破壊者の困惑
ミラネが倒れた。聞いたとき、何故?と思うと同時に、今まで感じたことのない…胸の痛みを感じた。さながら心臓を握られたような…。
訳の分からない感情は俺の行動を急がせた。
結城からの電話を切ると、急いで魔凍を飛び出す。
保健室にいるだろう。位置は覚えていないが、ナビゲーションを使えば問題ない。
走りながら廊下の壁に魔力震波を放ち、行き先を保健室に定めると床にラインが走った。
その道案内に従って廊下を走る。
「…ミラネ!…君」
保健室に飛び込むようにして入ると、ミラネと結城の姿があった。
保健教師の姿はない。そういえば校内放浪癖があると聞いたことがある。
不真面目だが慕われているとも…。
「ガゼット!」
「ミラネ君は?」
結城がミラネをベッドに運び、横にならしていた。
結城に少し離れているよう指示し、俺はミラネの横に立つ。
苦しそうに息をして、目を固くつむっている。
「ミラネさん…グラフ無しで属性具現魔法を発動させて…その後倒れて…」
「魔法陣線をグラフ無しで…」
ミラネの胸に手を当てて、目を閉じた。意識と感覚を手の平から、ミラネの体全体に広げる。
異常箇所は発見出来ない…ただ、ガゼット・ブラッドが侵食を始めている。
…おそらく、ミラネがグラフ無しで魔法陣線を精製出来たのは、俺の血があったからだろう。
覚醒しようとした血を…ミラネは精神力と素質で無理矢理抑えたのだろう。
流石、上級になりえる人間だ。
俺は結城に聞こえないよう、唇をミラネの耳元に寄せながら、片手を彼の胸に置いた。
「…ミラネ、俺が分かるか?」
「…う…」
不本意だが…仕方ない。今は…ミラネが自ら受け入れない今は…仕方ない。
「聞け、我が魔血よ。王命だ…今は控えよ。主の意志に従い、支配下へ」
「あ…、…ガゼット?…俺…は…」
「貴様は何故、血を…契約を拒んだ?」
「……」
「ふん、まぁいい」
顔を離して表情を取り繕う。
…俺らしくない。本当に…俺らしくない。
以前の俺ならば、無理矢理にでも血を覚醒させていたはずだ。それが今はどうだ?…まったく、優しい考えになったものだ。
自分に苛立つ。自分に虫ずが走る。
ミラネは落ち着いた様子で顔を上げた。
「ミラネさん!…良かったぁ」
結城は安心して力が抜けたようで、ヘナヘナと床に崩れ落ちてしまった。
「…僕は“噛み付き魔”を探しに行きます。ミラネ君は来れたらでいいですよ」
「何か掴めたのか?」
「はい。噛み付き魔の出現場所、時間、正体が掴めました。場所は2年凍、夜10〜0時」
要件はそれだけだった。
それに、あんな雑魚の処理など、俺一人で充分だ。仲間など…今回は必要ない。
「ガゼット?…ミラネさん?」
何も事情を知らない結城は、キョトンとして俺とミラネを交互に観ていた。
「じゃあ、結城…また明日」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ユーエル・クロソードは暗闇の空を見上げ、手を伸ばした。
彼女の水色の瞳には見えていた。人には見えない何かが…。
ガゼットの打ち上げた魔法陣が…。
「エル、何観てたんだよ?」
「…あれ」
「…ん?…あれって…魔法陣…か?」
「七瀬にも?」
「ああ、見えるぞ。何だ…アレ?」
星空の下、魔法陣は輝いていた。
不思議な紋様は意味を持つ。
「アレ…挑発…それに、同志募る…学園を破壊するって」
「挑発って…誰にだよ?誰が誰に挑発した?…学園を破壊するって挑発してるのかよ!!」
「分からない。…気高い、私達よりずっと…上位の存在」
「気高い?」
「…哀しい…存在」
考えることが苦手で、行動が先に出る海羅は腕を組んで唸った。
「わっかんねぇよ。気高いのに哀しいのか?」
「…私にも…分からない」
「とにかく、犯人探しだ!!」
「…どうして?私達が?」
「俺達に見えるってことは、俺達が何とかしないといけないってことなんだ!気づいたってことには意味があるんだ」
暴論だが…何故か嫌いになれない言葉に、ユーエルはクスリと笑った。
あまり見ることの出来ないユーエルの笑顔に、海羅も顔を綻ばせた。
犯人探しはただの理由付け…本当は、もっとユーエルに世界を知って欲しくて…もっといろんな表情を観たかっただけだった。
大袈裟なことを言うけど、俺は勇者じゃないんだ。
海羅はユーエルの笑顔を再び観て、それから笑った。