Ⅳ わずかな過ち
千穂編です。今回は少し短め。
慣れない匂いの布団に入ると、いつものように眠りに入ることができない。微妙な居心地の悪さを感じながら千穂は天井を見上げていた。
「……あ」
そういえば、と天井へ向けて手を伸ばした。
――今日は爪の手入れをしていない。
たとえ出張先であっても、欠かすことはなかった。これまでなら絶対に気づいていたはずだ。たったの一日でも、忘れれば気持ち悪くていられなかったのに。
何事もなくあわや就寝というところまで来てしまったことに驚きが隠せなかった。
しかし、一度気づいてしまうとなかったことにはできず、すぐにでもやすりを片手に爪を磨きたい衝動に駆られた。
時刻は深夜、家主は隣のベッドで眠りについている。そんな時分にがさごそと荷物をあさり、煌々と明かりを灯してまで爪磨きをするのははばかられた。
「大丈夫。寝れる寝れる寝れる……」
呪文のように繰り返しながら、布団の中で手をぎゅっと握りしめた。
自分の行為の異常性には、かなり昔から気づいていた。それでもやめられずにいた。でも、今がその機会ではないだろうか。これを機にこの異様な癖を直すべきではないか。
自分に言い聞かせ、強く目を閉じる。
「寝れる寝れる寝れる」
自分の声で起こしてしまわないようにと注意を払いながら、もう一度呪文を唱えた。
――朝起きてからだって時間は十分にある。少し早めに出て、どこかで場所を見つけてもいい。だから今日はもう寝よう。
一睡もできないままに朝を迎えることになるだろう。そんな予感を感じつつ、千穂は眼を閉じて心の中で呪文を唱え続けた。