破壊者の選択肢
「おや…夏目夏樹はどうした?」
翌日の授業、夏目夏樹…クラス選別のとき、俺に馴れ馴れしくしてきた女はいなかった。
…あいつもクラスAだったのか。見かけによらない。
「あの、先生」
「ん、水野…そういえばお前は夏目と親しかったな。何か知らないか?」
「夏樹は…昨日の放課後に倒れていて、私達で見つけて、保健室に…」
保健室に行ったのなら、保健教員がいるはずだ。何故連絡が担任にいっていないのか…。
「連絡が来ていないぞ…雨英先生か。あの人はいつもそうだ。責任感が欠如している」
「……」
何故他人のことを、お前が決め付けて評価する?
責任感など目に見えないものだ。
本人にしか、その有無は分からない。
「まあいい、授業を始める」
隣で亮牙が欠伸をしていた。まだ一限目なのだが…?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「おい…お前」
「……」
「おい!」
「……」
「っ…ガゼット」
「何ですか?」
ミラネは名前を呼ぶのが苦手らしい。だが俺は名前で呼ばれたい。それが有るべき友人のカタチだ。
だから名前を呼ぶまで、声をかけられても無視するようにしている。
「お前、何か知ってるんじゃないのか?」
「何を?」
授業が終わり、次は実習だ。座学の教室から人が一斉に出てくる。
その人混みの中では声が聞こえにくい…だろう。俺はともかく、まだ人間であるミラネには。
だから余計な言葉の重複を避ける為、俺はミラネの腕を掴むと、人のいない場所を目指して進む。
しばらくすると、人の気配がない場所に着いた。
中庭の近くの廊下。
忙しい生徒達は、憩いを目的に中庭に来る程暇ではない。
「それで?」
「夏目夏樹のことだ」
「…また随分疑われたものですね。僕が何かをした…と?」
いきなりミラネは俺の肩を押して、中庭と廊下の境界にある太い柱へ俺を押し付けた。
背中に強い衝撃。続けて柱の冷たさが伝わってくる。
逃げ場を失った俺を覗き込むようにして、ミラネが睨みつけてきた。
「…その気色悪い話し方を止めろ。ここには俺とお前だけしかいない」
「…フン、貴様は何を根拠に俺を疑っている?友人として…友人を疑うのはどうかと思うが?」
「夏目夏樹は魔法予備校で欠科が一つもなかったことが評価されて、アドラスに入った。体調を崩すなんて有り得ない」
「…有り得ないことが起きるのが、貴様等人間の人生…なのだろう?」
「俺はクラス選別のとき、夏目と闘った。弱かったよ。あいつは治療魔法が得意なんだ…俺の言いたいこと、分かるよな?」
…成る程。
そこまで自信があるのなら、ミラネの考えを覆すことは難しいだろう。
降参してやることにする。
「正解だ。俺の所業だよ…夏目夏樹を“噛んだ”」
「お前…」
「そして俺の予想も正解だった。やはり雌個体ではガゼット・ブラッドには堪えられない。残念だが夏目夏樹は死ぬ…もしくは、奇跡的に下級悪魔にはなれるかもしれないな」
そろそろ鬱陶しいのでミラネを体の上から退けた。
「術式精製」
素早く右手で術式を組むと、構成した魔力結晶の形をナイフに変換する。
浮遊するそれを掴むと、俺は躊躇せずにそれを投げた。
ヒュッと風を切る音。それに続いた音は、期待していた肉を突き刺す音ではなく、何かに阻まれる音だった。
ミラネが漸くその存在に気付いたらしく、そちらを見た。
「おっと…お楽しみ中だったかぁ?」
「…伊沢亮牙」
ナイフを魔法障壁で受け止めていたのは、伊沢亮牙…。
相変わらずな笑みを浮かべ、いつからなのか、少し離れた柱の陰に立っていたようだった。
…話は変わるが、亮牙を見ると獅子を思い出す。
獰猛だが、かわいい猫だ。
「いつから…」
「全部聞かせていただいたぜ。…あんた等一体何者?」
ふとミラネを見ると、彼は複雑そうな顔をしていた。
さしずめ、俺の悪事が公になるのは嬉しいが、自分が仲間だとか思われるのが嫌だ…というところだろう。
残念ながら仲間だ。
精神面でも、肉体面でも、ミラネはすでにこちらがわだ。
ただ発症…いや、覚醒していないだけ。
「しかし…困るな」
亮牙がばらしてしまっては困る。
…ということは、今俺にある選択肢は二つだ。
別にどちらを選んでもいいのだが、折角だ…本人に…。
「何が困るんだ?」
「…亮牙君、君は僕の正体が知りたいですか?知りたくないですか?」
選択肢1…何も教えず、殺害する。
「はぁ?…知りたいから聞いてんだよ」
「そうですか」
ナイフは魔法障壁に突き刺さったままだ。障壁は一枚。
……簡単だ。
「術式展開」
ナイフが弾け、魔力結晶が術式に戻る。
魔術式が魔法障壁の前に展開され、組み変わる。
魔力結晶を作るものではなく、攻撃的なものへと変化し、爆発した。
「な!…うぐっ!」
吹き飛ぶ亮牙が壁にたたき付けられた。
その隙を俺は見逃さない。
再び魔術式を組む。頭上に集結した不可思議な模様達は、氷の槍を幾つも精製した。
「っ!…おいガゼット!やり過ぎだ!」
「ぐ…あっ!あぁあぁあ!!」
指を鳴らすと美しい槍が飛び、亮牙を幾度も貫き、壁に縫い付けた。
急所は狙わない。
選択肢2…裏切らないようにしてから、教える。
「貴様の望み通り、次目覚めた時に教えてやろう」
血まみれの亮牙に近づき、膝をついて視線を合わせた。
ゆっくり首筋を目指し…、
「まさか…お前!」
噛み付いた。
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