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仕事

「はじめまして。佐伯優奈です。慣れない点もありますが、どうぞよろしくお願いします」


緊張しながらフォースメンバーに挨拶をする。

どきどきするのはモチロンだけど、ファンだった頃と違う緊張感を持っているあたし自身がいた。


「佐伯さんはまだ若いですが、とてもしっかりしています。ただこの業界は初めてなので、慣れないことも多いと思います。皆も紳士であることを忘れず行動してください。特に拓己!」

社長の優しい声のトーンが一段低くなった。


「はい」

「佐伯さんはあなたの付き人になります。ちゃんと教えてあげるように」


拓己は『えっ』と目を見開いた。いきなり言われたみたいだ。


「えー!いいな~拓己ぃ」とフリッツ。


フリッツはドイツ人の父をもつハーフだ。

白い肌と栗毛色の髪が美しい。何といってもヨーロッパでの生活が長いぶん紳士風が板についている。


「ほんと、ほんと。優奈さんみたいに可愛いコが拓己につくなんてモッタイナイよ!」

ヤンチャな裕也が揶揄する。


黙って微笑んでいるソンミン。ソンミンは韓国のスターだったけど、日本でデビューするためにフォースに入った。


「では解散」


あたしは拓己と対峙する形になってしまった。


…うっあー‥‥‥


「えっと… さえき、ゆうなさん?」

拓己がおずおずと聞く。


「はい。佐伯です。よろしくお願いします」

あたしは靴しかみないくらい顔を下げて答える。


だめだ…マトモになんて顔見られるわけないじゃない!ほ、ほんとうに、あの「拓己」なんだろうか?!あたしは現実とは思えなかった。


「さえきさんに聞いていいかな?失礼だったら答えなくていいから」

「え?」

「さえきさんは幾つなの?」

本当に申し訳なさそうに聞く拓己に少し驚いた。こんな風に年を聞かれたことがなかったからだ。


「はい。18ですけど…… 社長には外向き23歳と言うように言われています。」

「え!? じゃあ、僕と2ツしか違わないんだね!…ふーーん、そっかー」


急に嬉しそうに拓己は笑った。拓己はまだ16歳だから、あんまりに年の離れている人物より年の近い私のほうが親近感を持つのだろう。


「じゃあ、よろしくね。‥‥‥‥でも‥社長って何考えているんだろうね…」


どきっ!

それはあたしも謎だ。


拓己はそのまま行ってしまった。結局顔も見れなかった。


でも何か社長のマズいことがバレたような気がして、ちょっと焦った。なんでだろう?





それから3ヶ月がたった。


あたしはひっつめた髪に眼鏡をかけて、拓己と目を合わせないように努力した。

慣れない仕事なので必死にやっていると案外、彼を現実だと認識しないでもやっていけた。


格好も大きめのブラウスとタイトスカート、というような今どきとは思えないようなダサさを演出した。これは対ファンに対する防御もあったが、あたしが黒子として存在するのに丁度よかった。


「わかった!もういいよ…」

拓己が怒りを抑えて携帯電話を切った。


「倉田さん?」

「うん。一影流の家元がどうしても引き受けてくれないって!」

「そうなの…」


今度の時代映画は拓己にとって大きな転機になる。

海外でも評価が高い日本の時代活劇を復活させようと、ハリウッドまでが参入してきた作品なのだ。

その準主演に拓己が抜擢された。


年齢より大人びた拓己にこそピッタリな滅びゆく忍びの末裔頭首。

下地となった一影流の稽古・修行をお願いしたい、と家元に願い出たが、どうやら何度か断れているらしい。


「あたし… もう一度お願いしてみる」

驚いたように拓己が私を見た。


「そんなの!無理だよ。倉田さんが何度も行ってダメなんだよ。オレも行ったけど、全然ダメだった…」

「うん。でもやってみます!」


…それからあたしの無謀な座り込みがはじまった。



「またアンタか!? いい加減帰りなさい!師匠は芸能人なんかに教えたりしないよ!」


そんな一門人のセリフなど異に介さず、私は時間のある限り、一影流の門前に座りこみをした。古い、と言われようが、あたしにはコレしか思いつかないんだから仕方ない!


拓己を世界のスターにする!


それこそが、拓己の付き人として、社長の恩返しとしてあたしがするべきことだから。全然つらくない。あたしは拓己を世界のスターにするためだったら何でもやる!



座りこみ15日目。

雨が降ってきた。


よく降るなぁ‥‥ 夏の雨だから寒くはないけど、ちょっとツライ。いやいや、師匠に会うまでは、こんな雨なんて…


そのうち、何だか意識がもうろうとしてきた。‥‥やばい‥ これは‥



気がつくとベットの上にいた。

あれ?

「気がついた?さえきさん?」


拓己の顔があった。心配している顔も綺麗だなあ、とぼんやり思った。

「優奈ちゃん」

はっ!! 社長!


「す、すみません。私、あの‥…」

「何やってんだよ!さえきさん!」拓己が怒っている。

「何やってんだよ!‥‥普通に仕事きてるだけじゃなくて、一影流にまで行ってたなんて‥‥信じられないよ!それも二週間も行ってたんだって?」


あれ?

拓己はなんであたしに向かって話してるんだろう?


…そうだ、あたしはこの3ヶ月彼の顔をマトモに見てなかったので、こっちに向かって話す姿に違和感を感じるんだ。


「ごめんなさい… あたし…」

「ほんとよ!いい加減にしてよね、優奈ちゃん。あなたが倒れたら、ウチの事務所はどうしたらいいの?!大事な人なんだから無茶なことしないでよね!」


相変わらず口の悪い社長。社長って究極にイジワル言うけどすごい愛があるんだもん。泣きたくなっちゃう。


「あのさ、一影流はダメだったけど、弟子の流派の蜻蛉流に行きなさい、って。一影流の師匠が紹介してくれたよ」拓己が嬉しそうに言う。


「え、ほんと?」

「うん♪♪ これもさえきさんのおかげだよ」

「そっかぁー‥‥そっか」

あたしはすごく嬉しかった。よかった‥‥ 拓己と社長に認められたことよりも、自分で何かを達成できたような気がしてとても嬉しかった。



じつは私は、家出してから色々とあった。社長の計らいで、一人暮らしを始めたこと、母親を引き取ったこと…など。


父親は必死にあたしたちの居場所を探しているみたいだけど、会社もあるし、あんまりエネルギーが向けられないみたい。今のところ見つかっていない。


すべて社長の言うとおりに動いてきて、やっとココまできた、って感じ。異常性格の父からの身を守るには社長の協力と智恵がなかったら絶対に無理だったと思う。


最近ではやっと母とも落ちついて話が出来るようになった。


「ごめんね‥ごめんね‥」泣いてばかりだった母。母はあたしが性的虐待を受けているのを知っていた。でも助けられなかった事で自分を責めていた。


もうこんな思いは沢山だ。

これからは穏やかに暮らしたい…





拓己を見てて思う。


やっぱり彼には不思議な魅力がある。言葉では言い表せないオーラがある。


番組を見ていているとよく分かる。人の心にズンとくる発言、ユーモアそしてパフォーマンス力。

付き人という立場を忘れてウットリとしてしまう時が何度もある。


彼の家族はロスに両親がいる、ということだけしか私も分からない。島国日本の中産階級で育った私にはフォースのメンバーは異次元の存在だった。だからこそ憧れた。


彼らは異次元の王子様なのだ。


クラスメートの第二次性徴臭い男子や加齢臭くさいオヤジとは全く違う。女の子の夢を異国というオブラードに包んで存在してくれる。


そんな人が目の前にいる、という現実に私はいくらたっても慣れることはなかった。だから冷淡ともとられる態度で私は黙々と仕事に徹した。




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