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Short Short Circuit

語学留学

作者: 境康隆

「えっ? 転勤ですか? それも国外?」

 俺はその突然の辞令に面食らった。

「何で私なんですか? 語学なんてできませんよ」

 そうなのだ。何で俺がって思うぐらい、俺の語学力は心許ない。

「今時国内だけでやっていくなんて、無理だって知ってるだろう」

 俺の上司は何とも複雑な顔をしてこっちを見上げていた。どうやら上司も何となく納得はしていないらしい。

「そうですけどね」

 俺は会社の事務所の中で、複雑な顔をして座っている上司に応えた。

「今直ぐの話ではないだがな。いずれは我が社も外に売り込まないとな。その為には現地を知る必要がある。誰かが腰を据えて、向こうでやってかないといけないんだよ」

「現地の人間になり切れってことですか?」

「そうだ。現地の人間になり切れ。そうすれば、なんとかなる」

「言葉とか覚えられますかね? 私自慢じゃないですけど、この会社に入ったのも奇跡的な学力ですよ」

「知ってるよ。いつも致命的な失敗をする。何度始末書を書かせたことか」

「それは失礼を」

「一度に二つのことができないのが、一番致命的だったな」

「そりゃ、どうも」

「で、受けてくれるな」

「語学のことが一番心配なんですが?」

「会社でできることは何でもする」

「……では――」

 俺は一瞬考えた。

「一年間語学留学させてもらえませんか?」

 そして意を決してそう申し出た。


 今時の若い社員は国外に出たがらないらしい。俺に限らず語学力が特に壁となって、外に出るのを躊躇させるそうだ。

 でだ。俺に白い羽の矢が突き刺さったのは、あれだ。俺で何とかなるのなら、誰でも勤まるだろうという理屈らしい。

 いやはや。流石に俺を採用した会社。何という冒険心。あまり無理をして潰れないことを、とりあえず俺が在籍している間は望んでしまう。

 だが会社も多少は保険をかけたいらしい。

 現地の雰囲気と状況を掴む為に、何より語学を習得する為に一年間留学する。

 こんな条件を呑むなんて、どうやら会社は本気で俺を現地の人間にしたいらしい。

 まあ、いいか。実を言うと会社の言いたいことも気持ちもよく分かる。

 確かに国内だけではやっていけないし、誰かは国外に出て仕事を拡げないといけない。仮にこの国外勤務で気が滅入ってしまっても、俺程度の人材なら使い捨てにしても惜しくはない。

 そんなところだろう。

 それでも俺は留学と交換に辞令を大人しく受領した。俺は細かいことは気にしないタチなのだ。

 一年間ただで留学する。会社がその間給料も金を出してくれる。俺は新しい世界でそれなりに楽しいことも体験できるだろう。

 いい風に考えれば、別に悪い条件じゃない。

 俺は早速会社のお金で語学留学に出かけた。


 語学留学は楽しかった。結論から言うとそうだ。あっという間の一年。俺は現地にとけ込み、その国に馴染んだ。

 心配された言葉の方も瞬く間に身についていった。才能があったのかもしれない。

 単に頭が悪いので、赤子が言葉を習得するように自然と身についていったのかもしれない。そこら辺はよく分からない。

 まあ、その後の仕事は別だったけどね。

 語学はできるようになっても、仕事ができるようになった訳でなかった。やはり一度に一つのことしかできない俺は、それなりに致命的な失敗をやらかしながら仕事に勤しんだ。変わったのは始末書の言語だけだ。

 それでも会社は満足したらしい。俺の後に続いて、やはり語学留学を経験した従業員が次々に現地に送り込まれてきた。

 皆がそれなりに現地の言葉を話せる。俺の例が役に立っているようだ。一年間の語学留学を経験した人間は皆が即日から戦力になってくれた。

 俺の方はまるで現地の人間かのように彼らを迎え入れる。そして本社の人間が増えても、皆が初めから現地の言葉しか話さない。もはや俺達は現地の言葉でしか会話をしなくなった程だ。

 後からきた人間のお陰で、現地の仕事は順調に大きくなっていった。


 そんなある日、何年も現地で働いた俺に辞令が出た。

 一年間の語学留学。その後に続いた国外勤務。俺はその間一度も本国に帰らなかった。

 本当に現地の人間になってしまったかのようだった。

 だが帰国の命令はそれなりに嬉しかった。これからは母国で働けるのだ。

 喜んで帰ろうとして、俺は脳裏にある心配事が浮かんだ。

 それは一番心配なことだった。

 俺は現地の上司に願い出た。

「一年間語学留学させてもらえませんか?」

 一度に一つのことしかできない俺。母国の言葉なんて、すっかり忘れてしまっていた。

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