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愛のゆくえ

部屋の隅のスタンドの間接照明だけが点いていた。

あたしは目を覚ました。


今は何時だろう?


気がつくとあたしには毛布がかけられていた。そして驚いたことに拓己がソファの下の絨毯に寝ていた。一応、枕と毛布を用意して寝てるトコが面白い。


なんで、こんなトコでこんな格好で寝てるのよ。

こんな広いスイートにリビングソファとその絨毯に寝てるなんてヘンなの。


でも…これが正解だよ…


拓己、ありがとう。付いていてくれたんだね。


「拓己、拓己、起きて。ベット行こう。こんなトコで寝てると体痛くなっちゃうよ」

「う‥‥ん‥ うん。」


小さな男の子のように拓己は起き上がってベットに向かった。




羽田から東京へ向かう空港バスが渋滞にハマった。

あたしはイライラしながら、はやる心を抑えた。


どうしても社長に聞きたいことがあった!


だからパリに拓己を置きっぱなしにしてもあたしは東京に帰らなければならなかった。拓己は少し残念そうだったけど。


トントン!


社長室のドアをノックする。


「どうぞ」


あでやかに微笑んだ広海社長がいた。


「拓己から聞いたわ。もう来る頃だと思ってた。おかえりなさい」

あたしは口をキツく結んだまま彼女を見返した。


「社長!どうして拓己と親子だって教えてくれなかったんですか?」

社長は表情を崩さなかった。


「…あたしは何ですか?あたしは… 社長のおもちゃ?拓己の性奴隷?

あたしは‥あたしは、社長の何なんですか!」


「あなたは、あなたよ。優奈ちゃん。誰のものでもないわ。私にとって、、という質問は正しくないわ。あくまで主体はあなたよ」

「?」


「私が優奈ちゃんをどう思っていようとそれはあなたにとってどうしようもない事でしょう?」

「どういう事ですか?」


「人の心の中を知ってもあなたにはどうしようもない、という事よ。人の心は変えられない、と言うじゃないの」

「そんな事ありません!」


しまった!社長とは年季が違う!口じゃ負ける!


「実験ですか?!」

「?」

「あたしも!拓己も!」

広海社長は少し驚いた顔をした。


「社長の人生も実験ですか?」

しまった!!! これは言うべきじゃなかった。ちょっと言い過ぎ…


しかし社長は顔色を変えなかった。―というより、ちょっと嬉しそうだった。



「そうよ。私にとっては人生はそんなものよ。挑戦みたいなものだわ」

「あたしには、分かりません!」


分かっているのだ。あたしには。だから実験なんて核心に近い表現が出たんだ。


「優奈ちゃん…」

優しい目をして社長は呼んだ。


「あなたは分かっているはずよ。私があなたに何を伝えたかったか。拓己に会わせたのは確かに私のエゴだったかもしれない。けどあなたは幸せを感じる瞬間はあったわよね?」


涙がこぼれてきた。


その通りなのだ。あたしは社長と出会って、拓己のそばにいれて、死んでもいいくらい幸せだった瞬間が沢山あった。社長が伝えたかったのものは知識、感性、そして世界をも変えていく愛。


「拓己もあなたが好きよ。私もあなたが好き。出会いの形は悪かったけど私たちは触れ合える魂を持っていたのよ。私はそう思っている。それは滅多にないのよ。優奈ちゃんは、私が思った以上にステキで頑張る女の子だった。…きっと、、私に似てる‥」


それは‥ かいかぶり過ぎだわ‥ すごく嬉しいけど‥あたしは泣きながらかぶりを振った。


「あたしは社長みたいに素敵でも綺麗でもありません。社長みたいに頭もよくありません、強くありません!」


「気づいてないのね…あなたはどうしたいの?」


ぐっ…!


あたしがしたいことはたったひとつだ!


その瞬間気づいた。


広海社長に愛されたい!愛したい!どう愛したいか分からないけど。

いや、本当は彼女自身になりたいのかもしれない。


「少し考えさせてください」


本心を隠したまま、あたしは社長室を出た。



あたしは、ずっと、ずっと社長が好きだった。だから拓己が社長の息子だと知ってあんなに嫉妬したんだ。


あたしは拓己に勝てないから…


もうひとりのあたし。もうひとりのあたし…



数日後。



「拓己くん?…あの…元気?」

「ああ、元気だよ。優奈ちゃんは大丈夫?ごはん食べてる?」


国際電話。


「うん。‥‥あのね‥拓己くんにお願いがあるんだ」

「なに?」

「んーと‥」

言にくいが、意を決する。


「お金‥ 貸してくれないかな? 必ず返すから!!300万、ううん200万でも100万でもいい!絶対返すから!」

「それはいいけど…どうして?って聞いていい?」

「う……ん…」

言いづらい。


「留学…しようと思って…」


電話の向こうで息を飲むのが伝わってきた。


「どこに?‥留学するの?」

「ミネソタ・ステイツ・ユニバーシティ。…ウィメンズ・スタディが専門的に勉強したいの」

「‥‥‥‥」

しばらく言葉がなかった。


「‥いかないでよ」

小さな声で拓己はつぶやいた。


その瞬間、喉がつまった。

「そんなのこっちでも勉強できるよ!大体お母さんはどうするの?どうやって生活するんだよ!」


「‥ごめんね‥」熱いものがこみ上げてきた。

「母は、おじいちゃんからお金を借りて再出発することになったの。こんな風に考えられるようになったのも社長と拓己くんのおかげなのよ」


「‥‥ほんとは拓己とずっとにいっしょにいたいの」

震える息づかいが聞こえた。拓己も泣いてる?


「拓己とずっといっしょにいたいの」あたしは繰り返した。


「凱旋門からパリの街をもっと一緒にみたい。モーツアルトも連弾したい……楽屋でお茶飲んだり、衣装を考えたり… 時にはスポットライトに照らされたアナタをウットリと誇らしげに見つめていたい‥‥ もっと、もっと‥いっしょにいたかった…」

「‥‥‥‥‥‥」


「なのに、ダメなの… もうひとりのあたしがいて、どんどん、どんどん背中を押すの」

「‥‥‥‥‥‥」

「だから あたし 行くの」


「…わかってる…」

ふたりともこれ以上言葉に出来なかった。何もしゃべれなかった。あと少しだけ時間が欲しかった。


「もうちょっと多めに振り込んでおくから。手続きに2、3日待って」

「……ありがとう……」


胸が張り裂けそうなまま電話を切った。


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