破壊者の迷い
まったく…何故こう…想定外のことばかり起きるのか…。
肩に担いで来た伊沢亮牙をベッドに落とす。予想外に軽かった。
ぽすんっと俺のベッドに横たわった亮牙は、息荒く目を閉じて呻いていた。
魔力に対してブラッドの魔色が合わなければ、拒絶反応を起こす。
俺の血筋はガゼット・ブラッド、翡翠色の魔色を持っている血だ。
瞳の色に反映される魔色。ガゼット・ブラッド適合者は希少価値が高い。
故に力も、他の血とは比べものにならないだろう。
「ミラネは…適合しただけマシだったというわけか」
「何の話だ?」
問いかけてきたのはミラネ。俺の背後にいて、先程から責めるような視線で睨みつけている。
「ずっと聞きたかった。お前、俺や伊沢に何をしているんだ?」
「以前説明したはずだ。契約だと」
「お前に逆らえない契約だってことは分かってる。だが対価として俺が受け取るべき力が俺にはない。…それに、力って何だよ?」
仕組みを知りたい…ということか?
ミラネの目はいたって真剣で…翡翠色ではない。
知らせることで覚醒への手助けになるのなら…無知が覚醒を妨害しているのなら…いいだろう。
「俺が人外の者だということは、知っているな?」
「…残念ながら」
「俺達は死神とも、吸血鬼とも、破壊者とも、邪神とも呼ばれるが、一番分かりやすいのは…悪魔」
神話上の生き物。誰がその名前を俺達につけたのかは分からない。
ただ、悪魔と表現したのは上手い。
「悪魔は血を与えることで、人間を悪魔にする。そこに主従の関係が生まれるわけだ。俺と…貴様のように」
「待て…お前の話だと、俺は悪魔なのか?何の変化もないが…」
「ああ…それは貴様とガゼット・ブラッドの相性が完璧に良かったわけではないからだろうな。覚醒が遅いだけまだマシだ。こいつに比べれば」
こいつ…というところで亮牙を示す。
荒い息を繰り返しながら、亮牙は薄く目を開けた。話は全て聞いていただろう。
「はっ…悪魔なんてものが実在するなんてな…」
「…知りたがったのは貴様だ」
「違ぇねえ」
ハハ…と乾いた笑い声を上げると、亮牙は眉をしかめた。
痛みが定期的に訪れているようだ。
「で…適合失敗したらどうなる?」
「…下級悪魔…狂った化け物に成り下がる。雌個体ならば死に至ることもあるだろうが、雄個体が死ぬことはない」
「…全く安心出来ない言葉、ありがたいぜ」
皮肉のつもりだろうか…それにしても、人間は何故怒らないのか?
俺に強制的に契約されたんだ。反攻してきても良い気がする。
…選別を…間違っていたのか?
この二人が俺と同じ力を持つ立場まで上り詰めた時……。
「…馬鹿馬鹿しい」
右手に掴んでいたクラスAのベストを投げ捨てた。
地位を誇示するものなど必要ない。俺は遊びに来たわけじゃない。
…上級悪魔を求めて…そして友情物語を演じて…目的を果たす為だけにいる。
…本当に?
―「死んでくれ」。
声が聞こえた。
何時だって俺の中にある声。君の顔。泣きそうな顔。
ああ、今だったら分かるよ。どうしてお前が俺を殺したかったのか。
「ガゼット?」
「…僕は授業に戻ります。亮牙君のことは上手く言い訳しておきますよ」
本当に…
馬鹿馬鹿しい。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「あ…私」
夏目夏樹は白いベッドの上で目を覚ます。保健室だ。
保健室には本来ないピアノ。その前に雨英の姿はあった。
白衣を肩にかけたまま、いつも通りだらけた格好で、しかしピアノを弾く彼の姿は、普段とは掛け離れて引き締まっていた。
「…お、夏目。目が覚めたか?」
「雨英先生?」
「まだ疲れてるなら寝ていけ。治療魔術は終了してるが」
しっかりと意識があることを確認すると、雨英は教師らしく心から安心した笑みを浮かべた。
「いえ、私大丈夫です…先生、私どうして保健室に?」
「倒れてたらしい。何か覚えてないか?変わったこととか」
変わったこと…夏樹は頭を捻る。
抜け落ちたように、倒れる直前の記憶がないのだ。
教室を出て、寮に戻ろうとしたらガゼットを見かけた。
追いかけて挨拶をすれば、向こうもこちらを覚えていてくれたようで、爽やかな笑みをくれた。
言葉を交わして…別れて…それから?
「…思い出せません。私…どうして」
「いや、無理に聞き出す気はない。…疲労の可能性も否定出来ない。頑張るのもい〜が、休息も大事だぜ?俺みたいに」
ナイトが否定するように鳴いたので、夏樹は苦笑した。
「先生は休息のとりすぎですって」
「お、お前なぁ…ったく、そこまで元気なら授業出れるな。担任への連絡はしておく。折角クラスAに入れたんだ、魔導に励め」
「…はい!」
夏樹が元気良く飛び出して行くのを見届けると、雨英は溜息をついて回転椅子に腰を落とした。
胸ポケットから煙草を取り出して、くわえる。一度大きく吸い、白い煙を吐き出した。
「分かってるさ、ナイト。俺にどうしろってんだ?」