破壊者の捜査
“噛み付き魔”を探す為、まずは情報収集だ。
実習の授業中は、殆ど自由行動だ。
教員の説明の後、各々練習となる。だから教員が回って来た時だけ練習をすれば、基本的に注意は受けない。
だがそんなサボり癖があれば、間違いなく授業にはついていけないだろう。
他の魔導学校と違い、アドラス魔法魔術学園はエリートの集まりだ。
通常の学校が一週間かけてマスターする魔法を、一日で会得するほどの実力が必要とされる。
俺はともかく、クラスAといえども余裕はあるまい。
基本的、実習のある日は一日中実習になっている。
時折座学が混ざるときもあるが…。
今日の授業内容は、魔法陣線の精製及び属性具現魔法の会得だった。簡単に説明すれば、魔法も魔術も魔力をどう変形させるか…で変わる。
魔力をぶちかますだけの行為は、魔導ではあるが魔法でも魔術でもない。
魔力震波などが良い例だ。あれは超微量の魔力放出だ。
それを攻撃に利用すると、それは無属性魔波と呼ばれる。
基本的に魔力放出は魔導機械に多く利用される。攻撃に利用されることは稀で、理由は大量の魔力を消費するから…だ。
直接魔力を放つのだ。当然だろう。
魔導武装を使う人間が多い。
…話を戻そう。
無属性魔波を使う人間は少ない。ならば魔法、魔術とは何なのか?
「ガゼット、答えてみろ」
「はい。魔法、魔術は魔力の流れを変えることにより、魔力の質を変える技術です。今回学ぶ属性具現魔法は火、水などの自然界元素に変換し、もうひとつの具現化魔法は物理的な物へと変換させる上級魔法です」
完璧な答え…まあ教科書を暗記していただけなのだが。
教員は嬉しそうに微笑むと、追加説明を始めた。
「他にも様々な種類の魔法、魔術が存在するが、基本的に使われているのはガゼットの言った二つだ…覚えておくように」
そういえば教員の顔が変わっている。
以前は中年の…マヌケそうな教員だったが…実習では担任が担当するはずだ。
担任が変わったのか?
一通り説明が終わると、各自練習となった。
俺は眼鏡をかけた新しい担任に声をかける。
「新しい担任の方ですか?」
「ああ、ガゼット君は今朝のホームルーム時にいなかったね。私はミライア・レゼ・アルテマータだ。君達クラスAの新しい担任で、元副担任だよ」
金髪の碧眼…くろぶちの眼鏡。なかなかの美青年だった。悪魔に似た色香を持っている。
「アルテマータ…クラス2の担任の方も、同じ名前ですね」
「ソフィアのことかな?私の妹だよ」
ソフィア・レゼ・アルテマータ…確か、結城の担任だった。
ミライアと同じく、金髪碧眼の女だ。
「ほら、自己紹介はいいから…早く練習開始して?」
「はい」
もちろん、命令に従うつもりはない。
情報収集のチャンスだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ちょっといいかな?」
名前は忘れたが、クラスメートの女子に声をかけた。
このての話は女子のほうが詳しいし、女のほうが俺に話してくれやすい。
「が、ガゼット君!何?何でも聞いて?」
「ちょっと違うわよ!ガゼット君は私に話しかけてくれたのよ!!」
争いが始まる。こうなると何か手出ししてしまうと、余計に状態は悪化してしまう。
俺は笑顔で、言い争いが終わるのを待つことにした。
まったく…女とは悪魔より面倒な生き物だ。
…頬が痛い。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そんなガゼットの様子を、ミラネは遠目に観ていた。
珍しくガゼットが絡んでこない為、また雑用をしていた結城と共に、魔法陣線の精製練習をしていた。グラフ無しで…である。
グラフを外したミラネは、右手の指先を宙に突き出し、目を閉じた。魔力の流れを感じ取り、指先に集中させる。
…また…これだ。
自分の魔力の根源は知っていた。
胸の少し下…鳩尾の辺りだ。しかし…ガゼットから力を貰い、それから魔力を使用する度に妙な感じがした。
胸の真ん中にどす黒い力を感じる。
それはミラネの魔力と合わさり、強力にしてくれる。
「これが…悪魔とやらの力か…?」
ガゼット曰く、ミラネは未だ覚醒していないらしい。
覚醒したらどのぐらい力が膨らむのか…興味はあったが、同時に怖くもあった。
亮牙を見た。
力を感じ、驚喜していたが…人を襲うことに苦悩している姿を目撃した。
…俺は…怖いのか?
力が…人間じゃなくなることが、怖い?
自分が特別だなんて思ったことはなかった。ただ、人より少し魔法陣を描くのが早かっただけだ。
だから力に憧れたこともあった。人間であることに、執着を感じたこともないし、感じる機会もなかった。
だけど今思う。
人間でありたいと。
人間でなくなることがこんなに怖いなんて、考えたこともなかった。
「ミラネさん!」
「…ん、ああ…何だ?」
「魔法陣線が…!」
結城に言われて自分の手元を見ると、指先から白銀色に輝く小さな点が生まれていた。
「…!」
慌ててそれをインクに、宙に円を描く。
続けて内部に様々な流れを書き込む…。
これで…!
ミラネはもともとグラフを使えば、属性具現魔法を使うことが出来た。
だから難無く魔法陣を作り上げることが出来た。
「魔法陣展開」
魔法陣が光り輝き、ミラネの作り出した魔法陣に従い、魔法陣が展開されて雷が空を切った。
ゴオオオン…。
轟音が鳴り響く。
雷が消えたとき、不思議と言葉は出なかった。喜ばしいはずなのに…怖い。
「す、すごいです!ミラネさん!!」
結城の祝福に、ようやく意識が引き戻された。
やってしまった。とうとう一線を越えてしまった。
使った…力を。
「…はっ!…っ!」
胸の何かが…広がる。嫌だ…嫌だ。
「嫌…だ」
「ミラネさん?」
ミラネは胸を押さえ、体をくの字に曲げて俯く。
抵抗するミラネの額には汗が浮かび、しかめた顔は苦痛に歪んでいる。
その瞳が…一瞬だけ緑色に変化し、すぐに戻る。
「う…」
ふっ…と体中の力が抜け、ミラネが崩れ落ちた。
結城は慌ててミラネを抱き留めると、ずり落ちそうになるミラネをギュッと強く抱きしめる。
ミラネと結城の体格は殆ど同じだが、それでもミラネは痩せていて、結城の腕にすっぽり収まった。
「ミラネさん!?」
荒いミラネの息を首筋に感じながら、必死に結城はミラネを支えた。
「ガゼット!!」