女神登場
「残酷な女神」第2説はこちら→http://ncode.syosetu.com/n9524b/
「君、君!そう君だよ!」
そう言われて、皆に注目されているのは、やはりあたしだった。
「え?あ、あたしですか?」
「そう。ちょっと来て。」
倉田さんにひっぱられて車に乗せられる。
『えー!?なんで~』
『なに、あのコ?』
疑問と不服のまじったつぶやきが少女たちから漏れるのが私にも聞こえた。
そりゃあ、そうだろう。
あたしだって、訳が分からない。
私はあるタレントの追っかけをしていた。
涼川拓己という4人グループのひとり。
彼はフォースのメンバーだ。今日も出待ちをしていたのだ。
でも拓己はあっという間にハイヤーに乗り込んでしまって、私たちなど気にもとめずに行ってしまった。
ゾロゾロと解散しかけたファンに、拓己のマネージャーの倉田さんが突然あたしに声をかけたのだ
「僕のこと、知ってるよね?」
「はい」
車を大通りに進めながら倉田さんは訪ねる。フォースのマネージャーを追っかけ少女たちが知らない訳がない。
倉田さんは32歳だと聞いていたけど、かなり落ち着いてみえる。細身で優しそうな容貌と声が芸能界という場所では異質に感じられる。これでよくやってこれたものだな、と思う。
「君、いくつ?名前聞いていい?」
「はい。佐伯優奈、18歳です」
「え?大学生?」
「いえ。高3です。私、4月生まれなんで誕生日がすぐきちゃうんですよね」
「ああ、そうなんだ。もう18歳になったんだ。18すぎると結構いろんな事が出来るからいいでしょう」
「ええ‥まあ‥」
あいまいに笑って答えた。
だって、どんないいことが出来るというのか?
女性の18歳なんて成人とはみなされない中途半端な年頃だ。
18を過ぎたら、車の免許が取れるし、ギャンブル場にも出入りできる。
男性だったらHなところにも堂々と行ってもいいのだから意味は大きいのだろうけど。
あたしからしたら、家もひとりで借りられないし、サークル活動やクラブをしようにもいちいち保護者に伺いをたてなきゃいけないし、いったい18歳って何が出来るんだろうって思う。
「今から事務所に来てもらうから」
あたしのそんな不満を知らず、倉田さんはアクセルを踏み込んだ。
通された部屋は、本当にオフィスって感じだった。もっとも、あたしには普通のオフィスがどうなっているか知らないんだけど。
普通のオフィスと大きく違う点といえば、壁に大きく貼られたポスター。フォースの4人が全身ショットで写っている。左からフリッツ、拓己、裕也、ソンミンの定位置だ。
う、美しい…
―なんか、どきどきしてきた!
ここはフォースの事務所なんだ!!! フォースのメンバーに会えるかもしれない!!!
急いでコンパクトを取り出す。手が震える。
うわっ、最悪。今日は眉毛の角度あんまり上手く描けてなかったんだ。やり直し、やり直し…
突然にノックが響く。
驚いて化粧ポーチを落としかけたとき、女性と男性が入ってきた。
「こんにちわ」
倉田さんの前にいた女性が先にあたしに声をかけた。向かいのソファーに座る。倉田さんは立ったままだ。
「あ、はいっ。こんにちわ」
焦って返事をしてしまう。
うわあ、、、、
びじーーーん
奥二重なのに大きな眼が吸い込まれそうな力を持っていた。オリーブ色の肌、卵型の輪郭、意思の強そうな口元。薄いメイクなのにとても綺麗なのは肌が美しいからだろう。
髪は肩より長いけど裾だけゆるいカールになっていてすごく自然だ。
彼女のオーラに飲み込まれながら、マジマジと顔を見てしまう。
美しいというだけで、こんなに陶酔とした気持ちさせられるから「美」は一種の麻薬だ。
「ごめんさいね。驚いたでしょう?いきなりこんなトコに連れてこられて」
顔ばっかり見てたせいで、急に言葉が出てこない。
そんなじろじろ見たら失礼だと思いつつ目が離せない。
「私、オフィス・カサンドラの大棟広海と申します。
こちらは、ご存知だろうけどうちのスタッフの倉田洋平です」
差し出された名刺を見ると『代表取締役』と書いてある。
代表取締役?!
「あの、事務所の社長さん?ですか?」
「はい。一応この事務所の代表みたいな事やっています」
くすっと笑う。改めてみると年齢は20代後半くらいに見えるし、いや、本当はもっと上だろうけど、そうは見えない。幾何学模様のブラウス(きっとブランドだわ)をサラリと着こなすなんて素人技ではない。
「今日来ていただいたのは、あなたに少し伺いたいことがあったのです。」
その言葉に、あたしは居ずまいを正した。
「あなた、拓己が好きでしょう?」
私はいきなり言われてびっくりした。
はあ???
あたしは質問の意味が分からず困惑した。
「でもいっつも後ろのほうに居てばかり。
追っかけしているのに何あれ?
あれじゃあ気づいてもらえないわよ」
「あの、いえ…私いいんです」
普段の自分を見られていたのかと思うとカァと顔が赤くなった。
「ね、優奈さんは、この先どういう進路を考えているの?」
社長がやさしく聞いた。
「あの‥」
一番痛いところを聞かれた。
あたしにはやりたい事も見つからないし、家は出たいが、かといって働きながら大学にいく気持ちもなかったからだ。
いったい何をしたいのか分からないまま、高校3年の春を迎えてしまっていたのだ。
親にも先生にも進学できそうな大学を進められている。
「わかりません。」
絞るように答えた。この美しい人とあたしのギャップが苦しくてたまらなかった。
「よかったら、うちで働かない?」
え?!
「え、あの… それって、タレントになれ、って事ですか?」
「ううん。残念ながらウチは女性のタレントは今のところ考えてないの。だから、スタッフとしてどうかな、と思って」
「スタッフですか?」
「ええ。もちろん最初はバイトでお願いするんだけど、人生勉強のつもりでどうかしら?
ちなみに、メインは拓己の付き人として考えています。」
えええええ!!!!!!




