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少女たちの誓い  作者: 牧田紗矢乃


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9/12

Ⅸ 閉ざされた扉

 とある金曜の黄昏時、ミティリニのカウンターで一人の女性が頬杖をついて憂いげな表情を浮かべていた。


「どうしたのヨシノちゃん」


 常連客の一人が声を掛けるが、佳乃はため息をつくばかりだった。

 すると客の男は余計に心配そうな面持ちになった。


「ごめんねー。ちょっと考えごとしてたの」


 いつもの笑顔に戻った佳乃が、愛嬌をふりまく。

 奥まった席で一人でパソコンと向き合っていた女性が、荷物をまとめてカウンターへ向かった。


「あれ、もう帰っちゃう?」


 その女性は、残念そうにカウンターから身を乗り出した佳乃の頭を軽く撫でながら、代金を支払った。


「また来るから。ね?」

「うん。待ってる」

「じゃあね。――リィ」


 カランカランとベルが鳴り、戸が閉まった。佳乃は窓越しに女性の姿を追っていたが、彼女の姿はすぐに見えなくなった。

 女性がいなくなった途端につまらなさそうな表情になった佳乃を見て、常連の男が声を掛けた。


「知り合いかい? この店じゃ見かけないだったけど」

「友達ですよー。高校の時の」


 佳乃が答えると、男性客は「羨ましいな」と遠くを見ながら零した。


「若い時の友達は大切にしろよ」

「ですねー。しばらく連絡取らなくなってようやっと気付きましたよ」


 佳乃がそう答えて笑った時、新たな来客があった。その客の顔を見た途端に、佳乃の表情が固まる。


「こんにちは。近くまで来たんで寄ってみました」

「……い、いらっしゃい。いつものでいい?」


 はい、とうなずきながら、悠真は先客と一つ離れた席に着いた。


「見かけないやつだな。コレもお友達かい」

「やだなー、妬いてるんですか? 新しい常連さんですよ」


 佳乃に紹介されて、悠真は小さく会釈をした。


「この人ね、常連の近藤さん。暇だからしょっちゅうウチに来るの」

「ヨシノちゃん、ヒマはないだろうよ」

「だってそうでしょ?」


 佳乃が笑うと、近藤もつられて笑った。


「まったく、ヨシノちゃんには敵わないな」


 近藤は薄くなった頭を掻いて笑った。

 悠真の前にコーヒーが出され、佳乃は近藤と悠真の間に立った。


「佳乃さん、千穂さんのことですが……」

「あー、うん。ごめん。有力情報ナシ」


 肩をすくめた佳乃を見て、悠真はため息を漏らした。

 そこへ、ガラガラとベルを慌ただしく鳴らして一人の人物が飛び込んできた。


「リィ、私忘れ物しちゃったみた……っ」


 彼女の声に振り向いた悠真が、驚愕の表情に変わる。女性は慌てて店を飛び出した。


「待ってください、千穂さんっ!」


 悠真は千穂の後を追って走り出した。

 一瞬の出来事に目を丸くしている近藤へ、佳乃はそっとサンドイッチを差し出す。


「今見たものはナイショにしてくださいね」

「どうだろうなぁ。オレは口が軽いから」


 いたずらっぽく笑いながら、近藤はサンドイッチにかぶりついた。


「お、美味しいね。新作かい?」


 まかないです、などと答える訳にはいかない佳乃は、意味ありげな微笑を浮かべた。




 前を走る千穂は土地勘があるのか、細い路地へも迷いなく入っていった。急に角を曲がるせいで、悠真は千穂を見失わないように後を追うのでやっとだった。

 千穂は大きな荷物を抱えて走っているにも関わらず、だ。


「待って……ください」


 息を切らしながら呼びかけるが、千穂は走る速度を一向に落とさなかった。

 必死で千穂について回っていると、大きな通りに出た。二車線の道路に信号待ちで停止していた多くの車が、のろのろと動き出すところだった。車の排気ガスが息切れした肺にしみる。

 悠真もよく知っている、駅前の通りだった。


 千穂は迷わず駅へ駆け込み、カードをかざして改札を抜ける。

 悠真が慌てて財布を出している隙に、千穂の姿は人波の中へ埋もれてしまった。それでも諦めず、悠真は改札を抜けてホームを見回した。


 向かいのホームに、千穂の姿があった。


 あちらのホームに行くためには地下通路を通らなければいけない。悠真が地下通路へ続く階段に足を踏み出した時、千穂のいるホームへ電車が滑り込んだ。

 アナウンスを聞いた悠真は、これまで以上の速さで地下通路を駆け抜けた。


 ホームへ出るが、電車を降りた人波にもまれて思うように前へ進めない。

 やっとのことで車両へ辿り着いた時には、扉が閉まって電車がゆるゆると動き出していた。

 電車の窓越しに、申し訳なさそうな瞳で見つめる千穂と目が合った。


「千穂さぁぁぁんっ!」


 悠真はやり場のない怒りを握り締めた拳を振り下ろした。

 次に来た電車に乗っても、その頃には千穂はどこかの駅で乗り換えていることだろう。

 悠真はうなだれ、自宅方面へ向かう電車が来るホームへ移動した。

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