破壊者の怪談
「ね、知ってる?最近校舎に幽霊出るって…」
「あ、聞いた。女の幽霊でしょ?狂ったみたいに追いかけてくるって…」
聞き慣れない噂…また新しい怪談だろうか?
七瀬海羅は興味半分、呆れ半分にその話を聞き流していたのだが、ユーエル・クロソードことエルがソワソワしたのを敏感にも感じ取り、しばらく黙り込んだ後にその少女達に近づいていった。
因みに現在海羅がいる場所は教室ではなく、必然的に様々なクラス、学年の生徒が集まっていた。
クラスが極端に低い生徒なら気をつける習慣があるのだが、Kクラスの海羅は気づかない。相手のベストに刺繍されたAの文字に。
「なぁ、あんたら」
「あんたら…?」
女子二人は顔を見合わせると、汚いものでも見るような目つきで海羅を見た。
「無礼なこと…このマーク見えないの?立場を弁えなさいよ」
「Kの分際で…」
「は?…いや、俺はただ聞きたいことがあっただけで…」
「喋ることは許可するけど?…敬語くらい使いなさいよ」
高飛車で高慢な二人の態度に海羅が呆然としていると、救いの声が聞こえた。
「おい…話ぐらい聞いてもいいだろ」
冷たく、空気を割り裂くような独特の冷えきった声。
低めの声。
ミラネ・ラグフォードの声だった。
「み、ミラネ様…っしかしこの者は」
「同級生を様付けで呼ぶな。…ついでに少しはガゼットを見習え」
「ガゼット君は特別だから…」
海羅は何も口出し出来ない。ただミラネが味方をしてくれていることは分かった。
ミラネ・ラグフォード…魔法陣精製携帯型装置を使っての魔法陣の高速精製を得意としている。
最近になって飛躍的に上がった魔力と、ガゼットの親友?ということで有名だ。
冷めた視線をしていて、何故か一部の信仰者から「ミラネ様」と呼ばれている。
…ガゼット・エルゲロ・レージュスタ・サロは異常だった。
人道的に完璧な性格、成績では常に最上位に最高記録を残す。アドラス魔法魔術学園で彼の名前を知らない者はいないに等しかった。
入学して一月の段階で…である。
「…最近夜、校舎に幽霊が出るって噂があるんです」
少女達はあくまでミラネに向かって、海羅には見向きもせずに語りだす。
「その幽霊は女の子で…うちの学園の制服を着ているみたいなんです。ずっと追いかけて来て…捕まった人の首筋を噛むらしいです」
「…首筋?」
ミラネが眉をひそめて首を少し捻る。
「…おい、もういいのか?」
「あ、ああ。ありがとう!」
海羅が慌てて感謝を述べると、少女達は最後に海羅を一瞥してから去って行った。
残されたミラネに、海羅は頭を下げた。
「ありがとな!俺達のために」
俺達…というところで、海羅はユーエルの肩を抱いた。
「…別に。俺も良い話が聞けた」
「………死神」
ユーエルがボソッと呟く。その言葉にミラネが過剰な反応を見せて固まった。
「何だ?」
「……半分だけ?………どうしたの?」
「…お前には関係ない」
急に突き放す物言いをすると、ミラネは用は済んだ…とばかりに歩き去ってしまった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
魔力は廻っている。
人の寿命が尽きた時、俺は生まれた。
彼が俺を殺したのは、きっと俺を恐れたからだ。
俺はスリートの親友だった。
スリートは俺を殺した。スリートは怖かったんだ。
俺が真実を知った時、どんな行動をとるか知っていたから。
「ガゼット」
「…っ!…なんですか?」
気づかなかった…?
ミラネが部屋に入ってきたことにすら気づけなかった。
「怪談…聞いたか?首筋を噛む幽霊」
「…ああ、正体の見当はついている。噛まれた人間をあたってみたが、契約は交わされていない。…おそらく、ただの吸血作業だ。…となると契約能力を持たない下級悪魔の仕業だ」
「下級?…亮牙が最近襲っている人間の誰かが覚醒したということか?」
「…だが通常の下級ならば…契約を交わした上級、中級悪魔の命令に従うはず…奴らには反抗するという意志がない」
幽霊などと騒がれている以上、ある程度知識と自我を持ち、生徒に捕まらないように上手く立ち回っているのだろう。
それに…確かに数日前に覚醒した亮牙に人間を襲わせてはいるが、人間らしさを完全に捨て切れない亮牙は、未だに人を“噛む”ことに抵抗を覚えている。
まったく…面倒な生き物だ、人間は。
あれだけ力を得て喜んでいたというのに、未だに決心がつかないとは…。
だが今回はそれが幸いした。犯人が絞りやすい。
「行くぞ」
「何処に?」
「授業に決まってますよミラネ君。次は実習でしょう?」
「……」
さて…犯人は分かった。だが…何故勝手な行動をとれる?そこが分からない。
…誰か…この学園に…破壊者に気づいた人間の中に、俺を阻害しようとする馬鹿がいるようだ。
面白い。