れると言う。あるいは触覚が、嗅覚が。
足りない感覚を別の感覚が補うのだ。
魔法を持たざる彼の場合、聴力でもなく、視力でもなく、嗅覚、触覚、味覚でもなく……底なしの魔力というものを作り上げてしまった。結局それは彼の、盲魔というべき欠陥を補うほどではなかっただけの話だ。
そして……その底なしの魔力を仲介する媒介役・東佳奈。彼女も天才と言うしかない。本来不可視である魔力の流れを、精密測定具が如き正確さで把握し、操るのだ。卓越している本物の天才と、認めざるを得ないだろう。
東と曉は魔力の受け渡しのため、一か月ほどずっと調節をしていたはずで、二者間でそれが出来るのは当然だ。だが全くそのような経験のない、宗像と東の間でそれが出来るのが、東の非凡を如実に知らしめている。
(それでも、最後に勝つのは僕とジュリだ……! そうだろう、ジュリ?)
声には出さない。
五木は巨大ロボの巨大な羽に化していた。
羽ばたき風を蹴る役割だ。操作はほぼ宗像がしている。だから彼自身は羽ばたいているという実感はない。しかし羽が風を蹴るたびに、心地よい感触を覚える。眼下の風景が、次々に移りゆく。自分は今飛んでいるのだ。
めちゃくちゃな方法、突飛な考え方――宗像はそんな事しかしない。
(私はいつもそれに辟易していた)
五木はそう思う。
だが、本当にそうだろうか?
そうであるならば、何故ずっと自分は宗像と一緒なのだろうか。
本当は、彼のむちゃくちゃさに憧れていたのではないか。
平凡と卑下する自分――それを、その殻を破ってくれる人間を待ち焦がれていたのではないか? それが宗像一だったのではないか?
事実、今、自分は空を飛び、時速何十キロとも分からぬ超高速滑空を行っている。
自分はいつも無駄だと、論外だと宗像に言っていた。だが宗像は、めげなかった。めげずめげずめげずめげずめげず……挑戦し続けた。その結実がこれか?
この結果は、あの宝満山登山口折り返し地点に一年生五人が集まったからできたことだ。
MPを全部投入して、25キロを走り切ったからこそある結果だ。
宗像がこのような結果を予測していたとは思わない。思わないが、結果的にこうなった。
(お前は……正しいよ、正しかったよ……ありがとう)
五木は心の内で、そっと呟く。
東はただ繋ぐのに必死だった。
巨大ロボに取り込まれているという未知の感覚の中で、魔力を受け渡さなければならない。更に言うならば、曉から東を中継して宗像に魔力の受け渡しを行うのだ。宗像とは調節を行っておらず、神経をかなりすり減らす行為だ。
高木は……ただ、落ち込んでいた。
自分は何をしているのだろう。中学時代かなり頑張ってきたつもりだった。そして高校に入り、アズハルに出て、インターハイに出るという目標があった。
風見姉弟は天才だ。それに同じクラスの、東佳奈も天才だった。
そう思っていた。
でも、宗像というわけのわからないやつのこの規格外な魔法――
そして自分の卑下した、嫌いな奴――曉翼――がこの規格外な魔法の魔力源となっている。
自分は、宗像や東、曉などの前に己は霞んで見える。
いや事実劣っている。
……三年の先輩に風見……これで六枠の中の四枠が埋まる。あとの二枠は……東と曉か? あるいは宗像がそこに入るか?
(どちらにせよ自分には回ってこない……。来年か……? いや……そんな後ろ向きの考えではだめだ……)
宗像が先輩と約束したのだ。先輩を抜けばインターハイの枠を用意すると。
だから勝てばいいのか?
自信はなかった。
しかし、勝負を諦めるには早すぎる……そうだ、自分もこの巨大ロボットの一員なのだ。それにMPは温存している。このままゴール間際まで宗像が運んでくれれば勝機はあるだろう。
だがしかし……ふと思う。
この巨大ロボットを手繰るのは、宗像だ。彼の一存で、魔法の解除もできる。逆に言えば……巨大ロボットのままゴールするという可能性も無いわけではない。
そうなれば、どうすればいいのだろうか……
考えるが答えは出ない。考えても仕方がないという結論に辿り着く。魔法が解除されれば、その瞬間脱兎のごとく駈け出せばいいのだ。その機会を高木聡美は虎視眈々と狙う。
巨大ロボットは決然と進む。南下していたロボットは東へ曲がる。大回りで太宰府市から筑紫野市を目指す。
人通りの少ない山道を過ぎる。巨大なロボットは悠々と進む。速度は落ちない。
さらに交差点を曲がり、南西へと下っていく。あとは山家道の交差点へ向かい、そこから北上し、宝満高校へと戻るのだ。
間もなく十五キロを走り切る。残りは十キロだ。
山道が終わり、民家が立ち並ぶ。車の量も増える。しかし道は狭まる。強化型には辛い道だろう。だが今の五人には無関係だ。圧倒的な、規格外な巨大なロボは上空三十メートルを飛行しているのだから。
そうして巨大ロボはようやく、先行者たちを捉える。
眼下には一対の夫婦鳥と、二人の地を這う人間。
時刻は黄昏時、西日が作り出す巨大な縦長い影は、切れ目なく続く民家諸共その四人を呑み込むように覆うのだった。巨大なロボは、既に、四人の先輩を抜いていた。遥か上空に存在する巨大ロボの存在に、江崎、橘、風見姉弟は抜かれるまで気づかなかった。西日のせいだ。影は東に向かって出来るが、今四人と巨大なロボは西へ南下していた。影とは真逆だ。だから気づかない。
「抜きましたよ、先輩たち」
宗像一はそう独りほくそ笑んだ。




