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恋愛とセックス

"恋愛について"


と、ホワイトボードには書かれていた。


「今日は"恋愛"についてです。皆さんは恋愛で結婚された方、お見合いで結婚された方、または独身の方と色々いらっしゃると思いますが、恋愛をした事ない人っていますか?」


広海社長が進行役となっているようだ。ハーブティとクッキーが置かれたテーブル。

その周囲を7,8人の女性たちがとり囲んで話を聞いていた。


みな30代半ばからそれ以上の女性たち。美しく着飾ってブランド品を身につけた彼女たちは、このワークショップの内容さえ違ったら、有閑マダムたちのおしゃべりサロンのようだ。


今の質問については、皆顔を見合わせながらうなずきあっていた。恋愛をしたことない人はどうやらいないらしい。


「じゃあ、皆さんは恋愛をちゃんと認識なさって、されてきたんですね。…実は、私はよく分からないんです」


社長の言葉に意外そうな顔をする人、不安な顔をする人、と分かれた。


「ある人が好ましいな、と思ったとしてもそれがすぐに"恋愛"になるとは思えないんです。私の場合。まぁ、気になる、でしょうけど… ここが問題です。"気になる"…好ましい場合だけでなく、意外性がある場合も人間って気になるんです。その人に興味がわいてきます。これが恋のはじまりですか?」


にっこり笑って、左端に座っている巻髪の女性に尋ねた。35、6歳だろう。この中では一番若いようだ。


「恩田さんは、素敵なハズバンドがいらっしゃいますね。そして誰もが羨むような結婚生活にみえます。どういう風に恋愛されましたか?」

「え‥‥と、あの、、お友だちの紹介で会ったんですけど、会った時はカッコイイ人だな、と思ったんです…… それで、何回かデートして、おしゃれだし、私より知識があるし、落ち着いてるし‥‥私の事大事にしてくれてるんだ、って思いました」


「そうですか。見かけは大事よね」と広海社長。

「ふふふふ‥」皆が笑う。


「恋愛は自分の中の理想、というものを相手に投影させている行為とも言われていますから。結婚後は?どうです?」

「楽しかったのは最初の頃だけでしたね‥やはりというか… すぐに二人とも"ちがう"と思うようになりました」

「セックスは出来てます?」


ここは、こういうトコなんだろうか? プライバシーはいいのかな?


「いい加減ですね‥‥夫のしたい時だけする、って感じです。」

「恩田さんがしたくない時は、どうするんです?」

「‥?‥ 断ったことがないです。よっぽど体調が悪くないかぎり」

断るという選択があること自体、恩田さんは分からなかったようだ。


この事実に周囲の女性たちも少し唖然としたようだった。『どうして断らないのだろう』。だが一方で断るという選択をした事がある女性であってもその時はなぜか『罪悪感』を抱いていた、と言うのだ。


「おかしい、と思いませんか?」


「これは"恋愛"の誤解から始まっている、と私は思います」

皆は食い入るように社長を見つめた。


「女性は恋する時、セックスしたくて恋する人はほとんどいない、と思います。その人の好ましい部分を自分の中で美化してドキドキする事が好きですよね?あの人の笑顔がステキとか、一緒に居てロマンチックな場面がくる、とかですね、そういうのが好きなんです。」


確かに、私も当てはまるな。


「でも男性は、ちょっと違うと思います。セックスしたくて恋愛をする割合が意外に多いんじゃないでしょうか。思春期に入ると顕著でしょう。少し好みの女の子を見たら、想像ですぐに裸にしてしまう。」


くすり、と社長は笑った。


「だから、どっちが先だか分からなくなってしまうんですよ。好ましいのが先か、セックスしたいのが先か、あるいは同時に起こったのか。ただ、社会的に自分を見た時"俺はセックスだけしたい男"と思うより"俺は恋愛している男"と思ったほうがいいですよね?」


くるりと皆を見渡して、社長は息をついだ。


「でも、この男性の"思い込み"は女性にとっても都合がいいのです。だって自分が"セックスマシーン"と思われるのは嫌だからです。 だから、"恋愛"をしている、と思いこんでそこで起こることはすべて美化してしまう。セックスは愛があるから"する"のだ、と思いこむのです。」


‥‥‥‥‥


「恋愛中に冷静にセックスと相手への感情を考えられる人は少ないです。自分がセックスしたい場合もありますし。ただ私たちはそれをセットのように教えられてきました」


「じゃあ、性欲と愛は別だと? 一緒に存在することはないんですか?」

奥にいた50歳くらいの女性が訪ねた。


「私は性欲と愛は別だと思います。よく似ていますが。ただ同時に存在することは可能だと思います。愛しい、そしてセックスしたい、と同時に思うことは"ある"でしょう。」


皆、一生懸命考えているようだった。性欲を"けがらわしい"と思わないで、感覚のひとつだ、と考えを切り替えるのがむずかしいようだった。あたしは社長の言ったことがかなりスッと入ってきたのに驚いていた。


「セックスは濃厚なコミュニケーションです。ですから愛しい人だからした、という感情は分からなくないです。ひとつになれる、相手との一体化は感動的です。でも、もっと自分の感情に立ち戻ってみてください。」


そうだ‥‥ 性的虐待されてきたあたしには分かる。好きな人でなくたってセックスは出来るんだ。好きな人とセックスしなくても、その人を好きでいられることも。


あたしは、もっと別の形でセックスをしたいのだろう。例えば社長が言ったような、自分と相手の感覚を大きく引き出すコミュニケーションのひとつとして。それは"恋愛"とよぶものだろうか?



この講座はあたしにはとても大事なことを教えてくれるような気がする。なんだかもっと知りたくなってきた。

皆はこの後ざわざわと自分たちの恋愛観を話し合った。けどまともに「こうです!」と言える人はいなかった。社長の言葉をキーにして体験や意見を言い合った。



サロンから事務所に帰る途中に、広海社長とあたしは話題のカフェに寄った。映画アメリに出てくるような内装だ。


「どうだった?」

「はい。…あたし…もっと知りたくなりました。今日の講座に出るまで、すごい単純に世の中を見てたな、って気づいたんです」

「でしょう?」


ここでオーダーが取りにこられる。湯葉とふの料理をスープとセットで。少し早いけど晩御飯の代わり。


「本当はもっと深いし広いの。単純じゃないわ。でも、ちゃんと勉強していくと色んな見方が出来るわよ」

広海社長、ウインク♪

「…あなたを最初に見たとき、"DVドメスティック・バイオレンス"の本を読んでいるのを見たの」


え?!


「覚えていないカモしれないけど、拓己の出待ちか入り待ちしている時、端っこに座ってその本を読んでいるあなたを見たの。すごく印象に残ったわ」


ああ。虐待の問題で悩んでいたから、フッと図書館で見つけた本を読んでいた事があった。


「私は、そういった社会の理不尽さが許せないの」

「……」

「日本はまだまだそういうった支援が遅れてるの。私は女性たちを集めて、そういうった活動をしたいと思っているの。それにはもっと根本の問題を皆が知っておく必要があるわ。男と女の問題よ。皆がもっと考えて語り尽くさないとね」


カフェで社長と別れて、そのまま家に帰った。

少し社長が分かった気がした。


拓己と私の関係を、そんなに問題にしてない社長の態度が。だけど無視はしていない。だから今日私をあのワークショップに連れていったのだ。


拓己は…


拓己は何を考えているんだろう?


あたしより社長と長い関係がある拓己が社長の影響を受けていないハズはない。


そういえば、社長はフォースのメンバーに紳士道を専門家に頼んで教え込んでいる。その他にも会話教育という時間があり、これにかなり力を入れていたっけ? 



よくみれば彼らにも、そこかしこに社長の片鱗がちゃんと見えるのだ。


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「さえきさん、今度いっしょに旅行に行かない?」

拓己が不意に口を開いた。お弁当を片付けていたあたしの手が止まる。


「え?!」

「今度のオフはフランスに行くでしょ?一緒に行かないかな、と思って…」

「そんなのダメよ。無理です。拓己くんは働いたぶん、ちゃんとお休みとして還元できるだろうけど、あたしは無理」

「お金の問題?さえきさんが言っているのは。オレと行きたくないって訳じゃないんだ?」

「え、えーと…」


返事に困る。


そりゃ、行きたい!なんだかんだ言ったって、やはり拓己が大好きなのだ。旅行になんて、ずっと一緒にいられるなんて、幸せすぎて死ぬかもしれない! 


パリだろうがアフリカだろがあの世だろうがどこだって拓己がいればパラダイスだもん。


「ふふふ。大丈夫だよ。ちゃんとふたりぶんチケット取ってもらったんだ、社長にね♪」

ニヤと拓己は笑った。


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