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◇水晶玉の呪い◇


同じく本社ビル 地下3階


電話交換機室――


鉄扉の傍らで狐が三匹、寄り添うように眠っている。


電子行灯の明かりが揺れて、制御盤に向っていた鰐は一瞬ひやりとした


「旦那ですかい。脅かしっこなしですよ」

「恐いものがあるのか?」

「そりゃまあ」

「面構えの割に意気地がないのだな」

「あたしゃこう見えて技術系なもんでね」

影はくっくと笑った

「その技術とやらを拝見しよう」


鰐はインカムを外してPCのスピーカーに切り替えた


「狐らは大丈夫なんで?」

「放っておけば一生夢の中だ」


鰐は大袈裟に肩をすくめてみせた

「じゃあまずこれから。――社長室です」


「誰がいる?」

「雌兎が一羽と…」

「他に誰かいるのか?」

「――しっ!!」

鰐は音量を少し上げた


『――怒鳴らんでも聞こえとるよ』

『社長ォ!――』

『忙しいところすまないが、デリバリーを頼みたい――』


「オオクニヌシか!何故ここにいる?」

「そこまではちょっと…」


「予定変更だな」

影はダークスーツのポケットからレシーバーを取り出した

「――準備しろ」


「盗聴器は?」

「ばっちりでさ。旦那に言われた通り、システムの管理者だって名乗ったらほいほい入れてくれやしたよ。兎てのはバカだねぇ。例の薬もたっぷり仕込んどきましたよ」


「よし。――で、肝心な方は?」

「そっちはデジタルPBXなんで助かりやした」

「PBX?」


「電話交換機ですよ。デジタルPBXてのは、ダイヤルイン以外にいろんな機能が付いてるんすよ。短縮、転送、コールバック。指定時間呼出しとか。そのうえ信号がデジタル処理されてっから、FAXやPCと接続すりゃ企業内LANがスムーズに網羅できる」

「ふむ――。すべてのデータ通信を掌握し、自在に操作したい。時間はあとどのくらいかかる?」


「簡単に言うねぇ」

「狐どものように一生夢が見たいか?」

「わ、わかりましたよ。基本プログラムがある筈だから…。48時間。いや36時間で?」


電子行灯の明かりがまた揺れて、鰐の顔のそばに蒼白いもう一つの顔がぬっと現れた


「ギリギリだな。わかった。できるだけ急げ」


声の主は韋駄天だった


韋駄天はもう一度レシーバーに向って言った

「――位置につけ」


鰐は一心不乱にPCのキーボードを叩き始めた

「合図したらセキュリティシステムから侵入して役員室のロックを解除しろ」


鰐は黙って頷いた


「そろそろ薬が効いてくる頃だ」

韋駄天はスピーカーに耳を傾けてほくそ笑んだ


『――君は兎にしておくにはもったいないくらい有能で美しい』

『社長…。やはり休まれた方が――」


「画像にしろ」

「へいへい。旦那も好きだねぇ」

――カシャーン!!


モニターに白兎とオオクニヌシが抱擁し合う場面が映った


「今だ!」

鰐がロックを解除すると、待ち受けていた鰐たちが一斉になだれ込んだ

――ドンッ!!


ドアが開き、鰐たちがあっという間にイナミとオオクニヌシを取り囲んだ


「なんだお前たち!」


真っ黒で一際大きな鰐が二人の前に立ちはだかった


「オオクニヌシノカミ!! 我々は高等内部監査局だ。只今より特別背任罪の(かど)で“お前”の身柄を拘束するッ!!」


「な、何を馬鹿な!」


「ぶ、無礼であるぞ!」

イナミはそう言うのがやっとであった


黒鰐の隣にいた青い鰐が口を開いた

「おい。イナミ!!」


凶暴な声の響きにイナミはひるんだ


「眷属の分際で神をたぶらかすとはいい根性だな? どっちが無礼なんだ? え?イナミよ?」

「な、何を…私は――」


「社長も社長ですョ。綺麗な奥方がいながら、よりにもよって兎なんかと…」


「むむ…」オオクニヌシノカミは言い淀んだ


「とにかくケモノは引っ込んでいろ」

黒鰐は水晶玉をもてあそびながら長い顎をしゃくった


次に赤い鰐がオオクニヌシノカミににじり寄った

オオクニヌシは鱗だらけの赤鰐の手を払った


「あれれェ?抵抗するおつもりですかァア?」


「か、監査局は社長直轄のはず。私が知らぬとは、おかしいではないか!」

「やれやれ。めんどくせえなァア。兎のケツ追っかけてる奴がなに抜かしてんだァア?」


「き、貴様あ――」

オオクニヌシは腰の太刀に手をかけた


水晶玉がぽぉーんと宙に舞った

「反逆罪だ」

黒鰐が大きな欠伸をした


「お待ち下さい!」

イナミは慌てた

「私です。私が社長を――ゆ、誘惑したのです」


「それで済むと思ってんのかァア?」

「えっ?」


赤鰐の尾がイナミを打った

イナミの頬が切れた


「止めぬか!」

「おやおや?オッサンは本当にケモノが好きなんですねェエ?」


「すいませんね。我ら鰐族は兎に対してやや過剰に反応してしまうんですよ」

黒鰐は手のひらの上で水晶玉を転がしながら笑った


「ヱ、ヱビスノカミを呼べ!」

「何言ってんだァア?この犯罪者はァア?」



「いったい何がどうなってるんです?」

モニターを見ていた鰐が尋ねた

「呪い。…――術だ」

韋駄天は応えた



「――わ、わかりました。私をどうぞ好きにして下さい」

イナミは口を一文字に固く結んだ


「そうこなくっちゃァア!」

「待て。秘書には手を出すな。その者には何の落ち度もない。大人しくする。私をどこへでも連れていくがよい」

オオクニヌシは観念した


取り巻きの鰐たちがわっと踊りかかってオオクニヌシに縄をかけた


「この淫乱兎はどうします?」

青鰐がイナミをねめつけた


「そうだな――お前たちの好きにしろ」

「や、約束が違うぞ!」


「ばーかァア。いつテメーと約束したョ?」


「もう許しません!」

イナミは覚悟を決めた


「やめろ! イナミ!!」


イナミは牙を向いて鰐たちに突進した

青鰐の太い尾がイナミの小さな躰を凪ぎ払った

イナミは壁に叩きつけられた


「…――くっ!」


よろよろと立ち上がろうとするイナミに赤鰐が近寄り、その鋭い尾でイナミの腹部を刺し貫いた

「は――…あ――…」


「イ――、イナミーッ!!」


イナミの真っ白な体毛がみるみる赤く染まっていった


鰐たちが暴れるオオクニヌシを懸命に押さえつけた

「イナミーッ!!」


「まだ生きてやがる」

青鰐がイナミの両耳を掴んで引っ張りあげた


「た、助けて――…」


「皮を剥いでしまえ」

「そうだ! ナマ皮を剥いでしまえ!」

鰐たちは口々に叫んだ


「もう――やめてくれ!!」


青鰐はがぶりとイナミの右の腕に噛み付くと、イナミの腕を根元から食いちぎった

イナミの絶叫が響いた


今度は赤鰐が左の腕を噛みちぎった


「オ…オオクニヌシ様ぁ――…」

「イナミよ!!」


「さてと、兎の解体ショーを始めましょうかァア!」

「よせ。頼む。後生だ――もうやめてくれ…」



イナミはぴくりとも動かない

艶やかだった赤い瞳は見開かれているが、もう何も見ていない――


オオクニヌシは悲しみに打ちひしがれた

この世の地獄が目の前にあった


鰐たちがごそごそと這い出しイナミに群がり、柔らかなその皮を剥いでいった――


――バリバリ、メキ…



地下3階の鰐はしきりに目をしばたいていた

「なんだかなあ…。旦那、説明して下さいよ?」


モニターの中ではオオクニヌシノカミと秘書の白兎が茫然と突っ立っている

さっきからずっとそうなのだ

二人は焦点の合わぬ虚ろな目をして、ただ突っ立っていた

放心状態といっていい


鰐たちも(といっても三匹だけなのだが)水晶玉を中心に輪になってじっとしているのだ


「呪いさ。言ったろう?術にハマッたのさ」

「これが?呪い?」


韋駄天は黒い塊を出した


「そいつは?」


「トリュフだ。これを元に媚薬を作った。お前に持たせたのはその粉末だ」

「ああ!それでこの二人、妙な雰囲気に?」

「そうだ」


韋駄天はトリュフの香りを嗅いで続けた

「弛んだ心は呪いに掛かりやすい。嘘や迷いがあると心に隙が生まれるのだ。術とは心の隙間につけ込むことさ。――鰐たちが最初に奴らの名を大声で呼んだろう?」

「はて。そうだっけかな。覚えちゃねぇな」


「ふっ…。どこを見ていた? あそこが術の始まりだ。後ろめたさや惑いが心に隙を生じさせる。神であろうが人であろうが同じだ。気が緩むとはそういうことだ」

「なるほど。油断大敵ってわけか」

鰐は顎を撫でた


「しかしなんだか物足りない。旦那あっしはね、旦那のことだからもっと、その…」

「残酷に、か?」

「へへへ…」


「奴らは今、夢を見ているのだ」

「――夢を?」

「そうだ。最悪の悪夢をな」

「どう最悪なので?」


「深層心理の奥深くで、奴らは今、おのれがもっとも見たくない光景を見ているはずだ。いわゆる仮想現実体験だ。――それに耐えきれず本当に気がふれてしまう者もいる」


鰐はちょっと想像して顔をしかめた

「やっぱり旦那は神も仏もねぇな」

「なんならお前も悪夢を見てみるか?」

「じょ、冗談じゃねえや!」


「引き上げろ」

韋駄天ははるか頭上の黒鰐に命じた


水晶玉の回転がゆっくり止まった

オオクニヌシノカミとイナミはその場にどさりと崩れ落ちた


黒鰐はふうっと長い息を吐いた

赤鰐と青鰐も同様に憔悴しきっていた


「ぶったまげたァア!」

「兄じゃ。こんなのは初めてだ」

「俺もだ。なんとおぞましい呪いだ。――さあ、二人を連れて、さっさとここを離れよう」


黒鰐は水晶玉を眺めた

まだ身体中が小刻みに震えている


赤鰐はイナミを抱き起こし不思議そうに見つめた

それから肩から下を揺すって

「やっぱり腕、両方ついてらァア!」と言った


水晶玉――

それは溶けない氷のようにいつまでも妖しい光をたたえていた





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