消えない想いをチョコレートみたいに溶かして
「亜里沙って、誠也のこと好きでしょ」
「ち、ちがうよ!」
慌てて否定をしてくる様子に、私は確信した。
そして動揺した。分かりきっていた答えになぜか深く傷ついた、自分に。
亜里沙や誠也とは、小学校からの友達だ。
といっても、二人は6年間クラスが一緒だったが、私が同じだったのは最後の2年だけ。
二人の関係性をよく知らなかった私は、二人の距離があまりの近さに、初めは目を見張った。
「ひじき、ひじき!」
朝、ランドセルを置いて椅子に座った誠也のもとへ一目散に駆け寄った亜里沙は、彼の髪を引っ張ってそう言った。
「なんじゃそりゃ。髪が黒い日本人ならみんなひじきじゃないすかー」
「それはそう。おはよ、誠也」
「おはよう、亜里沙」
この一連のおかしな流れが、二人にとっての挨拶だったのだ。
赤毛のアンじゃないんだから......と、私は呆れた。
なんだ、この二人。
「あの二人はね、ずっとああなの」
二人の過去を知るクラスメートに尋ねると、そんな答えが返ってきた。
「亜里沙がちょっかいかけて、誠也がノリながらも受け流す。小1の頃からずっとなの。二人はね、まったく変わらずここまで来たんだよ。」
クラスメートは遠い目をする。
「一時期は、付き合ってるんじゃないかってからかわれたこともあったんだけど、それでも変わらなかった。二人はね、トムとジェリーだったんだよ」
何かちがくないか?と思ったが、私はわざわざツッコまなかった。
初めこそ亜里沙を不思議な女子だ、と思った私だったが、時が経つうちに、いつのまにか彼女の隣にいる時間が1日で一番楽しくて、でもあっという間に過ぎてしまうようになった。
「ミコー!」と私を呼ぶ天真爛漫なその笑顔に胸の奥が熱くなったことが、一度や二度ではない。
中学生になり、亜里沙は初めて誠也とクラスが分かれた。
「誠也とクラス違うのかあ。でも、ミコが一緒ならいいや」
100%本音な彼女の言葉に、私は胸が弾んだ。なのに。
「誠也、サッカー部に入るんだって!あたしはどうしよう」
「なんか誠也、英語の小テストで0点取ったらしい。やばくない? 20問、全バツだよ」
「最近誠也に会わないなあ。元気してるかなあ」
口を開けば誠也、誠也、誠也。
ねえ、亜里沙。あんたの目の前にいるのは誠也じゃない。ミコだ。
その声が「誠也」という単語を発するたび、私はリアクションが一拍遅れた。
中3の夏、私は昼ごはんを食べながら、さりげなく聞いてみた。
「亜里沙って、誠也のこと好きでしょ」
「ち、ちがうよ!」
一気に赤くなった亜里沙の耳を見て、一筋の希望も消えた。
......希望?
私はただ、確かめたかっただけだ。誠也に対する感情が恋愛的なものなのか、子どものじゃれあいの延長なのか。本当はどっちなのか、分かっていたくせに。
なのに、なぜか。
好物なはずのから揚げの味が、しなくなった。
次の日の昼、二人で弁当を広げていると、亜里沙が神妙な面持ちで話し出した。
「ミコ。あたし昨日、一日中考えてみたらさ、気づいちゃったんだよ」
「何?」
「あたし、誠也のこと、好きなのかも」
私の耳元で、亜里沙は早口にささやく。
その瞬間、私は息を吸うのを一拍忘れた。
ゲホッ、とむせる。
「えっミコ、大丈夫?!」
大丈夫ではなかったけれど、いつもの表情をはりつけて、私は言った。
「今頃ですかあ?」
私はその日、亜里沙と同じように気づいてしまった。自分の気持ちに。
ただの独占欲だと思っていたものが、そうではなかったのだ。
正体のわからなかったその感情は、名前が付いた途端に行き場を失った。
「参ったなあ」
そう呟かずにはいられなかった。
そうして眠れない夜を繰り返し、散々考えた末に、私は一つの結論に達した。
亜里沙と誠也をくっつかせて、きっぱり諦めよう。
大切な人の初恋が叶うほど嬉しいことなんて、ないじゃないか。と、そう信じないと、亜里沙の横にいられない気がしたのだ。
決意してからは、息をするのがいくぶんか楽になった。
二人で受験を乗り越え、あっという間に時が流れていき、私たちは高校生になった。
でも亜里沙は一向に告白する勇気が出ない。
「小学生の時の行動のせいで振られたらどうしよう」と、いつも嘆いてくるのだ。
「いや、いけるって。今までの威勢はどうした!!」
「中学においてきた......!」
そんな調子の亜里沙だったが、2月のある日、ついに覚悟ができた。
放課後の帰り道に告白する。そう宣言した亜里沙の瞳はとても力強かった。
しかし驚いたことに、その日の昼休みに、誠也は同じクラスの女子に告白され、二人はそのまま付き合ってしまった。
笑えない冗談だ。
ワンワンなきじゃくる彼女をなだめながら、私は考えていた。
あと一日、早かったら。そうしていたら、今頃見られたのは亜里沙の笑顔。嘘偽りのない、100%の笑顔だ。
「ごめん、ミコ。せっかく、応援して、くれたのに」
びしょ濡れの亜里沙の顔を、私はハンカチで拭う。
「亜里沙、あのね」
私は亜里沙を、一番の友達だと思ってる。親友だって、そう信じてる。だから、毎日お弁当を食べて、放課後寄り道して、休みの日も一緒で。それだけで、十分じゃないかって。――誠也なんて、いなくても。
そんな言葉を、私はまるごと飲み込んだ。
「大好きだよ」
「あり、がと」と、ぐちゃぐちゃになった顔でニィっと笑った亜里沙は、きっとその本当の意味を知らない。
バレンタインの前日。
「明日、ミコにはブラックチョコあげるね」
「え、ありがと。私甘いのはちょっとあれだけど、ブラックなら超嬉しい。あ、板チョコでいいからね。そしたら私、なんの罪悪感もなくホワイトの板チョコあげられるから」
「ふふっ、おっけ。ありがとね」
「そうだ。あのさ、誠也にはどうするの?」
どうしても聞いておきたくて、私は小声で尋ねた。
「いつも通りあげるつもり。あっでも、いつ渡せばいいかな」
なんでもないように答える亜里沙に、ホッとする。
「彼女さんは明日も塾らしいから、放課後チャンスだと思う」
「わかった」
そして当日。委員会の仕事を済ませた私は、一人で教室を出た。
下駄箱で靴を履き替えていると、「亜里沙!」と叫ぶ誠也の声が聞こえる。
校門近くに彼の後ろ姿が見えたので、私は急いで二人を追った。
少し走ったところで私は追いつき、見つからないように距離を取りながら傘で顔を隠す。亜里沙と誠也が揉めているように見えたが、雨で二人の声がかき消される。
目を凝らしてよく見てみると、亜里沙が右手に小さなピンクの包みを持っていた。あれは今朝、誠也が付き合い始めた彼女からもらったチョコだ。それをなぜ、亜里沙が持っているのだろう。心臓の鼓動が速くなり、傘を持つ手に力が入る。すると突然、
バシャン。
水たまりに、ピンク色が落ちた。
刹那、全員の動きが止まった。
初めにその縛りから解かれたのは亜里沙で、しゃがんで手を伸ばすが、誠也はそれを跳ねのけ、自分で拾い上げる。
その後ろ姿に、いつもの優しさは見えなかった。
誠也は一瞬、亜里沙と目を合わせた気がしたが、そのまま何も言わずに去っていった。だが、亜里沙は動かない。私がためらいながらも足を踏み出した途端、亜里沙はゆっくりと歩き出した。
ゆっくり前に進みながら、鞄を開ける亜里沙。うつむいたその顔は見えないが、泣いているのかもしれない。
そして動作がピタッと止まった。
「こんなもの、こんなもの!」
そう叫んだ彼女の右手には、水色のラッピング袋が。それが見えた瞬間、私は考えるより先に走っていた。
「亜里沙っ」
亜里沙の右腕をつかんだ私は、ゼエゼエと息を吐く。
「私、お腹空いちゃったから、捨てるくらいならそれ、くれない?」
バレバレの嘘をごまかす余裕もなかった。
「ミコ……」
「これあげるから、物々交換。いいでしょ?」
私は彼女の右手から袋を取り、代わりにポケットに入っていた個装のチョコをのせた。
「あと……」
言うべきか迷いながら、私は口を開く。
「……ねえ、亜里沙。今行かなかったら、きっと後悔する。」
二人が仲違いするのは構わない。むしろ、そのままずっと変わらなければいいとさえ思う。
でも、亜里沙の恋がこんな形で終わってしまうのはダメだ。そんな終わり方じゃ、この私が納得できない。
「み、みこぉ」
「ほら泣かない。いや、やっぱり泣いてもいい。泣きながらでもいいから、行ってこい」
私は泣きじゃくる亜里沙の背中に手を置き、それから押し出した。
走っていくその背中が、とても遠くに感じる。手のひらの温度が残り、雨の音だけが響いた。
家に帰り、私は鞄を投げ捨てて亜里沙のバレンタインチョコを開いた。 生チョコが6個。手作りらしく、形が一つ一つ違う。
1つ摘まんで口に入れると、チョコの甘さの奥に、ココアの味が残った。
あと1つ食べたら残りは夕食後にとっておこうと思い、指を伸ばすと、ラッピング袋の底に小さな白い紙が目に入った。
「なんだろう」
折り畳まれていたその紙を開いてみる。しかし何も書かれていない。
「……?」
もっとよく見ようと顔に近づけると、柑橘系の香りがふわりと漂った。
もしかして。
私は紙を持ってガスコンロの前へ行き、そっと火にかざす。
すると――
『好き』
茶色い2文字が、浮かび上がった。
亜里沙らしいな、と思う。こんなのじゃ、気づかないかもしれないのに。
でもきっと、だからこそだ。伝わらなくてもよかったんだろう。
それに気づいた瞬間、私は自然と笑っていた。
不器用で、遠回りばかり。
だけど、「本音と建て前」という区別をせず、自分にどこまでも正直に生きる。
その眩しさに引き寄せられた私は、そんな真っ直ぐな人を、丸ごと好きになったのだ。
座ってもうひとつチョコを口にすると、さっきよりも苦みが心にしみる。
きっと、いろんなことを考えながら作ったのだろう。
ブブッ、とスマホの通知が鳴り、開くと亜里沙からメッセージが。
「許してもらえたよ!」
嬉しいわけじゃなかったが、不思議と口元が緩む。
「よかった」とだけ送った私は、友チョコとして亜里沙からもらったブラックチョコを口に放り込んだ。太るかも、なんて邪念はもう、私には届かない。
この後味の苦さが、ちょうど良いのだ。
男女の恋より、友情の方が長く続く。だからこのままでいい。そうしたら私は、ずっと亜里沙の隣にいられるから。
茶色い二文字が、ぼやけ始める。頬を雫がつたう感触があって、
「しょっぺ」
その瞬間、紙がにじんだ。
亜里沙sideの「ビターチョコレート」も、是非読んでみてください




