第27話:紫の雨と、ポンコツな潜入者たち
私たちは、天界への入り口である「空中都市セレスティア」のゲート前に到着した。
ここを抜ければ、女神の待つ「光の階段」だ。
「よし、ここは俺に任せろ。スマートに突破してやる」
アルト師匠が自信満々に前に出た。
彼はゲートの前に立ち、スッと手をかざす。
「開け、ゴマ!」
……シーン。
ゲートは微動だにしない。
「あれ? おかしいな。映画だとこれで開くのに」
彼が首を傾げながら、無理やりこじ開けようと手をかけた瞬間、ウィーンとセンサーが反応し、ゲートが閉まった。
ガシャン!
「痛ってぇぇぇ! 挟まった! 指挟まった!」
アルト師匠が涙目で指を振る。
スマートどころか、完全に不審者だ。
「もう、師匠ったら。私がやります」
私はセキュリティパネルの前に立った。
元・執行官としての知識がある。これくらい簡単だ。
えっと、パスコードは……。
ピピッ。ブブーッ!
『警告:侵入者ヲ検知。自爆モードニ移行シマス』
「ええええ!? 自爆!?」
私はパニックになった。
どうしよう、どうしよう! ボタンがいっぱいあって分からない!
「貸してごらん、ココロン」
指の痛みが引いたアルト師匠が、私の横に立った。
彼はふっと息を吐き、落ち着いた手つきでパネルに触れる。
「こういうのはな、心で会話するんだよ」
彼はパネルを優しく撫で、最後に「ドン!」と拳で叩いた。
すると。
『認証完了。ゲートヲ開放シマス』
プシューッという音と共に、ゲートが開いた。
「す、すごいです師匠! どうやったんですか!?」
私が目を輝かせると、彼はフッと前髪をかき上げた。
「機械も人間と一緒さ。時には優しく、時には強引に。……大人の男の嗜みってやつ?」
「きゃー! 素敵です! 大人です!」
私は大げさに拍手をした。
本当は見ていたのだ。彼が焦ってパネルをバンバン叩いていたのを。
そして、たまたま接触不良が直っただけだということも。
でも、ここでツッコむのは野暮というものだ。
アルト師匠は「ふぅ」と額の汗を拭い、私の称賛にご満悦な様子だ。
その単純で、背伸びしたがりなところが、たまらなく愛おしい。
「ふふ。行きましょう、私の『大人な』師匠」
私たちは笑い合いながらゲートをくぐった。
しかし、その笑顔はすぐに凍りつくことになった。
ゲートの先。
天界へと続く「光の階段」の麓で、冷たい紫色の雨が降っていたのだ。
そして、その雨の中に佇む一人の女性。
上級執行官、ヴァイオレット様。
「……楽しそうね。これから死にに行くというのに」
彼女は傘も差さずに濡れていた。
いつもの妖艶な余裕はない。紫色のドレスは雨で重く張り付き、完璧にセットされていた髪も乱れている。
その表情は、怒りとも、悲しみともつかない、必死に何かを堪えているような顔だった。
「……行かせないわよ」
「女神様は気まぐれよ。呼び出したからといって、許すとは限らない。行けば消されるわ。……私の部下が、無駄死にするのは我慢ならないの」
彼女が指を鳴らすと、空間に無数の「言葉の剣」が出現した。
鋭い切っ先が私たちに向けられる。
けれど、私には分かった。それは攻撃のためではない。私たちをここへ縛り付け、行かせないための「檻」だ。
彼女は彼女なりに、私を守ろうとしているのだ。歪んだ、不器用なやり方で。
「ヴァイオレット様。……いいえ、先輩」
私は一歩踏み出した。
アルト師匠が止めようとするのを、手で制する。これは、私の戦いだ。
「あなたは知っているはずです。この世界が牢獄であることの悲しさを。そして、それを変えたいと願う心の尊さを」
私は雨の中を歩く。
剣が私の頬をかすめ、一筋の血が流れる。それでも私は止まらない。
「あなたはいつも、私に厳しく当たりました。『感情は不要だ』『任務を遂行しろ』と。でも、裏では私の失敗を庇ってくれていましたよね? 私が処分されないように、ずっと守ってくれていましたよね?」
「……黙りなさい」
「黙りません! あなたは優しい人です。だからこそ、この冷酷なシステムの中で、心を殺して生きるのが辛かったはずです!」
私は彼女の目の前まで歩み寄り、震える彼女の手を両手で包み込んだ。
その手は氷のように冷たかった。
「私たちは消されに行くのではありません。世界を変えに行くのです。……あなたの分も、自由になりに行きます」
「……っ、生意気ね」
ヴァイオレット様の手から力が抜けた。
空中に浮かんでいた無数の剣が、ガラス細工のように砕け散り、光の粒子となって消えていく。
彼女はその場に崩れ落ちそうになり、私が支えた。
「……バカな子。本当に、バカな子……」
彼女は私の肩に額を押し付け、震える声で言った。
「行きなさい。……もし失敗したら、私が地獄の底まで嘲笑いに行ってあげるから」
「はい。その時は、またお説教をお願いします」
彼女は背を向けた。
その頬を伝うのが、雨なのか涙なのか、私にはわからなかった。
けれど、雨は止み、雲の切れ間から光の階段が輝き始めた。
「行こう、ココロン」
アルト師匠が待っていた。彼はヴァイオレット様に一瞥もくれず、ただ私だけを見ていた。
それが彼なりの、彼女への敬意なのだろう。
「行ってきます、先輩」
私は深く一礼し、アルト師匠と共に階段を登り始めた。
背後で、紫色の雨が虹に変わっていくのが見えた。




