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感性のコミュニケーション

パリはいたる所で音楽の演奏や大道芸がくりひろげられている。

通りの角では、若者がバイオリンやビオラの重奏をしている。橋のほとりではピエロが手品をしている。


「そうだ!楽譜屋さんに寄っていいかな?」

拓己は不意に思い出したみたいに、明るい笑顔になった。


「いいけど‥‥楽譜屋さんっていうのがあるの?」

「うん!今回は部屋にピアノを運んでもらったんだ。ただ楽譜はこっちで手にいれようと思ってたから。優奈ちゃんも欲しい楽譜をみたらいいよ」


びっくりだ!!!


「え?!あたし?」

「うん。だって弾んでしょう?」

「弾くけど‥あたしは下手だもん‥」


「そんなのどうでもいいんだよ。いつから習ってたの?」

「幼稚園の頃から。うちは一人っ子だったから、習い事なんかは一通りさせられたの。‥‥母がちょっとお嬢だったから色々とやらされた感じ…」


上流教育で育った拓己に中流世界での母のお嬢説は恥ずかしかった。


楽譜屋のLA FLUTE DE PANは本当に楽譜だけの店だった。

驚いた。フランス語は分からないし、何がどうなっているか私はぜんぜん分からない。


「なにが欲しい?」拓己が聞いてきてもあたしはサッパリ?!

「わかんないよー」


「そんな難しくないよ。ほらっ!よく見ると作曲者別に並んでいるんだろ」

「えーとえーと、ラヴェルくらいは分かるけど‥‥えええ、とドヴォ‥ラク???」


「ドヴォルザーク?」

「ドヴォルザーク! そう!そんな感じ!」

「はははは、そんな感じ!?」


こうなったら分かるのだけでいい!!

「あの…モーツァルトある?」

「あるに決まってるじゃん」


拓己は本当に楽しいそうに笑った。


「テキトーに簡単そうなの拓己くん選んでよ」

「わかった」


お店の人と拓己は何か話して3ピースと一冊の楽譜本を購入した。


―夜―


リビングのバルコニーからは、パリの街が見下ろせる。エッフェル塔はもちろん、ムーランルージュの赤い風車はすぐ近くに、オペラ座のライトアップ… 少し冷たくなった秋風にのって色んな喧騒が聴こえてくる。


あたしたち…… 未成年なのに…いいのかしら?

拓己はこんな世界にずっといたから、不思議じゃないのかな?


ちょっと、こわい気がした。


「いいね‥‥」

シャワーを浴びた拓己は少し上気した表情で隣に立った。バルコニーの手すりに二人でもたれて街を見下ろす。


「もっと色んなこと知ったらパリはもっと楽しいよね?」

あたしはヒトゴトのように言った。


「楽しいだろうね。知識欲と感性を刺激するものがココにはいっぱいあるから。そういう町だよね」

「うん」


拓己は感性といったけど、好奇心とも言える。ゴッホもロートレックもいたパリ。マリーアントワネットにナポレオン…歴史だって興味がかきたてられる。オペラ座は何百年の歴史だろうか?


今、あたしはエクリュ色のシルクのナイトガウンの下にチュニック風のルームドレスを着ていた。下着はアンダーだけ。


これで大丈夫かしら?


マダムのアドバイスを考慮しながら、あたしなりにセンシュアルに装ったつもりなんだけど。あくまであたしの趣味だとも言える。


もし今夜拓己とベットをともにしなかったとしても、精一杯用意をしておかないとあたしは落ち着かなかった。ぶざまの姿だけはさらせない。


「いいにおいだね…」

ジャスミンやローズにブラックカラントが混ざったこのコロン‥‥これは唯一あたしが愛用しているコロンだった。


香りは第二の皮膚のようだ… 


少し横目で拓己を見つめると、伏目がちな横顔が近づいた。 じっと見つめられるより自然で美しい…


そのまま、あたしたちはキスをした。


「ベットに行こう…」


手をひかれて拓己のベッドルームに向かった。


今日は官能を追及しよう。相手のことばかり考えるのではなく、自分の感じるまま行動しよう。エクスタシーを感じることが最優先!じゃないと、今後ダメになってしまう…


そんな気がした。過程よりも目的達成だわ‥‥


ガウンを脱がしながら拓己がつぶやいた。

「この服‥‥かわいいよね‥」


「…こんなの好きでしょう?拓己くん」

「‥うん‥」

紅潮した顔で返事する。


ガウンを羽織っていたときとは全く違った印象になる、下のドレスはオーガンジーのような品のいい透け感があった。その意外性に興奮したようだった。


そのままベッドに押し倒された。




あたし自体は十分に酔っていた。"あの"拓己が!と思うだけで興奮する。だからあたしの方から彼に聞く。どこをどうして欲しいのか。


「背中…」

「え?」

「…背中を抱いてみて」


真っ赤になって言う拓己はいじらしい。


あたしは前から背中に手を回して撫でたり抱きしめたりしてみた。そうすると彼はすごく興奮するのだ。そのくせ安心したよな顔をする。後ろから抱く形も好きみたい。これは彼のセクシュアリティ。


時間感覚がおかしくなる。


ベットルームだけじゃなくって、色んなところで触れ合ってみた。

リビング、バスルーム、そしてバルコニー……ううん、性器自体は交わってないこともあった… 皮膚感覚で酔っている感じがする。


エクスタシーは言葉と状況に酔える感性がないと、得られないのじゃないかしら?


セックスしているうちに相手のことがちょっとづつ分かってくる。ここが気持ちいいんだ、とかこうすれば感じる、とか… あと、拓己はちょっとMっぽい。ふふふ。


「服はこうやって脱がすのよ」


チュニックの構造を知らない彼に少し非難めいて教えた時、息使いが変わったのをあたしは見逃さなかった。こういった繊細な信号を読み取れるかどうかでセックスの質って変わるのだろう。


時間の感覚がなくなって、時々は眠ったりしていたんだろうけど、よく分からない…


性欲と食欲は反比例するらしく、ルームサービスを取っても、軽食くらいしか食べられなかった。



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