第8話:猫の街の舞踏会
その街は、石畳の坂道と、無数の路地裏で構成されていた。
そして何よりの特徴は、住民よりも「猫」の方が多いことだ。
「ニャー!」
「ミャーオ!」
至る所に猫がいる。屋根の上、ベンチの下、店の看板の上。
そして、私の肩の上には、震える小鳥が一羽。
「チチッ……『ココ、地獄? 俺、食ワレル?』」
マロンが涙目でアルト師匠の襟元に隠れようとする。
鳥である彼にとって、ここは敵地ど真ん中だ。
「大丈夫だよマロン。俺が守ってやるから」
アルト師匠が苦笑しながらマロンを撫でる。
その時、一匹の黒猫が私たちの前に現れ、二本足でスッと立ち上がった。
「ようこそ、詩篇姫一行。我らが王がお待ちかねだニャ」
「えっ、喋った!?」
アルト師匠が目を丸くする。
この街の猫たちは、どうやらただの猫ではないらしい。
案内されたのは、街の地下にある巨大な広場だった。
そこでは、人間サイズの猫たちが、優雅にダンスを踊っていた。
猫の舞踏会だ。
「王の悩みを聞いてほしいニャ。その代わり、この舞踏会に参加してもらうニャ」
黒猫に渡されたのは、猫耳のカチューシャと、猫の仮面。
郷に入っては郷に従え。私たちはそれを着けることにした。
「……どうかな、ココロン。似合う?」
アルト師匠が猫耳をつけて振り返る。
栗色の髪に黒い猫耳。……反則的に可愛い。
18歳の少年のあどけなさ、と猫の愛らしさが融合している。
「ええ、とても。……マロンがいたら、嫉妬して突っつきそうですね」
(※マロンは安全のため、入り口で預かってもらった)
「ココロンこそ……その、すごく似合ってる。ていうか、ヤバイ」
アルト師匠が顔を赤くして視線を逸らす。
私も白猫の耳をつけていた。ドレス姿に猫耳というのは、少し恥ずかしいけれど。
奥の玉座には、ふくよかな三毛猫の王が座っていた。
王は深いため息をついていた。その喉元には、ピンク色の毛玉のような「言葉」が詰まっている。
「……悩みとは、何ですか?」
私が尋ねると、王は悲しげに答えた(黒猫が通訳した)。
「私は、人間の女性に恋をしてしまったニャ。パン屋の看板娘、マリーさんだニャ」
「でも、私は猫だニャ。言葉が通じないニャ。『好きだ』と伝えたくても、『ニャー』としか言えない自分が情けないニャ……」
種族の壁と言葉の壁。
王は自分の「猫であること」を呪い、自己嫌悪に陥っていた。
魔法で言葉を抜けば、彼は楽になるだろう。でも、それでは恋は成就しない。
「言葉なんて、いらないんじゃないか?」
アルト師匠が言った。
「え?」
「言葉が通じなくても、気持ちを伝える方法はあるだろ? ほら、ここには音楽があるし、ダンスがある」
アルト師匠は王の手を取った。
「ダンスで伝えればいいんだよ。『君が好きだ』って。言葉よりも、ずっと強く伝わるはずだ」
「でも、私はダンスなんて……」
「大丈夫です。私がお教えします」
私は王の手を取り、ステップを踏んだ。
最初はぎこちなかった王も、次第にリズムに乗り始める。
彼の瞳に、自信の光が戻ってくる。
***
そして、運命の時間。
招待されたマリーさんが、会場に現れた。
彼女は猫たちの舞踏会に驚いていたが、王が近づくと、優しく微笑んだ。
「あら、いつもの猫ちゃんね。今日は素敵な格好をして」
王は深呼吸をし、彼女に手を差し出した。
言葉はいらない。ただ、真っ直ぐな瞳で。
「……踊っていただけますか?」
そう言っているのが、私にもわかった。
マリーさんは嬉しそうに頷き、王の手を取った。
二人は踊り出した。
種族を超えた、美しいワルツ。
王のステップ一つ一つが、「愛している」と叫んでいた。
マリーさんも、それを感じ取っているようだった。
その時、王の喉元からピンク色の毛玉がふわりと浮き上がった。
自己嫌悪が消え、純粋な愛へと昇華されたのだ。
アルト師匠が歌う。
♪――
言葉はいらない 瞳を見れば
マタタビよりも 君に夢中
爪研ぎバリバリ 愛の証
君の膝の上 そこが僕の特等席ニャー
最後のアドリブの「ニャー」に、会場の猫たちが一斉に歓声を上げた。
「マタタビより夢中」というフレーズが、猫たちのハートを鷲掴みにしたようだ。
毛玉は光となって弾け、二人の頭上に降り注ぐ祝福の紙吹雪となった。
「ありがとうニャ! 勇気が出たニャ!」
ダンスの後、王はマリーさんに抱きしめられ、幸せそうに喉を鳴らしていた。
言葉は通じなくても、心は通じ合っていた。
帰り道。
マロンを回収した私たちは、夜風に当たりながら坂道を下った。
「あー、疲れたけど楽しかったな」
アルト師匠が伸びをする。猫耳はまだ着けたままだ。
「チチッ! 『ズルイ! 俺モ猫耳ツケタイ!』」
「お前は鳥だろ! 食われるぞ!」
マロンとアルト師匠の漫才を見ながら、私はクスクスと笑った。
言葉がなくても伝わるもの。
私とアルト師匠の間にも、そんな絆が育っているといいな。
そう思いながら、私はそっと彼の手を握った。




