破壊者の善事
解放してやったというのに、ミラネは授業に姿を見せない。
少し不快だ。
実習ということで、Aクラスは室内魔導実習棟…通称“魔棟”に来ている。
エリートらしい教員が、集合した生徒達の前に出た。
「…?」
教員の横に大きな段ボールを抱えた若者がいた。体が小さいわけではないが、段ボールが大きすぎて潰されそうになっている。
見覚えのない生徒だ。黄土色の短髪、黄色の瞳、人の良さそうな青年だ。
教員か?…だが若すぎる。
不思議と興味が湧き、じっと見入ってしまった。すると視線を感じたのか、好青年はこちらを見て微笑むと、小さく会釈する。
無理な体勢で会釈したせいか、好青年はバランスを崩しそうになる。
「…あっ!」
…俺は何故こんなことをしたんだ…?
教員がペラペラと魔導について、俺にとっては既知のことを喋っていた。
勿論、今は話を聴く時間であり、動いていい状況ではない。
だが俺は慌ててクラスメートの集まりから抜け出すと、好青年の肩と段ボールを掴み、支えた。
咄嗟の行動に、沈黙がおりた。
…やってしまった。
学園生活の中では真面目な生徒を演じていないといけないというのに…。
「き、きゃあー!」
「ガゼット君って優しいのね!」
「カッコイイ!」
耳障りな女の声が聴こえた。うるさい。
だが好印象に映ったようで何よりだ。
「あ、ありがとうございます!」
好青年は体を離すと、段ボールをしっかりと持ち直す。
敬語?…違和感。
同級生なら敬語を使う必要など…。
「…あぁ」
彼の胸元に目をやり、理解した。
制服の上に重ねて着ているベストのような服。そこに名前とクラスが縫い込まれていた。
クラスは最悪の…2。一年だ。
「結城っ何をしているんだ!」
教員が怒鳴る。うるさい。騒げば解決すると思っているのか?権力を誇示したいのか。
俺はそういう奴が嫌いだ。たいした実力もないくせに威張る。虫ずが走る。
だから結城と呼ばれた生徒を庇うように背中に隠した。
「申し訳ありません先生。僕が彼を呼び止めたのが原因です。お叱りなら受けます」
「あ…いや、ガゼット君が言うなら…」
追記…俺のクラス分け戦の成績は、学年一位だった。
…だからだろうか?
教員は俺を特別扱いする。
「ありがとうございます先生」
「うむ、授業を続ける。私が言ったことを参考にして、今から実際にやってみろ」
魔棟の練習場の壁には、耐魔力装甲が張り巡らされている。
魔導戦争にも使われるものだ。生徒の攻撃では傷もつけられないだろう。
生徒が散開する。広い場所だ。距離をある程度とっておいたほうが安全だ。
それはそうと…
「分かってますよ、ミラネ君」
俺は近い場所に立っている結城を引っ張りながら、体を数歩横にずらす。
爆音。
俺が先程まで立っていた場所に、氷の固まりがある。
氷結魔法…ミラネだ。
「…ちっ、当たらなかったか…」
「酷いねミラネ君。当たったらどうするんですか」
生徒の間に驚きの声が幾つも上がった。
ミラネが俺を攻撃したから…ではなく、ミラネの攻撃が魔導装甲に傷を付けたからだった。
「…凄い」
結城が感嘆の息を吐いた。
俺の中で少し厄介な感情が生まれる。悪戯心というのか、嗜虐心というのか…。
ミラネを連れて壁に近づくと、壁に指先をつけた。
「…何?」
「……」
魔術式を頭の中で組み上げる。指先に小さな光が生まれた。
俺はそれをインク代わりに、素早く空中に幾何学的な模様…詳しい者から見れば、美しい術式を書き上げた。
ガンッ!
小さな音…壁に、魔導装甲に、小指大の穴が貫通していた。
「…な!」
「…」
俺は笑顔を浮かべたまま、ミラネの耳に唇を寄せ、低い声で呟く。
「…俺にとって魔導装甲など紙切れに等しい。力の差が理解出来たなら、俺を怒らせるな。貴様は俺の友達だろ?」
「…っ!」
「…さ、ミラネ君、教えて下さい。僕、魔導苦手なんです」
笑う。
…頬が痛い。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
集合がかかった。
教員の横には結城がいる。教員は結城に何事か命令した。
「どうぞ…」
結城は段ボールの中に入っていた物を取り出すと、一人一人に配り始める。
最後に一番後ろで立っていた俺に渡した。結城が下がろうとしたが、腕を掴んで視線でここにいるよう頼み込んだ。
「そのベストは君達の地位を示す。Aクラスらしく、自信と威厳をもってそれを身につけるように」
ベストに刺繍されているクラス名…。
「…どうしたんですか?」
じっと見つめたまま、動かない俺を不審に思ったのか、結城が声をかけてきた。
「いえ、ただこんなふうに…地位の高い場所にいるのが苦手なんです。それにたまたま僕は運が良くてAになっただけですから、地位の差なんてないと思うんです」
「…ガゼットさん」
感激した目を向けられた。名前を知っていたのには驚いたが、クラス分けであれだけ暴れたのだ。
有名になっていてもおかしくない。
本音を言えば、俺から見ればクラス2もクラスAも…大して実力差があるとは思えないだけだ。
どちらの生徒も俺の足元にも及ばない。
「僕を知っててくれるなんて光栄だな。君は結城君?」
「安代結城です!結城でいいです。ガゼットさん素敵ですね…尊敬できます」
「ガゼットでいいよ。結城…か。友達としてこれからよろしく頼むよ。…ところで、どうして結城は雑用を?」
尋ねると、結城は俯いて悲しそうな顔をした。
「…クラス2なんてそんなものですよ。魔棟は大きいですが、全クラス分あるわけじゃない。優先順位が最低なので、僕達には滅多に回ってこないんです」
悔しそうだった。
今、こうして魔棟にいるのに、魔法の練習が出来ないことが、悔しくて悲しそうだった。
「結城、今練習したらどうですか?」
「そ、そんなことしたら、先生に怒られてしまいます!」
結城は一瞬顔を輝かせるが、すぐに俯いた。
「大丈夫だよ。僕が庇ってあげる」
「あ、ありがとう!でも…どうしてそこまで?」
「結城が…」
俺は内心ほくそ笑む。結城…気に入った。強くないが、惹かれるものがある。
「友達だからだよ」