第6話:星降る夜の迷子たち
アルト師匠とマロンが寝静まった深夜。
私はテントを抜け出し、森の奥で手鏡を取り出した。
鏡面に波紋が走り、妖艶な美女の顔が浮かび上がる。
『……遅いわね、ココロン。定時連絡の時間よ』
ヴァイオレット様だ。
私は膝をつき、頭を垂れる。
「申し訳ありません。移動に手間取りまして」
『言い訳はいいわ。今月の回収率はどうなっているの? 先月よりも下がっているじゃない』
彼女の指摘はもっともだ。
アルト師匠と一緒にいると、どうしても「言葉(反省文)」を回収するのではなく、浄化(改竄)してしまうことが増える。
システム上は「未回収」扱いとなり、私の評価は下がる一方だ。
『あの吟遊詩人のせいかしら? 最近、あなたの周りで奇妙なエネルギー反応が観測されているわ』
ドキリとした。
アルト師匠の歌の力が、管理者に感知され始めている。
「い、いいえ。彼はただの旅の道連れです。私の能力不足です」
『ふうん。まあいいわ。来月は倍のノルマを課します。達成できなければ……その少年ごと処分するわよ』
通信が切れる。
私は鏡を抱きしめ、震える息を吐いた。
バレてはいけない。私が彼を守らなければ。
***
テントに戻ると、アルト師匠が起きていた。
焚き火の前で、毛布にくるまって空を見上げている。
「……どこ行ってたんだよ、ココロン」
「少し、散歩を。目が覚めてしまって」
私は嘘をつき、彼の隣に座った。
パチパチと、焚き火が爆ぜる音が心地よい。
頭上には、こぼれ落ちそうなほどの満天の星空が広がっている。
「うわぁ……すげえ」
アルト師匠が空を見上げた。
焚き火のオレンジ色の光が、彼のあどけない横顔を照らしている。
18歳の彼は、昼間は背伸びをして「師匠」として振る舞っているが、こうして静かにしていると、年相応の少年に見える。
「本当に。まるで宝石箱をひっくり返したようですね」
私は温かいハーブティーをマグカップに注ぎ、彼に手渡した。
震える指先を隠すように。
「ありがと、ココロン」
彼はカップを両手で包み込み、ふーふーと息を吹きかける。
その仕草が可愛らしくて、私はつい微笑んでしまう。
この笑顔を守るためなら、私はどんな汚い仕事でもする。ヴァイオレット様の命令にも従う。
「ねえ、ココロン。あの星のどれかにさ、俺たちの運命も書いてあるのかな」
アルト師匠が唐突に言った。
彼は一番明るく輝く星を指差す。
「俺はさ、いつかココロンと、あんな風にキラキラした場所に行きたいな。悲しい言葉なんてなくて、ただ綺麗な歌だけが流れてるような場所」
彼の言葉は、詩的で、どこか切実だった。
この世界は、悲しむことがルールとされている。
けれど彼は、その先にある「光」を常に見ている。
「……ええ。いつか、行けるといいですね」
「行けるよ。俺が連れて行く」
彼は私の方を向き、真剣な眼差しで言った。
その瞳は、星空よりも深く、強く輝いていた。
ドキリとする。
いつの間に、こんな顔をするようになったのだろう。
私の知っている「生意気な子供」は、少しずつ、けれど確実に「一人の男性」へと成長している。
良い雰囲気だった。
風が止まり、世界に二人きりになったような静寂。
アルト師匠が、そっと私の手に触れようとした、その時。
「チチッ! 『手繋ギタイ! キスシタイ! 抱ッコシテ!』」
空気を読まない第三の声が響き渡った。
アルト師匠の肩で寝ていたはずのマロンが、いつの間にか起きて叫んでいる。
「うわあああっ!!」
アルト師匠が飛び上がった。
マグカップの中身がこぼれそうになり、彼は慌ててそれを立て直す。
「マ、マロン! お前、寝てたんじゃなかったのかよ!?」
「『キスシタイ! チュッ!』」
「やめろおおお! 違う! 俺はそんなこと考えてない! いや、ちょっとは考えたけど、でも今は雰囲気を大事にだな……!」
顔を真っ赤にして弁解するアルト師匠。
さっきまでの「頼れる男」の雰囲気はどこへやら。完全にパニックになった子供の姿だ。
私は吹き出しそうになるのを堪え、ニヤリと笑って彼を覗き込んだ。
「あらあら。**アルルン**はませてますねぇ」
「……え?」
聞き慣れない呼び名に、アルト師匠が固まる。
「お姉ちゃんに話してごらん? そんなにキスしたかったの?」
「あ、アルルンって……! やめろよその呼び方! 俺もう子供じゃないぞ!?」
「ふふ、顔が真っ赤ですよ、アルルン。可愛いですね」
「ううう……ココロンのいじわる……」
アルト師匠はガックリと項垂れ、毛布を頭から被ってしまった。
マロンが「チチッ(ドンマイ)」と慰めるように彼の頭に乗る。
私は夜空を見上げ、声を上げて笑った。
星たちが、私たちを祝福するように瞬いている気がした。
こんな賑やかで温かい夜が、いつまでも続けばいいのに。
ヴァイオレット様の脅しなど、忘れてしまいたい。
心から、そう思った。




