第零章 ゴール手前の話
第零章 ゴール手前の話
走者は九人。
それはインターハイでもなく、インターハイを決定する県大会でさえない、そもそも試合ですらない、ただの部内でのちょっとしたレースだった。
九人の走者は、三年生が二人、二年生が二人、一年生が五人。
距離は五十キロ。
今は、既に三時間ほどが経過し、ゴールは間近だった。
三年生の二人が先行していた。
その後ろを二年生の二人が追いかける。
一年生の五人は集団になって、先輩集団を追いすがっていた。
このゴールに意味はさほどない。
果たしてそうか?
彼女、高木聡美は自問自答をする。
このゴールにさほど意味はないなど、そんな事はない。どんなゴールにも意味がある。たとえ小さな部内のレースだとしても、このゴールには大きな意味がある。だから走るのだ。
高木聡美は「先に行くよ、ここまでありがとう」と、他の一年に声をかける。
他の一年も、「僕たちも負けないよ」「俺たちが一着にゴールする」と口ぐちに高木に声を荒げて応える。高木はにっこり微笑する。それでいい。これはレースだ。そして、二年や三年を抜くのだ。
二年生も三年生も早い。化け物じみた速さだ。
おそらく勝てない。ゴールまであと何メートルだ――? 四百メートルも無いのではないか? 三百メートルか?
でも、でも、ゴールまであきらめない。
空を仰げば、一対の夫婦鳥が飛んでいる。素早く空を滑空している。いや、あれは、墜落しているという表現が適切か?
道の遥か先には、足を引きずるように走る人が居る。その右足には重たい鉄の鎖が付いている。鎖の先には重たい鉄球が付いている。そんな鉄球捨てればいいのに。そう思うが、あの転がるしか能のない鉄球と一緒でなければ意味がないのだろう。
背景が、風景が、鈍化する。「マクドナルド」「ファミリーマート」「ソフトバンクショップ」「P2」「スターバックスコーヒー」「ベスト電器」そういった、店舗風景を通り過ぎていく。
幾台も通り過ぎる車を横目に高木聡美は駆け抜ける。
迸る汗。アスファルトの地面を濡らしていく。西日による影が、縦長く伸びる。
ゴールまであと少し。福岡県県道三十一号線――この先にゴールがある。
鉛のように重い脚。
しかし、進むしか道はない。
ゴールはその先にあるのだ。
まだあとわずかに魔力が残っている。
わずか、ほんのわずかだ。
それを全て、絞り切るように使い果たそう。たった一度地面を蹴る。その程度の魔法でしかないのだけれども。
高木聡美は、地面を蹴りながら、魔法を行使した。鉛のごとき重さと力強さを両足に与え、アスファルトを蹴り――