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Ⅴ 禁止区域

 悠真の千穂捜索は続いていた。

 とはいっても、悠真は千穂の交友関係を深く知っているわけではない。加えて、実家や職場の連絡先も分からず、すぐに行き詰ってしまった。


 残すは、千穂の口から頻繁に出ていた「リィ」という人物だけだ。だが、千穂曰く「リィ」とは年賀状以外のやり取りが途絶えているとのことだった。手がかり探しは、年賀状を発見しないことには始まらないということだ。

 悠真は千穂がどこにハガキをしまうのかを知らない。ハガキホルダーに入れて管理しているのか、輪ゴムでまとめて棚の奥にしまいこんでいるのかもわからない。几帳面な千穂の性格を考えると前者のような気がするが、これまでの生活でそのようなものを見かけたことはなかった。


 悠真はしばし考え込んだ後、開けたことのなかった戸棚を開けた。

 そこにあったのは常備薬や湿布の入った救急箱だけで、お目当てのものは見当たらなかった。その他の棚の中身も、次々と確認していった。


 あったのは仕事で使ったと思われる古い資料の山と、数冊の本、そして雑貨の類だけだった。

 まだ探していないのは、千穂の部屋だけだ。自らの意思で開けなかった戸棚と違い、一度たりとも侵入が許可されなかった場所だ。千穂が出て行った日、扉を開けはした。けれど、一歩でも足を踏み込めばピリピリとした怒りの雰囲気が伝わってきそうで、ついに部屋の中に入ることはできなかった。

 悠真は今なら怒られてもいいと思った。放っておかれるくらいなら、叱られた方が何十倍もましだと思った。


 千穂の部屋の扉を開けると、悠真は動きを止めた。あの日は気が付かなかったが、部屋には千穂の残り香が充満している。特に香水をつけている様子はなかったのに、と部屋の空気を肺一杯に吸い込んだ悠真はため息をつく。


「……ごめんなさい」


 聞こえないことは承知で、悠真は頭を下げた。そして初めて千穂の部屋に踏み込んだ。




 千穂の机の引き出しには、ほとんど物が入っていなかった。ただひとつ見つかったのは、奥に押し込められた一冊の大学ノートだった。


 ――もしかしたら、ここに手がかりが……。


 悠真にはプライバシーにかかわる内容があるかもしれないという不安もあった。けれど、それ以上に千穂の行き先が気にかかった。

 誰もいないことをわかり切った室内で、警戒の視線を巡らせる。耳を澄ませ、息を殺した。

 慎重に表紙に指をかけ、一ページ目を開いた

 几帳面な文字で綴られた文章が目に入る。


「今日は中島部長とご飯」


 ひどく簡潔な日記だった。日付も飛び飛びで、内容のほとんどが仕事に関することだ。

 その中身を見ていると、スケジュール帳に書ききれなくなった情報をまとめるノートのように思えた。

 日付はあるが年度がないため、いつの日記かがはっきりしない。


 ノートは半分くらいまで書き込まれているようだった。週に一、二回、二、三行ずつのペースで書き込まれているのだから、何年も使い続けているものなのだろう。

 パージをパラパラとめくってみると、その中でもひときわ長い文章があった。


 それは、千穂と悠真が初めて会った日の文章だった。




 一年前の初冬のことだ。その頃、悠真は金銭的に苦しいことを理由に進学をあきらめようとしていた。その時、部活の顧問である川端が声をかけてきた。


「俺の知り合いにルームシェア相手を探してるやつがいるんだ。そいつの所へ行く気はないか?」

「ルームシェア……ですか?」

「ああ。難しく考えることはない。条件だってかなりいいと思うぞ」


 話を聞けば、相手方が生活費のほとんどを負担してくれるという。月に二万円を家賃兼食費として渡すだけでいいらしい。おまけに個室までつけてくれるという。しかも、その人物は悠真の志望校から徒歩十分の距離のところに住んでいるらしい。

 条件が整いすぎて、逆に怪しく感じられる。

 それを指摘すると、川端は視線を逸らした。


「先生……?」

「ん、いや。何、ちょっとした問題なんだがな」


 そう言って切り出したのは、とんでもない話だった。


「その知り合いってのが女でさ、ルームシェア相手も同性がいいって言うんだ」


 あまりにも根本的な問題で、悠真は呆気にとられてしまった。


「お前、姉ちゃんいたよな? サイズ合うんだったら服貸してもらえ」


 川端が放ったのは、そんな無責任な一言だった。そして、最後に付け加えられた「ほら、お前女みたいな顔してるしな」のひと言に、悠真は無言のまま鞄を持って部室を出た。

 その時は、悠真は全く乗り気ではなかった。それどころか、冗談はやめてくれと憤りもした。

 だが、自宅に戻り冷静になってみると、進学したい気持ちはやはり大きかった。


 そして、当日。悠真は姉の服を着て出向いた。




 その日のことが、千穂の日記には「大悟さんの紹介でルームシェア希望者と面談。リィの話は聞けず。あからさますぎる女装少年だった。一度サシで話したい」と書かれた後、青いペンで「要検討」と付け足されていた。


「リィ」という名前に悠真の目が釘付けになる。


 ――どうして彼女の名前がここで出てくるのだろう。


 詳しいことはわからないが、川端と「リィ」に何らかの関係があることは確かなようだ。そういえば、以前千穂が「友人の兄の紹介でルームシェアを決めた」と話していたような気もする。その「兄」こそが川端なのかもしれない。

 悠真はもう一度ほかのページを見直した。


 ここの他に青いペンが使われた形跡はない。これには何か意味があるのだろうか。自分の女装を見破った上で一対一で話したいというのは、どういうことなのだろうか。

 新たな疑問が湧き上がったが、答えの手掛かりは見つからなかった。

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