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死神さんの花嫁さん

作者: 水月 灯花

星を拾い 海を越えて

月への船を漕ぎましょう

愛しいあなたの夢を紡ぎに


月の欠片で松明を作り

夢の旅路を照らしましょう

あなたが迷わず進めるように






むかしむかし、あるところに、小さな女の子がいました。女の子のお父さんとお母さんは病気で亡くなってしまったので、お祖母さんと二人、森のそばにある小さな小屋で、家畜の世話をしながら暮らしていました。

ある日、女の子が井戸で水を汲んでいると、ふと視界の端に黒いものが映りました。大きくて鋭い刃を持った、黒い鎌。真っ黒な外套を着て、骨だけの手で鎌を持って森の近くに立っていたのは、死神と呼ばれる者でした。死神が来ると、その鎌で魂をとっていってしまうという言い伝えがあるので、人々は死神のことを大層怖がっています。

死神が側に立っている木の下に、小鳥の雛が一匹いました。巣から落ちて戻れなくなってしまったのでしょう。死神は、苦しそうに地面でもがく雛に、静かに骨だけの手を伸ばしました。すると、雛から小さな光が出て、死神の手に入っていきました。雛は、静かに動かなくなっています。

その行為を見れば、死神が雛の魂を取ったことは明らかでした。もし他の人間が見ていたら、こわくなって逃げていたことでしょう。

しかし、女の子はその死神が恐いとは思いませんでした。何故なら、巣から落ちた雛が、はじめて見た時から死んでしまうことがわかっていたからです。

女の子には、人や動物が亡くなる時がわかる不思議な力がありました。そのため、女の子は、お父さんとお母さんとお祖母さんの四人で暮らしていた村の人達からこわがられていました。だから、お祖母さんは、女の子と一緒に、村から離れた森の近くに住むことにしたのです。

さて、女の子が死神をそのまま見ていると、びっくりすることがおこりました。なんと、死神が鎌の柄で土を掘り、そこに小鳥の雛を埋めているのです。小さな野花を摘んで、雛を埋めた土の上に載せてあげてもいました。死神が魂を取った生き物を埋めてあげるなんて、聞いたこともありません。女の子には、どうしてか死神が哀しそうに見えました。

強い風が吹いて、草花を揺らします。女の子は思わず目を瞑りました。もう一度目を開けた時には、もう死神はいませんでした。


それから時々、森の動物達の魂を集める死神の姿を見ることがありました。どの時も同じように、死神は魂を回収した後、必ず動物を埋めて、花を捧げていました。まるで、その命を悼む人間のようでした。野に住む動物達ですから、他の動物の食料になることもあります。近くに他の動物がいた時は、少し待っていて、骨だけになってから埋めてあげているのを見ました。

女の子は死神を見ていて、あることに気がつきました。死神は、その大きくて鋭い黒い鎌で命を奪ったことがありません。そして、死神が手をかざして魂を集めた動物達は、皆安らかな顔をしているようでした。そのため、女の子は、ある一つのことを決めました。



女の子がはじめて死神を見つけてから、数年が経ちました。もうすっかり大きくなった女の子は、もう女の人と言ってもいいくらいでした。毎日、一生懸命畑を耕し、家畜を育てています。そして相変わらず、時々、死神がどうしているのかを見るのが好きでした。

ある時、遠いところにあるお城から、女の子が住んでいた村に、王様の使いと名乗る人がやってきました。何でも、王様が不思議な力を持った人を探しているというのです。嘘を吐いてはいけないと言われた村の人達は、森の近くに人の死がわかる娘がいる、と王様の使いに伝えました。王様の使いは、森の近くにある女の子の家まで向かいます。

そうとも知らずに、女の子は、すっかり年を取って、病気で寝たきりになってしまったお祖母さんの看病をしていました。

女の子には、今にもお祖母さんが死んでしまおうとしているのがわかっていました。それでも、お祖母さんに、にこにこと笑いながら話しかけます。

今日がとても良い天気なこと、野菜が順調に育っていること。お祖母さんは孫である女の子の言葉に小さく頷いていましたが、急に、苦しそうに咳き込みはじめました。とても辛そうでした。

女の子は、お祖母さんの背中を擦ってあげましたが、どんどんお祖母さんの元気がなくなっていくのがわかり、悲しくなりました。お祖母さんがもう助からないのがわかっていたのです。だから一言、「死神さん」と呟きました。

その声に応えるように、死神が現れました。骨だけなので目玉はありませんが、じっと女の子を見ています。女の子は、笑顔のまま、ぽろりと一粒涙を溢して言いました。


「おばあちゃんを楽にしてあげてください」


死神は、やっぱり鎌を使わずに、手をかざしてお祖母さんの魂を身体から抜き取りました。淡く光る魂は、名残惜しそうに死神と女の子の回りをぐるぐると回ると、やがて死神の手のひらに乗りました。死神が、優しくその魂を撫でてあげると、光が強くなりました。そして、魂は空へと飛んでいきました。天の神様の所へ向かったのでしょう。

動物達の魂の時も同じだったので、何度も見慣れた光景です。お祖母さんの魂が旅立ったのを見てから、女の子は笑顔をやめて、大きな声で泣きました。死神は、じっとそれを見ていました。

しばらくして、泣き止んだ女の子は、小屋の近くでいつも綺麗な花を咲かせる木の側に、お祖母さんを埋めてあげることにしました。

すると、死神も一緒に穴を掘ってくれました。これまた、鎌の柄を使って。お祖母さんを埋葬して、木の十字架をたてた女の子に、小さな花束が差し出されます。森の中に素敵な花畑があることを知っていた女の子は、死神がそれを摘んできてくれたのだとわかりました。しかも、茎が同じように綺麗に切れていることから、おそらく鎌で切ってくれたのでしょう。なんだか可笑しくて、でもやっぱり悲しくて、女の子は笑いながら泣きながら、死神にお礼を言いました。

その様子を、死神に怯えながら、小屋の影に隠れて王様の使いが覗いていました。王様の使いは、死神と仲良くしているなんて、あの娘は魔女にちがいない、と思いました。そして、急いでお城へ向かいました。

お祖母さんが亡くなって、何日かたった頃のことです。女の子がお祖母さんのお墓に花を供えていると、村の方からたくさんの人がやってきました。皆、鎧をつけて、剣を持っています。お城に仕える騎士達でした。

女の子は、あっという間に捕まえられて、お城へ連れていかれました。

そこで、王様に尋ねられました。


「お前は魔女か」

「いいえ、私は魔女ではありません」

「では、お前はなぜ死神と仲良くしている。死神の花嫁だとでも言うのか。私の家来が、お前が死神から花束をもらうのを見ているぞ」

「それは、亡くなった祖母にあげるための花束です」


こわい顔をした王様は、次にこう聞きました。


「お前には不思議な力があるそうだな。今から連れてくる者がどうなっているのか教えてみよ」


そうして、女の子の前に、一人の男の人が連れてこられました。女の子とあまり変わらないくらいの年の、綺麗な顔をした男の人でした。目を瞑ったまま横たわっているその人は、息をしていないように見えます。


「……この人は、死んでいません。でも、生きてもいません」

「死んでいないのに生きていないとはどういうことだ? お前にこの者の目を開かせることは出来るのか?」

「私は、誰かが死んでしまう時がわかるだけです。でも、この人はわかりません」


女の子がそう言うと、王様は怒り出しました。


「もういい、この娘を牢屋に入れてしまえ! 人の死を当てる力を持つなど、不吉な魔女に違いない!」


女の子がいくら違いますと言っても、王様は信じてくれません。女の子は牢屋に入れられてしまいました。魔女といえば、人に呪いをかけたり、毒を作ったりと、悪いことばかりをするので、王様に見つかったら処刑されてしまうのだと聞いたことがあります。女の子は困ってしまいました。牢屋の中は、寒くて暗くて狭いところでした。ご飯ももらえず、お腹も空きました。その上、ひとりぼっちはとても寂しいです。

女の子はただ、お祖母さんと暮らした小屋に帰りたいと思いました。お祖母さんのことを考えていると、小さい頃に教えてもらった子守唄のことを思い出して、小さく口ずさむことにしました。お祖母さんがよく歌ってくれていた子守唄を歌うと、なんだかあたたかくなる気がしたのと、あんまりにもすることがなくて、じっとしていると、よくないことばかりが思い付いてしまうからです。



星を拾い 海を越えて

月への船を漕ぎましょう

愛しいあなたの夢を紡ぎに


月の欠片で松明を作り

夢の旅路を照らしましょう

あなたが迷わず進めるように



気がつくと、牢屋の柵の向こう側に、死神の姿が見えました。骨だけの顔では表情などわからないはずですが、女の子には、死神が心配そうにしているように見えました。それに、女の子の子守唄をよく聴いているようです。


「死神さん、この唄が好きなの?」


こくりと、一度だけ頭蓋骨が揺れました。女の子はもう一度、もう一度と子守唄を繰り返し歌いました。じっとお客さんのように聴いている死神を見ていると、あまり寂しくなくなっていました。

だんだんと、外では空が白くなっています。いつの間にか、女の子は眠ってしまっていました。



次の日、目が覚めた時には、死神はいませんでした。女の子は、牢屋から出されて、処刑台に連れていかれました。たくさんの人が、こわい顔をして見ています。昨日は処刑されてしまうと思うと、ただ震えていた女の子でしたが、お祖母さんの所に行くのだと思うと、あまり怖くなくなってきていました。

そして、ずっと前に決めていたことを思い出しました。


「死神さん」


女の子が呟くと、目の前にあの死神が現れました。人々は恐怖の声をあげます。

女の子は、処刑台に縛りつけられたまま、にこりと笑って言いました。


「どうか、私が苦しくないように、あなたの手で魂を抜いて、あなたの手で、私をおばあちゃんの近くに埋めてくれませんか」


いつか自分も死ぬ時は、苦しくないように、死神さんに手で魂をとってもらおう、そう女の子は決めていたのです。

すると、死神は黒い鎌を持つと、ざくり。女の子を縛り付けていた縄を切りました。

女の子は、自由になった足で死神の側まで行きます。近づくと、死神の足元から、一本の細い糸のようなものが、どこかへと繋がっているのがわかりました。不思議に思いましたが、女の子は手を伸ばして、はじめて死神に触り、別れの言葉を贈りました。


「優しい優しい死神さん。あなたが大好きでした。……さようなら」


その骨の手を取って、そっと甲に口づけを落とします。

すると、どうでしょう。なんと、死神の鎌が溶けてなくなりました。びっくりして口を開けていた女の子の目の前で、死神から眩しい光が溢れました。

皆、目を開けていられませんでしたが、ただ一人、女の子だけは見ていました。とてもとても綺麗な女の人が、死神をたしなめるように軽く叩き、女の子に微笑みを残して消えていったのです。あれはきっと、女神様に違いありません。

光が消えた後、人々は、死神ではなく美しい一人の青年が、女の子の手を取り立っているのを見ました。

それは、女の子に王様が会わせた男の人でした。


「兄上、この人は僕を女神様の罰から救ってくれた恩人です。魔女ではありません」


青年は、王様の年の離れた弟でした。お城には、その昔、女神様から頂いたという大切な剣がありました。この剣は戦いに使ってはいけません。人と争わずにすむ方法がないか考えるために飾っておきなさい、という言葉を残して頂いた聖なる剣です。そうとは知らずに、騎士になった青年は、これはよい剣だ、きっと役に立つだろうと、お城から出して、戦いの道具に使ってしまいました。その為、自分の贈った剣を戦いに使われたと、女神様が怒って、その罰として、青年の身体から魂を抜いてしまったのです。けれど、死んでしまったわけではなく、その身体はあたたかいまま、眠っているように動かなくなっていました。

女の子に言わせると『死んでもいないけれど生きてもいない』身体を置いたまま、青年は、死神となって、魂を集めて回る罰を言いつけられました。

死神の仕事を通して、命の重みを思い出しなさい。また、死神でもあなたのことを好きになってくれる人がいれば、身体に戻してあげましょう、と女神様は言いました。当然、死神になってすぐ、兄である王様の所や、他の人の所へ向かいましたが、恐がらせてしまうだけで、少しも気づいてもらえませんでした。

息をしていないけれど、不思議と身体はあたたかい弟を見て、王様は何か悪い呪いをかけられてしまったのではないかと、弟を助ける力を持った人を探すことにしましたが、まさか死神が自分の弟だとは思いもしなかったのです。死神に魂を抜かれてはかなわないと逃げてしまったのでした。不思議と、眠っているように動かない青年は、何年経っても年をとっていないようでした。

そんな時、魂を集めに出掛けた森の側で、死神は女の子を見つけました。動物達の死がわかる女の子は、助からないとわかっている動物の側で、せめて安らかに眠れるようにと、子守唄を歌ってあげていました。

女の子を見ていると、何故だか、国の為にと戦ってきた自分が、命を大事にすることを忘れてしまっていたことが思い出されて、死神は恥ずかしくなってしまいました。

少しして、魂を集めている所をじっと見られていることに気づきましたが、怖がらずに死神を見つめる女の子のことが不思議でたまりませんでした。

死神は、女の子が動物達に優しくしていたように、生き物が安らかに天へ行けるようにしようと決めていました。なので、死神にされてしまった原因の剣が変化して出来た鎌は、命を奪う時には一度も使っていませんでした。それを珍しく思っているのかもしれません。柄を使って墓穴を掘る姿が面白いらしく、よくこちらを見ているのです。

死神を怖がらないとは不思議な子だと思っていましたが、好きになってもらえるとは思ってもみませんでした。

あっという間に、女の子は大きくなり、女神様の罰を受けた時の青年と同じくらいの年になりました。病気になってしまった女の子のお祖母さんが亡くなる時、女の子は死神をわざわざ呼んでくれました。それがどんなに嬉しいことだったか、女の子はわからないでしょう。

「死神さん」は名前ではありませんが、死神は、長い間人に怖がらずに見てもらえることも、呼んでもらえることもなかったのですから。

女の子がお城に連れていかれてしまった時は、たまたま他の魂を回収していたので気づきませんでした。その後、王様が女の子を魔女だと思っていると知り、違うことを知らせたかったのですが、骨だけで声を持たない彼には伝える術がありませんでした。皆がいる前で現れては、ますます皆を怖がらせるだけだと思って、女の子が一人になった時にようやく姿を見せました。

可哀想に、女の子は牢屋に入れられています。自分が死神でなければと、その時ほど強く思ったことはありませんでした。女の子をどうしても助けたかったのです。

翌日、処刑されそうになっている女の子を見て、どうにか連れて逃げようと死神は思いました。しかし、女の子はにっこり笑って、自分の魂を抜いて埋葬してほしいと言うではありませんか。とても悲しくなりました。

そんな時に、女の子が魔法のように優しい言葉と口づけをくれました。人間に戻ることができた青年は、女神様が赦してくれたことを知り、これからは命を大切にすることと、女の子を幸せにすることを決めました。


「優しい優しい娘さん。あなたの子守唄が、私を孤独から守ってくれました。あなたの優しさが、私を女神様の罰から救ってくれました。そのあたたかい心が大好きです。どうか、もう死神ではありませんが、天に還るその日まで、一緒にいてはくれませんか」




むかしむかし、あるところに、人の死がわかる女の人がいました。

長い間一緒に暮らした大切な旦那様は、少し前に天に召されてしまいました。毎日、大切な子守唄を歌っては、旦那様や動物達を弔いながら暮らしていましたが、最後に、彼女は自分が死んでしまうのがわかりました。


「……私の大好きな死神さん」


彼女が静かに呟いた時、現れたのは死神ではなく、亡くなったはずの旦那様でした。

旦那様は手をかざして彼女の魂を身体から抜くと、大事そうに寄り添って、天へと還っていきました。


やがて、「死神の花嫁」という題名の短い物語が、人々の間で読まれることになりました。ひとりぼっちの死神さんと、小さな女の子はもういませんが、女神様は今も、命を大事にしていない人がいないかよく見ています。今は空の上から、死神さんと女の子も、色んな人の命を見守っていることでしょう。

静かな夜、空を見上げていると、こんな子守唄が聞こえてくるかもしれませんね。





星を拾い 海を越えて

月への船を漕ぎましょう

愛しいあなたの夢を紡ぎに


月の欠片で松明を作り

夢の旅路を照らしましょう

あなたが迷わず進めるように


虹の橋を共に越えて

夢の向こうへ行きましょう

あなたと優しい朝を迎えに




おしまい。

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