◇韋駄天◇
エバーグリーンホテル51階
スカイラウンジ 禊――
とまり木に一組の男女
男は韓流スターを思わせる端正な顔立ち
痩せた躯にぴったりした仕立ての良いダークスーツを着ている
傍らには、フェルメールブルーのドレスをまとった美貌の女
女は首から掛かった大粒の真珠を所在なさげに弄んでいた
流れているのはエレクトロニカ系の音楽――
今ちょうど、スクエアプッシャーの〈Ultravisitor〉が始まったところだ
二人の他には誰もいないラウンジに、幻想的でダイナミックなIDMが響いた
「もう一杯もらおう」
「同じものでいいかしら?」
「ああ」
韋駄天は短く応えた
すると女の舌がしゅっと動いて、ミキシンググラスにジンとドライベルモットを入れた
女は二股に分かれた舌の一方で軽くステアして、もう一方の舌先でストレーナーを被せた
韋駄天は新しいカクテルグラスによく冷えた好物の液体が注がれ、さいごにオリーブが飾られるまでじっと眺めていた
「器用な舌だ」
「うふふ。もっと器用なことだって出来るわ」
女は妖艶な笑みを浮かべた
「蛇って奴は嫉妬深いんだろう?」
「惚れた相手にだけよ」
「コワイな」
韋駄天は肩をすくめてグラスに口をつけた
「旨い。――それに曲もいい」
「こういうBGMにしとかないと、年寄り連中がすぐ私と踊りたがるのよ」
「ははは。ダンス防止ってわけか」
「ホントは私、電子音ていうの? コレ苦手なんだけどさ」
女は洗練された容姿に不釣り合いな、蓮っ葉な口調に変わった
「どんな音楽が好きなんだい?」
「古くて笑われそう」
「笑わないさ」
「そうね。今さら照れる年でもないし。――ガンズとか、ボンジョヴィよ」
女は耳元をわずかに赤らめた
「俺もその頃のロックはよく聴いたぜ」
「ホントに?」
「本当さ」
「教えてよ。なあに?」
「そうだな。ソニックユースとか、ニルヴァーナだ」
「へえ」
「聴いたことあるかい?」
女は残念そうに首を横に振った
「聴きたい?」
「だって…」
「俺の部屋に行けばPCで聴けるんだがな」
韋駄天は悪戯っぽく笑った
「やあね。からかってるの?」
「そんなんじゃないさ」
「――なんだか暑いわ。私も何か頂こうかしら」
女は雌蝶のようにすっと席を立った
「どうぞ。俺もおかわりだ」
韋駄天は足元のケースからタブレット端末を取り出した
「お待たせ」
女がカクテルを二つカウンターに並べた
「今度は舌を使わなかったのか」
「意地悪ねぇ」
「また頼みたいことがある」
「その前に、乾杯」
「それ何ていうんだい?」
「キッス・イン・ザ・ダーク」
「ダークな君に乾杯!」
「言うと思ったわ。いいけどさ。乾杯!」
韋駄天はタブレットを二人の間に広げてアイコンをタップした
「こいつらを見てくれ」
ディスプレイにスナップ写真のような静止画が表示された
「――人ね。まだほんの子ども」
「本社の正面から侵入した。というより白昼堂々、本社の結界を越えたんだ」
「まさか。センサーの異常なんじゃない?」
「異常なのは、こいつなんだ」
五枚目の画像を右にスワイプして緋袴の娘をズームアップした
「――えっ!?」
「あり得ないだろう?」
「ホントそっくり」
「そこで、顔認証ソフトを使ってみた」
韋駄天はカギの付いたアイコンをタッチしたままフリックした
ウィジェットの位置を換えてアプリボタンを再びタップすると、画面が四分割されて膨大な数の様々な顔が瞬時に検索されていった
モンタージュ写真の合成を早送りで再生しているようだった
「データベースから似た顔を捜し出してるのさ」
「便利な世の中ね!」
「驚くのはまだ早い」
やがてぴたりと一枚の画像で検索が止まった
99パーセント一致――
女は目を瞠った
「これって――」
「そう。クシナダヒメだ」
「このソフト、海賊版?」
「だと思うか?」
「――で、私はどうしたら良いの?」
「今夜、こいつらを洗ってくれ。徹底的に」
「私のやり方で?」
「方法は任せる。俺は他で忙しい」
「そう――」
「どうした?」
「人相手なんて、あまり気乗りしないわね」
「あといくら出せば良い?」
「お金はもう要らないわ。私が欲しいのは――」
女は韋駄天を見つめた
「わかった」
韋駄天はICタグを女に手渡した
「ルームキーだ」
そう言い残すと韋駄天は風のように消えた
エイフェックス・ツインの〈Window Licker〉を聴きながら、女は舌をぺろりと出した
先が二股に分かれた蒼く長い舌を――
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